「東京大学野球部じゃなければプロ野球に行く発想は生まれなかった」。こう語るのは、桜美林大学健康福祉学群教授で東大史上3人目のプロ野球選手となった小林至氏(52)。「高校時代は、強豪校と練習試合すら組んでもらえなかった。その前にレギュラーです…

「東京大学野球部じゃなければプロ野球に行く発想は生まれなかった」。こう語るのは、桜美林大学健康福祉学群教授で東大史上3人目のプロ野球選手となった小林至氏(52)。「高校時代は、強豪校と練習試合すら組んでもらえなかった。その前にレギュラーですらなかった」と言う、そんな小林氏の人生を変えたのが東京六大学野球だった。六大学野球で得られたもの、そして六大学野球の現状の課題について、OBの立場から語った。

六大学野球は「敗者復活戦」

-東大生が六大学野球でプレーをしていることだけでいろんな注目を集めると思うのですが、東大野球部の一員であるが故に良かった点はどんなところでしょう?
 なんと言っても「敗者復活戦」である点ですね。高校の時の野球における勝者は東大に来ないんですよ。東大は、野球の実力はそんなに高くない子たちの集まりなんですね。私もその一人です。神奈川県立多摩高校でレギュラーになれなかった。それでも野球が好きだ、野球を続けたい、早慶でやる実力はないけど、野球で輝きたい。これらの要素を追い求めた人が門を叩くのが東大野球部です。そんなに野球がうまくない高校球児が野球で輝くラストチャンスなんですよ。神宮で高校時代、相手にしてもらえなかったようなスター選手と真剣勝負をね。私の地域で言うと、当時も強かった横浜、桐蔭学園、法政二。こういった学校は多摩高とは練習試合も組んでくれません。県大会などで当たっても、エースは出てこない。ところが六大学野球ですと、彼らとガチの勝負ができる。夢の場所ですよ。当時、早稲田に水口(栄二)って選手がいたんですが、彼は私が浪人している間に甲子園で大活躍して準優勝している。その水口とね、こちらは勝手にライバルと思いね。まあ対戦するんだからライバルですよね。高校の時なんかライバルって言ったって、“苦笑”みたいな。それがね、六大学野球だと真剣勝負ができるわけですから、こんな夢の場所はないですよ。

-これという1番の思い出を挙げるとするならば、どの試合でしょう?
 4年の秋の開幕戦。(相手は)早稲田です。7回まで0−0で迎えた8回、ツーアウト一、二塁のピンチを作りましてね、左中間にエンタイトルツーベースを打たれて1点を失って、これで0−1で負けちゃったんですね。惜しい試合でした。

-ここは水口選手には打たれなかったんですか?
 打たれはしませんでしたが、彼の野球センスにやられました。私も私なりに好調で0‐0の投手戦。そんな状況で彼が8回の先頭打者で出てきて、いきなりセーフティーバント。後に水口に聞いたら、今日の小林はなかなか打てないけども、でもなんかできるんじゃないかって。私の場合左ピッチャーですし、三塁側にセーフティーバントをすれば、大体セーフになるだろうなと。一度塁に出れば、東大のバッテリーであれば二盗まではいけると。その通り二盗しましたよ。彼らの野球頭と勘の鋭さと、最後勝てない壁っていうのを、この時感じましたね。

「東大野球部に行かなければ、プロ野球に行くこともなかった」

-六大学野球はどのような存在ですか?
 そもそも東大野球部でなければ、プロ野球に入ってませんから。要するに六大学野球の一員であったこと、それから東大野球部の一員であったことが、私のキャリアのほとんど、全ての、私の人生を変えてくれました。東大野球部でなければ、プロ野球の門戸は決して開かれることはなかったでしょう。全てのはじまりは、東大野球部に入れたことです。わたしの母校である多摩高は、進学校ですけど東大には滅多に行かない。そこで成績が下から数えたほうがはやい人間が、目指せ!神宮を励みに猛勉強をはじめ、1年間の浪人を経て、東大に入学できた。東大合格は、人生ではじめて努力が結果に結びついた瞬間で、これで得た自信がその後の人生の原点です。東大が東京六大学野球でなければ、東大を目指すこともなければ、あそこまでの猛勉強をすることもなかったでしょう。恐らく当時、日本で一番勉強した浪人生だったと思います。

-東大野球部の特別コーチを務められた桑田真澄氏も東京六大学野球には相当な憧れを持っていたらしいですが。
 日本にとって野球の原点ですからね。わたしがソフトバンクホークスの取締役をしていた時に仕えていた王貞治会長とも、六大学野球の話は時々しました。王会長が巨人に入団した頃はプロ野球よりも断然、六大学野球のほうがステイタス、人気共に上だったとおっしゃっていました。だから長嶋茂雄さんは自分にとっては神様のような人だったと。その思いは現役中ずっと、野球の成績如何に関わらず、常に持っていたと言っていました。それぐらい六大学のスターは輝いていた。そういう歴史と伝統を持つ大学野球の最高峰ですよ。

野球がセレブのスポーツに

-正直当時のような盛り上がりはなくなってきているように思われます。この現状をどのようにお考えですか?
 六大学野球は、いまも大学野球の最高峰であることには違いありませんが、学生スポーツの最高峰にもなれる存在だと思っています。しかし、日本のスポーツシーンのなかでの存在感や輝きは少しずつ失われている気がします。その原因のひとつに、野球のハードルの高さがあると思います。野球部員って猛烈にお金がかかるんですよね。学費プラス100万円はかかりますよ年間。今の大学生は昔と違い、授業にもきっちり出席しないといけませんから、バイトする時間もない。野球にかかる費用は丸々、家計を圧迫することになる。野球がよりセレブなスポーツになっているということです。かつては、男の子なら誰でもプレーした庶民のスポーツだったのですが、いまは、多くの野球少年がお金がかかり過ぎるというので途中で脱落していくような状況です。学生野球のリーダーである東京六大学野球が先頭に立ってこの現状を変えていってほしい。具体的には、おカネを稼ぐことです。来場客に対してより良いサービスを提供したり、スポンサーやグッズ販売などの収益機会を増大することで、おカネを稼いで、それを選手の環境の整備や野球の普及に投資する。このサイクルを確立して、大きくしていけば、東京六大学野球は、学生スポーツの王様に戻れますよ。

-今シーズンは新型コロナウイルスの世界的なまん延により、春のリーグ戦が大幅に延期しました、8月10日から1回戦制で開催されることが決まりましたが、まだまだ予断を許さない状況です。
4年間しかできないですからね。1年生はまだいいですわ、入ったばっかりで体を元に戻すのが先決ですから。でも2、3、4年生、特に4年生。可哀想でならない。プロ野球よりも日本で古くから親しまれてきた六大学野球。後輩たちになんとか夢舞台で野球をやらせてあげたいと思っています。

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