箱根駅伝「ダークホース校の指導論」、國學院大學・前田康弘監督が語る「考える」大切さ 毎年1月2日と3日に行われる正月の風物詩、箱根駅伝の開催が近づいている。今年度の大学駅伝は例年以上に混戦模様。各校はいかにして“戦国時代”を生き抜くのか――…

箱根駅伝「ダークホース校の指導論」、國學院大學・前田康弘監督が語る「考える」大切さ

 毎年1月2日と3日に行われる正月の風物詩、箱根駅伝の開催が近づいている。今年度の大学駅伝は例年以上に混戦模様。各校はいかにして“戦国時代”を生き抜くのか――。「THE ANSWER」では、強豪校に挑む「ダークホース校」の監督に注目。10月の出雲、11月の全日本と今季の大学駅伝で連続4位、上位を窺う國學院大學の前田康弘監督に選手自身が「考える」大切さを聞いた。(取材・文=佐藤 俊)

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 國學院大が強烈なインパクトを持って、その名を全国区にし、陸上界に新風を吹き込んだのは2019年シーズンだった。出雲駅伝で初優勝、全日本大学駅伝は7位だったが、箱根駅伝では往路2位、総合3位となり、「歴史を変える挑戦」をやってのけたのだ。

 そのチームを指揮するのが、前田康弘監督である。

 駒澤大時代は3度箱根駅伝を走り、4年時には主将として総合優勝に貢献した。2007年に國學院大のコーチとなり、09年に監督就任。その後、着実にチームを強くしていった自らの指導方法について、前田監督は「監督就任時は古い考えが先行していましたけど、今はやり方がだいぶ変わりましたね」と笑顔を見せる。

――12年前は、どんな指導方針だったのでしょうか?

「最初は方向性をしっかり出したいので、『こうだよ』『こうしよう』という考え方で指導していました。自分の考えに沿って、選手をレールに乗せるやり方です。そうした軍隊的な指導のほうが導きやすいという考えを持っていました。君たちはこのやり方をしていれば勝てる、と。そのやり方が正しいとか正しくないとかではなく、それが当時の現実だった。だから、予選会を突破できるかどうかというチーム止まりで、それ以上なかなか上に行けなかったんです」

――さらに上を目指すために、指導方法を改めるきっかけがあったのですか?

「指導に手詰まり感を抱え、もがいていたのですが、その状況を越えるきっかけになったのが選手との出会いでした。自分だけで考えて指導して、箱根に出続けていれば変える必要はない。でも強い選手、自分の考えをしっかりと持った選手と出会えたことで、新たな方向が見えてくるようになったんです」

気づきを与えた浦野雄平、土方英和との出会い

 前田監督の指導に新たな方向付けをしてくれた選手が、浦野雄平(現富士通)と土方英和(現Honda)だった。

――彼らが、どう気づきを与えてくれたのですか?

「彼らに出会う前は、自分たちは箱根の業界では駒澤大学や東洋大学と異なり、スポーツ校でもなく、陸上の結果もない新興大学だった。そのため、まずは箱根に出続けることが自分の最大のミッションだと思っていたんです。でも、浦野と世界大会に行って、自分が指導している選手が世界で走っているのを見たり、いろんな指導者と話をしたりして、視野を広げていくと、自分が箱根駅伝の指導者になっていたことに気が付いたんです。箱根駅伝だけにおさまっている自分がめちゃくちゃ小さいなと思いましたし、これじゃダメだ、自分のやり方が間違っているのではないかと思いました」

――その気づきから、どう変わろうと思ったのでしょうか?

「世界という括りで見ると、箱根駅伝はすごく小さいんですよ。そこにとらわれて指導するのではなく、選手を信じて、良いところを伸ばしていくような視点に変えていかないと選手は伸びないし、チームも成長しないというところに行きついたんです」

 そのためには全体主義的な視点から、選手個々に目を向けていくことが必要になる。一人ひとりの能力、良さを見極め、そこをプッシュしていく指導方法だ。

「以前は、一つの練習ができないと『君はまだこのレベルだから』っていうことを言っていたんです。でも、今はできなくてもいずれできるかもしれない。選手の可能性を否定するようなことをすると伸びが止まってしまうんですよ。厳しい言葉を投げかけることもありますが、『まだこれからがある』ということも選手に伝えています。良いところを探してあげるという視点を今は重視しています」

 國學院大のポイント練習は、設定を3つのレベルに分けて行うこともある。監督に指示されるのではなく、選手が選択し、それを尊重する形で各自が練習に取り組んでいる。

――最初から選手は、自分で決められるのですか? 特に入学してきたばかりの1年生は高校で管理され、監督に言われたまま過ごしてきた選手が多いと思うのですが?

「自分で考えて、選んで上手くいかなくても、失敗してもいいんですよ。そこで学習し、あるいは先輩に教えてもらったり、見たり、学んだりしていけば自分で考えてやれるようになります」

選手自身に覚悟と責任を持たせる指導に転換

――最初は具体的に、どういうアプローチをしていくのでしょうか?

「まずは今の自分に何が足りないのか、自分を知るところからスタートします。その際、私の部屋に来てもらい話をします。そこで選手の課題を話し合い、それを解消するためにやり抜く覚悟があるのかどうかを見極めます。選手が自分で言ったことをやり抜くには、自分のことを知っていないと正しい選択ができないんです。誰かがそれをやっていたので、自分もやるという考えではなく、自分はこの状況だからこれをやるというのが正しい考え方だと思っているので。

 でも、学生は往々にして自分をなかなか理解できない。例えば、私以外から客観的な意見を聞いたり、それを受け止める素直さがなく、自分はこうだからと決めつけてやると失敗します。自分を知るというのはイコール人間性を磨くということでもあるんです」

 今の学生は、自分のやり方を選べないだけではなく、選択を他人任せにしてしまうことも多い。例えば指揮官が言ったことをやったが結果が出ないと、出なかった要因について考えるのではなく、『どうしたらいいんですか?』と答えを求めてくる。そうならないように前田監督は、こう選手に問いかける。

「まずは自分を知り、自分で選択してみようよ」

 選手に覚悟と責任を持たせないと逃げてしまう――。それが「弱いチームの典型」であると前田監督は見ているのだ。(佐藤 俊 / Shun Sato)

佐藤 俊
1963年生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、出版社勤務を経て1993年にフリーランスとして独立。W杯や五輪を現地取材するなどサッカーを中心に追いながら、大学駅伝などの陸上競技や卓球、伝統芸能まで幅広く執筆する。『箱根0区を駆ける者たち』(幻冬舎)、『学ぶ人 宮本恒靖』(文藝春秋)、『越境フットボーラー』(角川書店)、『箱根奪取』(集英社)など著書多数。2019年からは自ら本格的にマラソンを始め、記録更新を追い求めている。