連載「Sports From USA」―今回は「トランスジェンダー生徒の運動部活動」「THE ANSWER」がお届けする、在米スポーツジャーナリスト・谷口輝世子氏の連載「Sports From USA」。米国ならではのスポーツ文化を紹介し、…

連載「Sports From USA」―今回は「トランスジェンダー生徒の運動部活動」

「THE ANSWER」がお届けする、在米スポーツジャーナリスト・谷口輝世子氏の連載「Sports From USA」。米国ならではのスポーツ文化を紹介し、日本のスポーツの未来を考える上で新たな視点を探る。今回は「トランスジェンダー生徒の運動部活動」。

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 トランスジェンダーの人が差別されてはいけない。トランスジェンダーだからといってスポーツから排除されてはいけない。多くの人がこのように考えているのではないだろうか。

 IOCではトランスジェンダーアスリートに対する規則があり、スポーツ競技会に参加する機会を排除しないことを表明している。女性を自認するトランスジェンダーのアスリートは、競技会前の少なくとも12か月にわたってテストステロン値が 一定の基準を下回っていた場合は、そのカテゴリで競技することが許可される。

 しかし、差別をせず、ともに競い合うことには、難しい課題に向き合うことでもある。特に男性として生まれて女性に移行したトランスジェンダーアスリートと、女性として生まれ女性として生きている選手が競い合うときには。

 男性として生まれた選手は、女性に移行するためのホルモン療法を受けて、テストステロンが基準値未満であっても、男性として成長したときの骨格、身長の高さから、女性として生まれた選手よりも、競技では有利な面があるとされている。ワールドラグビーは安全面から、トランスジェンダーの女性が、女子の国際大会などに出場するのを推奨しないという指針を打ち出した。

 中学や高校の運動部におけるトランスジェンダー選手の参加を巡っては、より難しい判断をしなければいけない。

 公立の学校運動部は公教育の一環であり、性別を理由に、教育の機会が制限されてはいけない。もうひとつは、中学生や高校生は成長段階にある未成年であり、どこまでホルモン療法などを求められるかという問題がある。

16州で特別な条件なしに自認する性別で大会参加OK、一方で女子選手が訴訟も

 昨年2月、コネチカット州の高校女子陸上の何人かの選手が、高校の大会にトランスジェンダー選手を参加させないようにしてほしいと、教育委員会とコネチカット州の高校運動部を統括する組織を相手に訴訟を起こした。彼女らは男性から女性に移行したトランスジェンダーの生徒に大会で負けていた。彼女らは、トランスジェンダーの生徒が参加することで、自分たちが優勝する機会を失い、大学から奨学金を得られないという不利益があると訴えたのだ。

 米国ではトランスジェンダーの生徒の運動部での大会参加規定を定めている州が多い。TRANSATHLETE.COMによれば、16州(ワシントンD.C.含む)が、特別な条件なしで自認する性別での参加を認めており、14州では医学的な証明などを求めている。10州では規則がなかったり、ケースごとの判断に委ねられたりしている。また残りの11州ではホルモン療法を求めていたり、法的に性別の変更が行われたりしている場合だけ、移行した性別での参加を認めている。

 ちなみにコネチカット州は特別な条件なしで自認する性別での参加を認めている16州のうちのひとつである。

 特別な条件なしで自認する性別での大会参加を認めている州では、IOCなどのようにテストステロン値が基準値未満であることを求めていない。これらの州では性別によって、学校における差別を禁じるという法律を根拠にしている。生まれたときは男子であったが女子として生活しているトランスジェンダーの生徒は、女子として学校生活も送っている。運動部活動のときだけ、男子として活動させるというのは、トランスジェンダー生徒の学校生活が困難になる恐れがあるし、排除するという考えにつながるだろう。

 一方、男性と女性の身体的な差から、女子の大会では、トランスジェンダーの生徒が常に優位に立つ状態は競技の公平性が問われる。生まれながらに女子である生徒がいつも不利を被ることになるからだ。米国にはタイトルIXという法律がある。これは、連邦政府の補助を受けている教育機関で、性別によって活動の機会が制限されないことを保障するものだ。トランスジェンダーの生徒ばかりが優勝することになれば、女子選手の活動機会の保障に反することになるのではないか、という意見がある。しかし、その一方で、男性から女性に移行したトランスジェンダーの生徒もまた、女子生徒であり、性の違いによって活動を制限されることがあってはならないと指摘されている。

 自認する性別での運動部参加を認めないという法案が出ている州も複数あるが、今年2月には、米国の司法省と教育省の公民権局は、コネチカット州の女子生徒の訴訟の支援を取りやめている。

今年立ち上がったウーマン・スポーツ・ポリシー・ワーキンググループとは

 今年の年明けには、ウーマン・スポーツ・ポリシー・ワーキンググループが立ち上げられた。メンバーには、これまでタイトルIX法を推進してきた人たちが含まれている。女子のスポーツ参加に力を入れてきた人たちだ。

 このグループは次の2つの目標を掲げている。

1)公正な競争を保障する基準を通じて、少女と女性のスポーツを肯定すること。
2)トランスジェンダーのアスリートに競技機会を提供するための基準を策定すること。

 平等法を支持し、社会全体でLGBTの差別をなくすことを目指し、競技スポーツは、トランスジェンダーを受け入れるための科学的根拠に基づいたアプローチが必要であるという見解だ。女子・女性の競技スポーツの参加資格ルールを設定することが組織の目的だとしている。

 トランスジェンダー生徒とそうでない生徒を別に表彰するアイデアもあるという。

 コネチカット州での訴訟は、トランスジェンダー生徒が優位に立ったことで、奨学金を得る機会を失ったことも訴えていた。米国では、日本と同じように学校のなかに運動部を抱えており、競技の優劣が大学進学や奨学金を得られるかどうかにも影響する。トランスジェンダー生徒の参加基準や競技の評価方法についての議論は、運動部における勝敗や結果をどのように評価するかもあぶり出すかもしれない。(谷口 輝世子 / Kiyoko Taniguchi)

谷口 輝世子
 デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情を深く取材。著書『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)。分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店)。