「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」1日目 女性アスリートと生理「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を始動。「タブーなしで考え…

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」1日目 女性アスリートと生理

「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を始動。「タブーなしで考える女性アスリートのニューノーマル」をテーマに14日まで1週間、7人のアスリートが登場し、7つの視点でスポーツ界の課題を掘り下げる。1日目のテーマは「女性アスリートと生理」。陸上女子1万メートル日本記録保持者で東京五輪代表の新谷仁美さん(積水化学)が登場する。

 現役トップアスリートでありながら、生理についてツイッターなどで積極的に発信している新谷さん。そこまで問題意識を持ち、声を上げ続ける理由は何なのか。かつて自身が無月経になって不安を味わった経験を語り、声が上がり始めたスポーツ界についても「表面的にしか改善されていない」と警鐘。「東京五輪と生理が重なっても、私は私の体で走る」と現役選手として生理との付き合い方もありのままに打ち明けた。(文=長島 恭子)

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「女性の皆さんは(生理が)ないことの違和感を持ってください。生きていく上で無くてはならないものです」

 2020年1月、新谷仁美さんは、自らの月経について綴った長文をツイッターに投稿した。

 そもそも、「生理に関して発信したい」という想いから始めたツイッター。実際始めてみると、生理のことをつぶやくたび、反響の大きさに驚く。

「生理についての体験を発信することに対し、私自身、壁がなかった。だから『勇気を出してくれてありがとう』という言葉に、『そ、そんなにハードルが高い話!?』と不思議でした。

 生理は出産と同じく、女性ならば考えて当たり前のこと。生理に触れることをタブー視するほうがおかしい」

 時々、「指導者から生理があることを責められる」「体重を落とすためにウサギのえさのようなサラダしか食べさせてもらえない」など、学生アスリートからのSOSも届く。

「それで気づいたのは、結局、生理の問題は表面的にしか改善されていないのだ、ということ。女性アスリートに生理があることを否定する考えは和らいできたと言われますが、今でも生理があることを拒んだり、受け入れなかったりする風潮はある。少なくとも私が(25歳で一度引退し)競技から離れていた4年間、全然変わってないじゃん、というのが正直な気持ちです」

 無月経は女性アスリートが抱える重大は健康問題の一つだ。アスリートに多い無月経は、エネルギー不足や体脂肪減少、オーバートレーニング、そしてストレスなどが要因とされる。正常な月経があることで「追い込めていない」「太っている」と指導者、あるいは選手本人が思い込み、追い詰める風潮は、間違いなく無月経の引き金になっている。
 
 高校時代から生理に悩む同期や後輩の姿、25歳で無月経となった自らの経験。新谷さんは自分に生理があること、選手に生理があることを否定する風潮に、常に疑問を抱いていた。

「おかしな点はまず、『生理=太る』と紐づけていること。確かに生理の時期、一時的に体がむくみ、体重が増える人はいますが、太ったのではない。それを勘違いし、なかには『太ってしまった』と思い込み、走れなくなる子もいます。

 でも、ここでの本当の問題点は体重ではなく、メンタルです。精神状態が安定していれば、むくみは解消できなくても、走れるし、生理も順調にくる。生理はちょっとしたきっかけで、不順になります。でも多くの人は、心をケアせず、生理のことだけを持ち出して問題視する」

 しかし、この風潮は、指導の現場だけで起きているのではない。新谷さんは、生理問題が根本的に改善できない理由の一つとして、根深い部分に言及する。

根深い家族間の問題「他人が手を出せない。そこが変わらない限り、ずーっとこのまま」

「『競技をやめれば生理なんてくる』といった生理を軽んじる発言は、選手の親からも未だにあります。むしろ指導者のほうが、例えば練習日誌に生理日を書かせるとか、『自分ではわからないから産婦人科に行け』と言うようになったりとか、表面的な部分があったとしても、変化しています。

 子どもは親の言葉が正解、世が間違っていると思ってしまうので、一番きつい。また、選手側も親に余計な心配をかけたくないと考え、生理が止まっても相談しない子がいると思う。しかも、家族間の問題は他人が手を出すことができない。でも、そこが変わらない限り、正直、ずーっとこのままなのかなって思います」

「生理を否定することは女性であることを否定すること」。新谷さんはストレートに断じる。

「私は母や中学・高校の恩師から、スポーツをしている・いない関係なく、生理があることは生きるうえで必要であり、自然であることを周囲から教えてもらいました。私自身、生理があることをマイナスに感じたことはないし、むしろプラスに働いたこともあります。

 だから、生理をマイナスと捉える、風潮を変えたい」

 新谷さんの生理の捉え方は、子どもの頃からポジティブだ。

 初経を迎えたのは中学2年のとき。それは彼女にとって待ちに待った瞬間だった。

「友達は早い子だと小6できていたので、その頃から母に『私も生理が欲しいっ!!』とねだっていました。やっぱり早かった子って、背も高くて、体形も大人で、いいな~と思っていたんですよね。生理がきたら、私も女のコっぽくなれるんだと、何となく感じていたんです。

『もうちょっとしたらくるよ。そうしたらお赤飯炊こうね』と母に言われると、生理がくるって誕生日的なことかな、すごいことなんだなって思いました。

 中2で初めて生理がきたときは母に向かって、『キターーッ!』って感じでパンツを見せました(笑)。これで私もみんなと同じだって、うれしかった」

 新谷家では、生理の話は「隠すもの」ではなかった。例えば中学時代、陸上のほか、水泳、バトントワリングをやっていた新谷さんは、体にぴったりしたウェアを着ていたため、「生理だから衣装を着るとお腹が出ちゃうんだよね~」と、父や兄の前でも、母との会話で生理に触れることは日常だったという。

 また、新谷さんのなかには、高校時代、母に言われた言葉が強く残っている。

「『学問は0点でもいいのよ。人間としての常識とマナー、生きるうえでの強さは、お母さんが生きている間に、仁美もしっかり準備してね』と母に言われました。『強さって何?』と聞くと、母は『たくさんあるけれど、生理もその一つよ』と答えた。

 その頃、本格的に陸上に取り組み始めたので、練習量が一気に上がり、体にかかる負担も増えていました。生理不順になりやすい環境だったので、『生理をなくしちゃいけないんだよ、なくてラッキーと思わないでね』という母のメッセージだったと思います」

 中学、高校の恩師の存在も大きかった。個人ミーティングで生理中だと報告すると、「きちんと生理を保てるように、メンタルからケアしろよ。先生も練習内容をしっかり考えていくからな」と言ってくれた。

「恩師は二人とも男性です。個人ミーティングでは、体の状態から学校生活まで、ちょっとでも不安に思うことは、素直に話すことができました。やっぱり先生とコミュニケーションが取れる、助けてもらえるって、心強いんです」

 昨年、高校の恩師から「新谷がチームのトップ選手でよかった」と伝えられた。当時、チームの中心だった彼女が、生理の大切さを当たり前のように発言したことに感謝している、と。

「高校のチームは私がトップ選手だったので、チーム作りも私に合わせて行っていました。『もしも生理に否定的な考えを持つ選手がトップだったら、自分もその選手に合わせて、生理を否定する人間になっていたかもしれない。新谷がトップでオレは運がよかった』って。その言葉を聞いて、すごくうれしかった」

無月経になった過去「私にとって生理がなくなるのは命がなくなったのと同じ」

 高校卒業後、実業団に進んだ新谷さんは、その後もトップアスリートとして走り続けた。2012年にはロンドン五輪に出場。しかし、25歳の誕生日を迎えた翌月の2013年3月、生理がとまった。

「私のなかでは、無月経=ケガです。アスリートはケガをすると競技がストップしてしまう。だから、常に危機感を持っていました。

 無月経になり、500円玉ハゲになるんじゃないかってぐらい悩んだし、目が覚めたら生理がきていた! という夢まで見ました。

 私にとって生理がなくなるのは、命がなくなったのと同じ。すごく怖かった」

 無月経になった当時の新谷さんは、身長165センチ、体重40キロ。体脂肪率3%。ドクターの診断は過度な減量による無月経。しかし、真の原因は別にある、と新谷さんは振り返る。

「ロンドン五輪後、今も抱える右足の足底腱膜炎になってしまった。これがそもそもの始まりです。そこで、私は『体が軽くなれば足への衝撃も軽くなり、痛みが減るかもしれない!』と浅はかな考えから減量してしまった。

 問題はケガそのものではなく、ケガによるメンタル面にあります。あまりにも結果にこだわる私は、ケガをしても医者にもいかず、周囲にも何も相談せず、減量に走ってしまったことです。

 ケガを隠すと合わせてメンタルも崩壊するんですね。気づかないうちに心の闇がどんどん広がり、無月経につながってしまった」

 メダル獲得にこだわり、挑んだ2013年8月の世界陸上モスクワ大会では思うような結果を残せず。同年12月、引退を決めると、生理は再開した。

「この経験から、結果を出すことと生理があることは、ともにこだわらなければいけないと気付きました。今はチーム、家族、すべての人に自分の状態を包み隠さず共有しています。

 生理は『体重が重いからある。痩せているからない』という単純なものではありません。日ごろから心のケアをしっかりすること、周りに助けを求められる、助けてもらえる環境にいるかどうかが一番大事です。

 男性の指導者のなかには、『生理について選手に聞くことでセクハラだと感じさせる心配がある』という声もあります。とはいえ、選手が抱えている痛みが、ただの腹痛なのか、生理によるものかは、見た目では判断できない。

 でも、困っている様子が見られたら、『大丈夫か?』と声をかけることはできます。そこで、『大丈夫です』と返ってくればそれでよし。『手を貸してください』と言われたら次の行動に移せばいい。

 まずは、『大丈夫?』と聞く。そうやってコミュニケーションがとれる環境になれば、生理不順はなくなるのではないかな、と思います」

 新谷さんはこれまでの陸上人生のなかで、「生理が競技に影響したことはない」と話す。とはいえ、生理による体調の波がなかったわけではない。

「20代までは、生理の3日目まではむくみやすかったり、腰がだるかったりという程度でした。ところが、30代に入ってから急に激しい痛みに変わった。一度、気を失うぐらいの痛みにのたうちまわり、救急車を呼ぶことも考えました。

 そのときは、一人暮らしだし、病院へ行くのに何を用意すればいいかわからなったのと、汗をひどくかいて真っ裸だったので(笑)ガマン。2回、同じような痛みに苦しんだので、ドクターに相談し、痛み止めを処方してもらいました。

 以来、生理前から痛み止めを飲んでいますが、今ではちょっとしただるさや痛みを感じる程度です。しんどいはしんどいけれど、走りにはそれほど影響しません」

東京五輪と生理が重なっても自然体「生理を言い訳にしたくない、私は私の体で走る」

 選手によっては、ピルを服用し、痛みの治療をしたり、生理が試合にあたらないよう、時期をコントロールしたりしている。新谷さんも検討はしたが、「自然に任せる」が今の結論だ。

「生理に関しては横田(真人)コーチを始め、マネージャー、お父さん、お母さんなど、たくさんの人に相談し、自分はピルで調整しなくていい、と決めました。

 今の日本は諸外国と比べ、低用量ピルの種類が非常に少ない。割合でいうなら、海外が20種類あるとすれば3種類しかない、という感覚です。海外の選手はピルでうまく調整できても、少ない種類のなか、自分に合う薬を見つけるのは相当、難しい。

 SNSでも、『ピルを飲んだほうがいい』とたくさん言われました。でもね、そんっっな簡単なことではない。主治医も『ピルを使いたいというのであればお手伝いはするが、新谷さんが考えて決めたのなら貫いたほうがいい』と私の意思を尊重してくださいました」

 低用量ピルを服用することで、副作用が出る人もいる。そのため、一つの薬を3か月間は服用を続け、体に合うか合わないかを見極める必要がある。30代の彼女がトップランナーとして走れる時間は、10代、20代の選手に比べると圧倒的に少ない。今、問題なく走れるのであれば、試す時間さえ惜しいのだろう。

「正直、私はムダなことをしたくない。ムダかムダじゃないかはもちろん、人によって異なりますが、今まで問題なくやってきた私にとっては、1種類ずつ試す、その時間さえもムダです。

 もちろん、今後、別の問題が出てきたら、その都度、相談します。例えば、種類が増えたら試しやすくもなりますし、ピルに頼らなければいけないときがくるかもしれないですから」

 台風がこようがケガをしてようが、どんな状況、状態でも、結果を出さなければいけないのが我々アスリート。結果に対する言い訳は一切できない、と言う。

「私自身、生理を言い訳にしたくないし、そもそも結果の良しあしに生理は無関係です。生理にあたってもあたらなくても、私は私の体で走る、という状態を見せたい。

 東京五輪で生理があたったら? そのときはタンポンをさして走りますよ!」

 無月経の体で出場した2013年8月の世界陸上モスクワ大会。自己ベストで5位入賞を決めた新谷さんだったが、レース直後、涙とともにこう答えた。

「メダルを獲らなければ、この世界にいる必要がない」

 その気持ちは今も変わらない、という。ただ、意味は少し異なるかもしれない。今、彼女は、メダルという結果だけでなく、メダルの持つ力を欲している。

「メダルってわかりやすいじゃないですか。私のタイムを聞いてピンとこなくても、メダルを獲ったと言えば誰もがスゴイ! と言う。だから、メダルを獲ることは大きいんです。

 例えば生理についても、私より高橋尚子さんや野口みずきさんが発信してくださるほうが、すっごく大きな反響があると思います。でも私の強みは現役選手であること。結果を出せば、生理の話ももっとみんなに聞いてもらえるし、大切さが浸透していくと思う。

 私は、陸上とかスポーツをやりたい子たちが、安心してスポーツができる、集中できる環境を作るために、この生理の壁をなくしていきたい」

 大切な体を、他人がコントロールすることはできない。誰もが、自分の体のことは自分で決める権利がある。

 彼女は女性アスリートとして、また一人の女性としての信念を抱き、走り続ける。

【「生理」について語った新谷仁美さんが未来に望む「女性アスリートのニューノーマル」】

「私もコーチが怖い、と思うときがあります。でも、アスリートとして自分の意見、考えを伝えることは必要であり、そこに対しての怖さはありません。納得がいかない、うまくいかないことがあっても、意固地になったり、殻に閉じこもったりせず、自分の思いを言葉にしてしっかりと発言する。もちろん、選手が発言できる環境作りも必要ですが、選手自身も、自分の意思を持ち、発言し、しっかりコミュニケーションをとりながら行動できるようでありたい」

■新谷仁美 / Hitomi Niiya

 1988年2月26日生まれ、岡山県出身。総社東中から興譲館高(ともに岡山)に進学。全国高校女子駅伝には1年から出場。3年連続で1区区間賞を獲り、3年時は全国優勝を果たす。卒業後は実業団で陸上を続け、女子1万メートルで12年ロンドン五輪9位、13年世界陸上5位入賞。同年12月に一度引退を発表したが、18年に復帰した。昨年1月から積水化学に移籍。12月、東京五輪選考会を兼ねた日本選手権1万メートルで渋井陽子の記録を抜き、18年ぶりに日本新記録(30分20秒44)を樹立し、優勝。五輪代表に内定した。ハーフマラソン日本記録保持者(1時間6分38秒)。

<「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」オンラインイベント開催> 最終日の14日に女子選手のコンディショニングを考える「女性アスリートのカラダの学校」が開かれる。アスリートの月経問題について発信している元競泳五輪代表・伊藤華英さんがMC、月経周期を考慮したコンディショニングを研究する日体大・須永美歌子教授が講師を担当。第1部にはレスリングのリオデジャネイロ五輪48キロ級金メダリストの登坂絵莉さん、第2部には元フィギュアスケート五輪代表の鈴木明子さんをゲストに迎え、体重管理、月経、摂食障害などについて議論する。参加無料。

(「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」2日目は「女性アスリートとLGBT」、元バレーボール選手の滝沢ななえさんが登場)(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、以上サンマーク出版)、『走りがグンと軽くなる 金哲彦のランニング・メソッド完全版』(金哲彦著、高橋書店)など。