見返りを求めず、無心で誰かに尽くした経験はあるだろうか。 東京大学の名を背負い、日々汗を流すアスリートたち。彼らの勝利だけを信じ、試合終了の瞬間までサポートする最強の味方がいる。創部から70年以上の歴史を持つ応援部だ。今回は日本の最高学府…

見返りを求めず、無心で誰かに尽くした経験はあるだろうか。

東京大学の名を背負い、日々汗を流すアスリートたち。彼らの勝利だけを信じ、試合終了の瞬間までサポートする最強の味方がいる。創部から70年以上の歴史を持つ応援部だ。今回は日本の最高学府の運動会(※)を“支える人”に迫った。
※東京大学では、体育会を「運動会」と呼称する

「応援は“応(こた)えて援(たす)ける”もの。頑張っている選手がいるならば、我々はその努力に最大限応えなければならない」

※明治神宮球場で応援席を指揮する宮下主将。「人を大事にする」応援部の姿勢を崩さず、“栄えある学府”の伝統を継承している(写真は東京大学応援部より提供)

応援部の最大の特徴は、リーダー・チアリーダーズ・吹奏楽団という、スタイルがまったく異なる3部門で構成されている点だ。足並みを揃えることは簡単ではないが、その中で強いリーダーシップを発揮し、部を統括しているのが宮下主将。「同期をはじめ、いかに人間関係が上手く作れているかに帰着すると思う。コミュニケーションを大切にし、慎重に物事を進めていく」。そんな彼が大切にしているものが、もう一つある。「野球以外の競技は、どんなに応援したくても部から依頼がなければ行けない」。自分たちに期待してくれる選手のために、腕を振って声を枯らすこと。部内外を問わず、人と人の繋がりを重視した組織づくりに日々尽力している。

「人情に厚いところが東京大学応援部の最大の魅力。ここに4年間の大学生活を捧げたいと思った」

※後輩たちの一挙手一投足に目を光らせる田中副将

田中副将は「最初、応援部に入るつもりはなかった」。その中で当時の先輩たちの人柄に触れ、大学生活を応援に捧げることを決断したという。現在は副将として、部全体を俯瞰する主将に対し、個々を丁寧にフォローしていくことを心がけている。「様々な事情がある人も見捨てずに、一度応援部を選んでくれたからには、最後まで続けられるような環境を整えたい」。部員1人1人と真摯に向き合い、対話することを忘れない。かつて憧れた先輩に倣い、身体を張って部を守り抜こうという気概を示す。

「写真を撮るように記憶を“思い出の1枚”として積み重ねていくことが、自分の宝物になる」

※リーダー部門練習で太鼓を叩く渡邊主務。会計や雑務を担当し、宮下主将にとっては頼れる女房役でもある

渡邊主務は、「思い出の1枚を撮るように、色々な記憶を自分の中で積み重ねる」ことを常に意識している。入学時から繋がりのあった後輩が、過酷な夏合宿(※)を終えて正式な入部を認められた際に「渡邊先輩のおかげでここまで続けられました」と言ってくれたこと。10代最後の日に、野球部の勝利の瞬間を自らが掲げる旗竿越しに眺めたこと。記憶のカメラに収められた写真は、彼だけが見られる財産であり、活力にもなっている。過去だけではない。これからもきっと、もっと感動できる瞬間が待ち受けているはずだ。
※東京大学応援部の1年生は、夏期休暇中に行われる約1週間の合宿を乗り越えると正式に部員として認められる

「リーダーには自分の声と身体しか武器がない。その中でどうやって選手に応援を届け、観客から声を引き出すのか、人間力が試される」

※練習で後輩たちを丁寧に指導する三竹リーダー長(写真左)

リーダー部門を統括する三竹リーダー長には、忘れられない光景がある。父に連れられて初めて観に行った東京六大学野球。プライドが高いと思っていた東大生が、応援部を筆頭に声を枯らして野球部を応援する姿に衝撃を受けた。「こんな大学生になりたい」。晴れて東大に合格すると、迷うことなく応援部の門を叩いた。最高学年となった今は、後輩たちへの練習指導を行う中で、泥臭く粘り強く最大限のパフォーマンスを追求している。

「一緒に勉強している仲間として、選手との距離感はとても近い。彼らと同じ立場で背中を支えてあげることを意識する」

※演奏練習に参加する内藤吹奏楽団責任者。担当しているトランペットは、大学入学後に始めたという

内藤吹奏楽団責任者は、東京六大学野球における吹奏楽団応援席の責任者でもある。「東京大学の特徴は、同じ入試や授業を受けてきた仲間でもある選手との距離が近いこと。選手と応援団の立場に差があると、選手が負けそうになった時に引っ張りあげることができない」。野球部は世間から弱小というイメージを持たれがちだが、彼らが決死の覚悟で練習を重ねていることを、応援部は誰よりも知っている。「負けた時も感謝してもらえるが、やはり試合に勝って嬉しそうな選手の顔が見たい」。その思いが内藤吹奏楽団責任者にとって最大のモチベーションだ。

「応援に行く中で自分たちの力を届けるだけでなく、逆に全力でプレーする選手たちから刺激を受けることもある」

※部員と声を掛け合い、技を決める飯田チアリーダーズ責任者(写真下一番左)

今年のチアリーダーズ部門のパート方針は「越える」。飯田チアリーダーズ責任者は、部員1人1人が過去・現在・理想の自分を超越するだけでなく、観客の心の壁を越えて、親しみを持って応援席で声を出してもらうことも目指している。「試合に負けそうでお客様が全員帰られたとしても、私たちは絶対に残らないといけない。試合が終わるまで味方であり続けるのが応援部」という強い責任感を持ち、応援席に花を添える。

応援部全体のスローガンは「愛を形に」。これは、愛という言葉を重んじる宮下主将を中心に決められた。「大学や選手を“好き”という気持ちがあるから応援する。応援の根幹には必ず愛がある(宮下主将)」。言葉にするのは簡単でも、成し遂げるためには辛く厳しい鍛錬と覚悟が必要だ。大学を背負って戦う選手を応援するに足る人物になれているか。絶えず自らに問いかけながら、泥臭く運動会の勝利を追い求める。厳格かつ愛情に溢れる彼らの姿に、何物にも代えがたい美しさを見た。

東京大学運動会応援部(とうきょうだいがく・うんどうかいおうえんぶ)
1946(昭和21)年に創部。リーダー、チアリーダーズ、吹奏楽団の3部門で構成される。「ただ一つ」、「闘魂は」をはじめとする応援歌は、頭脳を武器に戦う東大アスリートたちを常に鼓舞してきた。大学や選手を愛する気持ちを表し、休むことなく熱く寄り添う応援を選手たちに届ける。