トップeスポーツプレイヤーのナスリ(左)と鹿島eスポーツ担当の深見氏 鹿島アントラーズがeスポーツでも新たな歴史をつくろうとしている。 10~20代のデジタル世代を中心に熱狂を見せる新たなエンタメ「eスポーツ」。eスポーツとはエレクトロニッ…



トップeスポーツプレイヤーのナスリ(左)と鹿島eスポーツ担当の深見氏

 鹿島アントラーズがeスポーツでも新たな歴史をつくろうとしている。

 10~20代のデジタル世代を中心に熱狂を見せる新たなエンタメ「eスポーツ」。eスポーツとはエレクトロニック・スポーツの略称で、ゲームを使用した対戦を「競技」として捉えたもの。娯楽的な試合から真剣勝負まで、その形はさまざまだ。

 eスポーツが浸透しつつあるなか、鹿島は今年1月にeスポーツチームを設立。1人目の選手として『FIFA』シリーズ(※)で2018-2019シーズン世界ランキング24位(アジア人選手トップ)のナスリを迎え入れた。
※国際サッカー連盟公認のゲームで、クラブや選手が実名で登場する

 国内でもいくつかのeスポーツチームがサッカーゲーム部門を抱えているが、Jリーグのクラブがeスポーツチームを持つ事例はまだ少ない。

 しかし、「そうした現状だからこそやる意義がある」とクラブ側は主張する。なぜeスポーツなのか、どんな展望を持っているのか--。株式会社メルカリから出向し、鹿島アントラーズのマーケティング・事業開発を担当する深見和樹氏に話をうかがった。

「スタジアムでのJリーグ観戦者は主に30〜50代。eスポーツを通してより若い世代へ発信できれば、クラブが新たな層を取り込むチャンスになります」

 “若い層へリーチ”。これが、鹿島がeスポーツに取り組む目的のひとつだ。2019年のJリーグ全観戦者の平均年齢は42.8歳。22歳以下に限ると全体の11.3%ほどだ。Jリーグ全体としても、若い層へのリーチは喫緊の課題なのだ。

 ではどのような経緯で今に至っているのか。話は2019年夏にさかのぼる。メルカリが鹿島の株式を取得したのは同年7月のこと。もともとメルカリとして多種多様なエンタメがあるなかで、eスポーツへのスポンサーを検討していた。しかし、鹿島なら「eスポーツ」と「フットボール」を掛け合わせて相乗効果が見込めるため、eスポーツチームを持つことを決めた。

「eスポーツ事業への参入はすでに海外では当たり前。パリ・サンジェルマンやマンチェスター・シティといった海外の強豪クラブも『FIFA』のeスポーツ選手を抱えています。eスポーツチームを持つことでクラブのブランド価値が上がり、長期的に見ればスポンサー価値にもつながるでしょう」

『FIFA』では、世界最大級の大会「FIFA eワールドカップ」が存在する。国内でも、18年と19年に「eJ.LEAGUE」が開催された。eスポーツプレイヤーがJクラブの名前を背負い戦ったトーナメント大会だ。先行きは明るく聞こえるが、深見氏は「まだマーケット自体がない」と釘を刺す。

「Jリーグはどのクラブもeスポーツへの取り組みが少ないと思います。まずは私たちが事例をたくさんつくり、各クラブと一緒にマーケットを作っていくところから取り組む必要があります」

 ナスリの加入も、マーケットが発展途上であることを示す事例と言える。彼は20年1月に横浜F・マリノスから鹿島に移籍した。リアルサッカーでは当たり前の移籍も、Jリーグのeスポーツ部門間では初めての事例だった。

「我々もeスポーツプレイヤーを選手として扱い、給与を払って、勝つためにサポートする。そういう面でも、きちんとマーケットをつくっていきたいです」

 クラブ、eスポーツプレイヤーと、2つの駒がそろった。では、ここからマーケットを開拓するためには何が必要なのか。

「短期的には、とにかく選手が活躍する場を増やすことです。こちらから既存の大会に出るだけでは足りないので、(Jリーグの日程に合わせて)自分たちでも新たに場をつくり出そうと考えています」

 Jリーグでは、18年から金曜日の夜に試合を開催している。これは「金J」や「フライデーナイトJリーグ」と呼ばれている。鹿島はこの金Jに合わせて都内でパブリックビューイングを行なう予定で、そこにeスポーツも掛け合わせる構想がある。

「金Jのパブリックビューイング前にeスポーツのイベントを絡めるなど、小さなところから地道に継続していこうと考えています。それから、トップチームの前座試合として(『FIFA』の)エキシビションマッチもやってみたいですね。試合をやるなら、国内だけでなく海外の選手にも来てもらう。あるいは海外に行って試合をするのもいいかもしれません。トップチームでは組みにくい海外クラブとのマッチアップも、eスポーツなら実現するかもしれませんからね」

 このような小さな露出を積み重ねることも大切だが、さらに大きな仕掛けも必要になる。今後は、自ら大会を開催することも検討しているようだ。

「本当にゼロからの試みですが、アントラーズカップか、スポンサー名の付いた大会を開催したいと考えています。クラブ自身が大会を主催することで鹿島のブランド価値向上にもつながりますし、そこでナスリ選手の知名度も高めたいですね」

 19年10月には、森永製菓のinゼリーを冠とした大会「inゼリー esports WORLD CHALLENGE CUP 2019」が行なわれ、ナスリも参加した。深見氏は「今後スポンサードの形は、既存大会への協賛のみでなく、冠大会の開催など、さまざまな形へ移行するかもしれない」とも口にした。

 一方、ナスリは「真剣勝負の場が増えるのはうれしいですね。ただ、希望を言うなら、いつか国内でリーグ戦をやりたい」と打ち明けた。

 前述の「eJ.LEAGUE」は1年に1回のスポット大会。一方で、ドイツではブンデスリーガ1・2部所属の22チームが参加する「バーチャル・ブンデスリーガ」が行なわれており、昨シーズンは高級時計メーカーのタグホイヤーが同リーグの冠スポンサーとなっていた。各チームが実際のリーグ同様、総当たりのリーグ戦形式で真剣勝負を繰り広げる。ナスリが望むのも、このような継続的な大会だ。

 しかしサッカーゲームを競技として、また興行として発展させるには課題も残る。懸念のひとつが、高みを目指すプレイヤーの数だ。

 ナスリも「国内ではトッププレイヤーは2、3人だけ。そのトップに迫るプレイヤーは10人ほどしかいない」と話すほど、ハイレベル層のプレイヤー数は少ない。

 深見氏も「Jリーグでeスポーツ選手を持っているクラブはまだ数える程度。最低でもJ1の全クラブが選手を持っている形になって、はじめてスタート地点に立てると思います。プレイヤーの分母を増やすためにも、ゆくゆくはトップチーム同様にアカデミーやユースなどを導入する必要もあるかもしれません」とプレイヤーの育成についても言及した。

 Jリーグ有数のビッククラブである鹿島だからこそ、eスポーツにおいてもほかのクラブに対し大きな影響力を持つだろう。

「鹿島だけが利益を出せばいいとは考えていません。いろいろなステークホルダーを巻き込んで市場を作り、その中で鹿島自体の価値を高めていきます」

 深見氏は「勝つためにできることはすべてやる」と言うが、それは他クラブの成長、そして市場自体の拡大があってのこと。常勝軍団として、鹿島はeスポーツにおいても大きな未来を見据えている。

Profile
ナスリ
神奈川県出身。2015年、高校1年時に「FIFAシリーズ」を本格的に始める。プレイヤーネームの「ナスリ」は、好きなサッカー選手が由来。18年の「eJ.LEAGUE」でベスト4の成績を収めた後、世界大会で躍進。同年、FIFA eW杯に日本人選手として唯一出場を果たした。その後も海外での数々の国際大会に参加。FIFA19シーズン終了時の世界ランク24位はアジア最上位。2月26日時点最新での世界ランク40位
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