30年ぶりに日本に戻ってきた男約2年半に及ぶコロナ禍による入国制限が緩和された2022年10月、春日井カントリークラブ東コース(愛知県)の改修工事に挑もうとするゴルフプラン社のデビッド・デール氏は、海外からの入国第一陣として中部国際空港に…
30年ぶりに日本に戻ってきた男
約2年半に及ぶコロナ禍による入国制限が緩和された2022年10月、春日井カントリークラブ東コース(愛知県)の改修工事に挑もうとするゴルフプラン社のデビッド・デール氏は、海外からの入国第一陣として中部国際空港に降り立った。
1980年から90年代、ゴルフ場設計者としてのキャリア初期を日本で過ごしたデール氏は、ボナリ高原GC(福島県)やハッピーバレーGC(北海道)、大村湾CC(長崎県)、パームヒルズゴルフリゾートクラブ(沖縄県)、大宝塚GC(兵庫県)などの新設や改修工事を手掛けてきた。
高度経済成長とバブル景気によって飽和状態に達した日本のゴルフ場開発は、バブル後の長い経済低迷期、いわゆる“失われた30年”に入って停滞が続いている。かといって、世界の動きも止まってしまったわけではない。米国ではバンドン・デューンズ(オレゴン州)の成功に触発されたデスティネーションリゾートや、近年では9ホールコースのオープンも相次いでいる。
春日井CCの改修プロジェクトは、幾多の打ち合わせを経て2023年12月に着工した。翌年春に現場を訪れると、デール氏は「30年ぶりに日本で仕事をするために戻って来られて、とても興奮しているよ」とうれしそうに巨体を揺すった。
そして「ここ20年から25年くらいの間に考え方の変化が起こって、環境やサステナビリティを意識するオーナーや設計家が増えてきたんだ。それこそ、今回私たちが春日井CCにもたらそうとしているものだよ」と強調した。
オーナー代理人の仕事
このプロジェクトで、オーナー代理人として設計者の選定や、施工業者との交渉や仕様決定、予算管理からプロモーションまで担ったのは、大矢隆司氏である。海外事情にも明るい大矢氏は積極的に世界の最新トレンドを取り入れた。
海外メジャー開催コースでも採用される、特殊なポリマーを使ったバンカー床の施工方式『ベタービリーバンカー』や、レインバード社の最新機器と地震にも強い全ポリエチレン配管を組み合わせた灌水(かんすい)システム、暑さに強い第7世代のクリーピングベントグラス『OAKLEY』のグリーンへの採用などが今回“日本初”導入となった。
「良くも悪くも、日本のゴルフ業界がずっと停滞していたので、“日本初”が渋滞しているんです」と大矢氏は苦笑する。「今、世界で実施している施工を入れたら、全部“日本初”みたいになったんです」
ゴルフ場の大規模改修には数十年から100年単位の長期ビジョンが不可欠だ。著名デザイナーを採用して、印象的なコースレイアウトを実現すればいいという単純な話ではない。
日本の将来を見通すと、ゴルファーの高齢化、キャディやコース管理スタッフの人手不足、温暖化による夏のさらなる高温化は、ほぼ避けられない現実といえるだろう。
だからこそ「将来的に『カートの乗り入れ』は必須サービスになると考えます」と大矢氏は断言する。セルフプレーで、プレーヤー自身が二人乗りカートを運転し、フェアウェイに乗り入れてプレーする未来である。
コース管理の視点で考えると、フェアウェイは乾きすぎても湿りすぎても、タイヤの摩擦によって芝生が傷む。大切なのは土壌水分の均一化と最適化だ。今回、幅1.5mから2.8mに拡張されたカート道は2台のカートが安全にすれ違えるだけでなく、U字形状で排水機能を併せ持ち、山側に配置することでプレーエリアへの水の侵入を防止する。雨の翌日からすぐに乗り入れ可能とするための工夫だ。
気象データと連携した灌水システムは、マルチデバイスで細やかな散水作業を可能にし、土壌水分の均一化と、デジタル化によりコース管理スタッフの作業も省力化する。自然な植生を生かした非管理エリアを増やし、フェアウェイ面積は約40%も拡大し、無人芝刈り機の導入によって労働量自体も削減する。余裕ができたリソースはグリーンなど重要エリアのメンテナンスに振り向けられる。
アスファルトからコンクリートに変更したことによりカート道の耐用年数は5年から30年に伸び、塩ビ管からポリプロピレンとなった散水用の配管は同じく30年から80年へと飛躍的に長くなった。新しいバンカー床の耐用年数は約80年。「すべてはゴルフ場の明るい未来を実現するための施策です」と大矢氏は解説した。
開場60周年の再スタート
開場60周年の記念日となった2024年10月23日、リニューアルを終えた東コースの営業が再開された。工事期間中はゴルフ場関係者も多く視察に訪れたというが、幾多の“日本初導入”も、もはや世界では標準である。
「ここ15年から20年、我々はこのシステムを使い続けているよ」とデール氏はさらりと言う。“失われた30年”によって広がってしまった日本と世界のゴルフ場間の溝が、ようやく少しは埋まったのだろうか。
だが、私たちは単に遅れを取り戻しただけではないとも言える。1964年開場の春日井CCには、新設コースが持たない歴史があり、記憶がある。今回、成長し過ぎた木を1200本近く切ったことで、かつての眺めがよみがえった。
例えば、14番ホールのフェアウェイに立てば、遠く春日井市や名古屋市の町並みを一望できる。「素晴らしい眺めだよ」とデール氏は何かを鼓舞するように言う。
「黄金時代のレガシーを取り戻すんだ。かつてゴルファーのために用意された景色、長く忘れ去られていた土地の記憶、印象的な数々の眺望をもう一度楽しむんだ!」
日本には同じように長い歴史を積み重ねてきたゴルフ場が数多く存在する。失われたようで、失われなかった30年。その時間の価値は静かに積み上がっている。(今岡涼太)