中学軟式野球日本一の愛知・東山クラブ…お金を理由に「野球を諦める子を見たくない」 日本一強い野球チームの月謝は、日本一安い。名古屋市の中学軟式野球チーム「東山クラブ」は、土日・祝日に加えて、平日も自由参加のナイター練習も週2回実施している。…

中学軟式野球日本一の愛知・東山クラブ…お金を理由に「野球を諦める子を見たくない」

 日本一強い野球チームの月謝は、日本一安い。名古屋市の中学軟式野球チーム「東山クラブ」は、土日・祝日に加えて、平日も自由参加のナイター練習も週2回実施している。他のチームと比べて運営費がかかる中、部費は月に4000円と相場より大幅に安い。チームを率いる藤川豊秀監督が月謝を値上げしない理由には、母の死を通じて知った“1000円の重み”がある。

 東山クラブは今夏、全日本少年軟式野球大会で頂点に立った。38年前にチームを立ち上げた藤川監督はチームの強さに加えて、「日本一の育成」や「日本一の設備」にも自信を見せる。高校でも野球を続けたい選手の進学先を見つけ、甲子園に出場している選手も多い。オリックスの内藤鵬内野手やソフトバンクのイヒネ・イツア内野手ら、プロへ進んだOBもいる。

 設備も中学生のチームとは思えないほど充実している。チームバス3台に打撃マシン7台。暗くなっても練習できるように発電機を使った照明も備えている。これだけの環境が整っていれば活動費がかかる。だが、月謝は4000円で、入会金はない。土日だけの活動で月謝は3倍、5倍のチームも珍しくない中、破格と言える。物価高騰であらゆるものの価格が上がっていても、藤川監督が月謝を値上げしたのは、2008年に3000円から4000円にした一度だけだという。

「ナイターで使っている照明の発電機はガソリンを使っているので、ガソリンの値上げで負担が大きくなっています。消費税も上がっていますし、ボール代も大会の参加費も値上げされています。苦しいのは当たり前ですよね。限界はきています」

 設備費は月謝だけでは、まかなえない。不足した分は、藤川監督が自腹を切る。チームのコーチや保護者からは月謝の値上げを何度も提案されているが、指揮官はなかなか首を縦に振らない。その理由を明かす。

「野球はお金がかかります。保護者の負担も大きいです。でも、家庭が裕福ではないから、ひとり親だからという理由で野球を諦める子どもを見たくないんです。値上げしたら野球を辞める家庭があるかもしれません。助けられるなら、自分がサポートしたい。もしかしたら、そういう子どもが過去の自分と重なっているのかもしれません」

母の遺品整理で目にした通帳…1000円稼ぐのも「想像以上の苦労がある」

 藤川監督が育った家庭は生活にゆとりがなかったという。両親は夜遅くまで働いて、何とか生活を維持していた。体も弱く、病院に行くことも多かった。藤川監督は「日本一、救急車に乗った中学生だったと思います」と振り返る。

 母親は年齢を重ねると外で働くのが難しくなり、内職をしていた。その姿を見ていた藤川監督は、お金を稼ぐ大変さを実感していた。そして、2005年9月、その重みを一層痛感する出来事が起きた。

「母は体に気を付けながら働いていました。ところが、それでも防げない交通事故によって一瞬にして命を失いました」

 遺品整理をしていた藤川監督は母親の通帳を開いた。その数字を見て絶句し、涙があふれた。亡くなる1年半ほど前から始めていた内職の給料が振り込まれており、1か月分の金額が「1000円」と記されていたのだ。

「あんなに一生懸命働いていたのに、1か月でわずか1000円です。世の中には1000円を稼ぐために、他の人が想像できないくらい苦労しているケースがあるんです。月謝を1000円値上げして簡単に支払える家庭は問題ありませんが、そうではない家庭もあります。自分と同じような境遇の子どもでも、野球ができるチームが1つくらいあっても良いのではないかと思って、限界まで月謝を下げています」

月謝が安くても…日本一の育成や設備に自信

 実家には借金もあった。母親に支払われた慰謝料で返済したという。藤川監督は、「母は迷惑をかけてはいけないと思って、命を懸けてこの世を去ったんだなと感じています。借金を返す方法が他にありませんでしたから」と声を詰まらせる。

 月謝の安さをウリにするチームにするつもりはなかった。家計に負担をかけなくても、選手を成長させる指導力や環境にこだわった。

「月謝が安いから弱い、安いから設備が悪い、安いから進学に弱いと言われるのは悔しいですかね。設備は自分のお金を使って少しずつそろえていきました。他のチームよりも選手が上手くなるチームにしたい一心でやっていたら、設備も育成も進学も全国トップレベルと言われるまでになりました。思いを強く持ち続ければ報われると信じています」

 チーム運営で稼ごうとしていないため、選手の指導に遠慮はない。「選手が辞めたら月謝が減って困るという考えはありません。選手がお客さんになってしまうと、指導や教育はできません。暴力や暴言は論外ですが、時には厳しいことや選手が嫌がることも言わなければ成長をサポートできません」と藤川監督は語る。

 月謝が高いチームほど環境に恵まれ、野球が上手くなるわけではない。1000円の重みを知る指揮官には、お金で買えない価値を生み出す力と心がある。(間淳 / Jun Aida)