給水係についての疑問も聞いたいよいよ目前にせまった箱根駅伝。優勝校やレース展開の予想が注目されるなか、「そもそもアレってどういうこと?」という素朴な疑問を集め、3人のスペシャリストに聞いてみた。各大学の方針や個人の見解によって違いはあるもの…
給水係についての疑問も聞いた
いよいよ目前にせまった箱根駅伝。優勝校やレース展開の予想が注目されるなか、「そもそもアレってどういうこと?」という素朴な疑問を集め、3人のスペシャリストに聞いてみた。各大学の方針や個人の見解によって違いはあるものの、思わず「へぇ~」とうなる回答がそろった。
答えてくれたのは......
大後栄治監督
神奈川大学陸上競技部駅伝チーム監督。箱根駅伝で2回の優勝経験を誇る(往路優勝は3回)。今回、本戦出場は逃したが、数々の名ランナーを育てた名将。
神野大地
プロランナー。青山学院大時代、箱根駅伝に3度出場(2014年2区で区間6位、2015年5区で区間1位<区間新>、2016年5区で区間2位)。「3代目山の神」と呼ばれる。
たむじょー
9万6900人のチャンネル登録者数(2022年12月29日現在)を誇る、ラン×コメディ系YouTuber。帝京大時代、箱根駅伝に出場した(2018年8区で区間11位)
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箱根駅伝の素朴な疑問【レース前後編】はこちら>>「往路と復路の選手の違い」「区間エントリーで補欠の主力選手」「シード落ち」の疑問
疑問1.選手の当日変更は、いつ決めているのですか?
大後監督 例年12月29日に区間エントリーが発表されますが、直前に体調不良者や故障者が出た場合も想定し、当日の選手変更までさまざまなシミュレーションをしています。あらかじめ控えを当てている場合もありますが、どこの監督も腹のなかでは誰を走らせるのかは決めていると思います。当日の選手変更は他大学の動向を見てとか、往路の様子を見てというのはあまりないです。区間配置は対大学ではなく、自チームが一番よいパフォーマンスを発揮するには、どこに誰を配置すべきか、という適材適所で決めているのではないかと思います。
疑問2.各区間、選手は何時に起きて、どのように準備をしているのでしょうか?
大後監督 基本的には午前2時頃に起きます。軽く朝練習をして、スタートの4時間前に食事を摂っています。その後、中継所に向かい、レースの1時間前からウォーミングアップを始めます。ただし、当日いきなりこのような準備はできません。起床時間も徐々に早くしたり、工夫が必要です。数日間かけて、体を慣らして準備をしていきます。
神野 だいたいスタートの5時間前に起きて、体を軽く動かして、4時間前に食事を摂るのがセオリーですね。5区の時は、日常と変わらず、朝6時頃に起きて、軽く走ってきて7時頃にシャワーを浴びて、朝食を摂りました。食べるものは人によって違いますが、僕はおにぎり、赤飯、団子とオレンジジュースとかですね。2時間前には必ずゼリー飲料を摂ります。
たむじょー 区間によって変わってきますが、僕が1区の付き添いをした経験から考えると、8時スタートなので起床は午前2時過ぎです。起きて体を少し動かしてスタートの4時間ぐらい前に食事を摂ります。朝食は消化にいいうどんとかお餅とか炭水化物をメインに摂ります。スタート地点の大手町にはスタートの2時間ぐらい前に入ってアップして補食を摂ったりします。30分前にゼリーを飲んで、いざという感じでした。
疑問3.出走する際は早朝、寮から出発するのですか?
神野 大学によってそれぞれ違うと思うんですけど、青学大は区間ごとに分かれてホテルに泊まります。僕は5区なので小田原に泊まりました。レースの前夜はひとりで宿泊し、夕食は近くのファミレスでした。正月なのでどこもやっていないんですよ。付き人といると気を遣われるのがいやですし、妙な緊張感のなか、話をするのもなぁと思っていたので、ひとりにしてもらいました。
疑問4.シューズは、自分の好きなものを履けるのですか?
たむじょー シューズは各自、自分が好きなものを履きます。ただ、なかにはメーカーと個人契約をしている選手もいます。そういう場合や大学指定のシューズがないかぎりは、基本的には自由です。
疑問5.ユニフォームのセットは、どのように決めているのですか?
大後監督 雪や雨が降らなければ、基本的には自由です。ただ、5区と6区は気温と風向きを連絡させてウェアーの対応をしています。5区スタートの小田原中継所と箱根山中では温度差が激しい場合がありますので、情報を付き添いか選手に伝えます。後半に冷えてきそうならTシャツにアームウォーマーをつけて走らせています。とにかく冷えてしまうと体が動かなくなるので、そこは注意しています。
神野 青学大の場合、朝8時ぐらいから計測する部員がいて、山の頂上に行き、気温、湿度、風速などの情報を全体のLINEに送ってくれます。山は天気予報では把握できない部分もあるので、実際に現場から情報を送ってもらうのが一番なんです。僕が3年の時は、山の上の気温が0度ぐらいでめちゃくちゃ寒かった。最終的にTシャツにアームウォーマー、手袋を2枚重ねてスタートしました。ゴールした時の写真を見てもらえるとわかりますが、指がめちゃ太く映っています。
たむじょー ユニフォームは、1区から4区、7区から10区は、基本的にはランパン、ランシャツでほぼ決まっています。ただ、5区と6区は山で寒さが厳しいので、よほどの希望がないかぎりはランTシャツにアームウォーマーを着用することで決まっています。たまに長袖で走る人もいますが、かなりレアかなと思いますね。
疑問6.監督車(運営管理車)に、必ず持ち込むものはありますか?
大後監督 選手の情報シートを作って、それを持ち込んでいます。通過設定タイムや過去の先輩たちのタイムを記載し、実際のラップを書き込めるものです。それを次の世代に渡せるようにしています。食べ物は持ち込みませんが、スポンサー様から菓子パンが提供されます。トイレは3区と8区でそれぞれ1回休憩がありますが、場合によっては我慢しないといけなのでなるべく水分は摂らないようにしています。そのため、喉が乾燥してくるので、のど飴は必需品ですね。
疑問7.襷にはどんなこだわりがありますか? 襷のかけ方は練習するのですか?
大後監督 襷は神聖なものです。デザインはいつもほぼ同じなのですが、劣化してくるので、うち(神奈川大)は本番で使用する分は毎年作ってもらっています。それ以外に襷のレプリカを20本用意しています。ふだん、襷をつけて走ることがあまりないので、ランニングパンツへの収め方、襷の生地の感じとか、本番に合わせて、練習で慣れさせています。またレプリカには歴代の使用者の名前が刻まれていて、先輩たちが培ってきた歴史が理解できるようになっています。襷には継承、つなぐという意味が込められています。
神野 大学名を前に出すように、かけ方を工夫しています。高校の時は、駅伝の襷って気にしたことがなくて、パっとつけてキュッと締めてランパンに収める感じだったんです。でも、箱根駅伝はずっとテレビに映るし、襷がきれいにかかって大学名が見えたほうがカッコいいなと思ったのでかけ方を練習しました。
たむじょー 僕は襷をもらった時、けっこう焦ってしまい、早くつけないといけないと思って何も気にせずにすぐにかけて走り出したんです。だからこだわりとか特になく......。襷をとりあえず斜めにかけるぐらいしか考えていなかったですね。
疑問8.なぜ「花の2区」と呼ばれるのですか?
大後監督 2区は23.1キロという長い距離ですし、襷を受けた直後からかなりのハイペースで競い合います。また、後半に権太坂を含む非常に困難なコースが待ち構えています。そこを走破するためにはスピード能力がないとダメですし、後半のハードな上りを克服しないといけないので、スタミナ能力も必要です。その両方の要素を高い次元で獲得した各大学のエースと言われる選手が配置され、しかも競った熱い展開になるので、花の2区と言われています。
神野 2区は単純に距離が23.1キロと長いのと、14キロ地点の権太坂と20キロ過ぎの坂がすごくて5区以上にキツイ区間です。実際、20キロ過ぎのラスト3キロは、9分半ぐらいかかるんです。そのくらい大変だし、やっぱり力がないと走れない。ここにチームで9番目ぐらいの選手を配置してもついていけないし、メンタルをやられてしまう。必然的にチームで1番強い選手、各大学のエースが集まるので花の2区と言われています。
たむじょー くわしい理由はわかりませんが、2区が箱根駅伝の勝敗を分けるポイントで、しかもコースが厳しいからじゃないでしょうか。実際、1区の流れを崩さずに、2区で勢いをつけることができれば3区以降も戦える流れになりますが、2区で遅れてしまうと3区以降が非常に苦しくなります。そういう重要区間に各大学のエースが投入されたからだと思います。
疑問9.うしろから来る選手の足音は聞こえますか?
たむじょー 足音は聞こえないですが、沿道の応援が大きくなって、来てるなというのは感じたことがあります。僕が走った時、うしろから中央学院大が迫ってきたんです。その時、「学院行けー」とか「帝京に追いつくぞ」という声が聞こえてくるんです。その時、「あっ、もううしろに来ているんだな」と思っていました。でも、特に焦ったりはしませんでした。わりと冷静に、追いつかれた時にどうしようかな、離れないでついていこうとか、考えて走っていました。
疑問10.付き添い、給水係は、どのように決めているのですか?
大後監督 付き添いは、下級生が走る場合は箱根の経験がある上級生を配置しますし、上級生の場合は気心の知れた上級生同士になる場合もあります。力がある選手の付き添いには、今後を期待する選手、たとえば今年は補欠だけど来年はお前が頑張らないといけないということで付き添いにして、雰囲気を経験させるケースもあります。給水係は基本的には選手からのリクエストを尊重していると思います。
神野 基本的には部の主務(チーフマネージャー)がわりふっています。主務はチームの人間関係をかなり理解しているので、ここの給水にはこいつだなとか、うまく当てはめていくんですよ。ただ、選手がリクエストする場合もあります。4年の時の僕の給水係は、仲がよかった川崎(友輝)さんと寮長の伊藤(弘毅)にお願いしました。付き添いは、僕の場合は、5区の補欠選手でした。待機所では、基本的にアップとか自分ひとりでやることばかりなので、僕は誰でも問題ないという感じでしたね。
たむじょー 付き添いは基本的には監督が決めていたのですが、4年生ですと信頼できる同期がいいということで、なかには選手側のリクエストが通るケースもあります。ただ、1、2年生が出走する場合は、経験がないぶん上級生がついたほうがスムーズに動けるということで、3年生以上やマネージャーがつくことが多いですね。僕が8区を走った時は、初めての出場だったこともあって先輩やトレーナーさんがついてくれました。給水係は、指示を出すケースやいろんな声かけが行なわれる大事な場面なので、慣れている上級生が担当することが多いです。僕が出走した時は、ひとりが同期で、もうひとりがひとつ上の先輩でした。
疑問11.監督車(運営管理車)からの監督の声は力になりますか?
神野 なりますね。僕は、原(晋)監督に育ててもらったので、信頼も強かったんです。そんな監督の言葉なのですごく効きましたし、重かったです。僕が3年の時、スタートする前に電話がきて、「キロ3分5秒ぐらいでゆっくり入ればいいから」って言われたんです。スタートして最初の1キロを2分50秒で入ったら「ちょっと早いな。少し落とそうか」と監督車から声がかかりました。でも、次も2分51秒で行ったんです。そうしたら監督から「神野、今日は動きもいいし、調子もいいから、このまま行けっ」と言ってくれました。この時、監督から「あとのことを考えて少し落とせ」と強制的な感じで言われていたら僕は委縮してしまったと思うんです。でも、ふだんの練習から僕のいい時の動きを見ていてくれたので、そこで適切な言葉をかけてくださったのはすごく大きかったですね。
たむじょー 苦しい場面では沿道からの応援もすごい力になるんですけど、やっぱり指導をしてもらっている監督の声を聞くと、もっと頑張らないといけないという気持ちになります。8区を走った時、前に見えている大学があって最初、「3キロで追いつくぞ」と言われて、次に「5キロで追いつこう」と言われたのですが、なかなか追いつけなかった。すると今度は「10キロで絶対に抜くぞ」と言われて、1回追いついたものの自分のエンジンがかからなくて、相手を突き放すことができなかったんです。そうしたら「しっかり離して、自分のペースでいけ!」って言われて、後半になるにつれ監督もヒートアップして声が大きくなっていきました。その時は、もうやらないといけないと思い、必死でした。
疑問12.選手への声かけの言葉は、あらかじめ決めているのですか?
大後監督 決めている場合もあります。最後の苦しいところで、ここで踏ん張らないでいつ踏ん張るんだっていう気持ちになってくれるようなフレーズを考えます。シーズン中に選手を指導しながら、その選手が心を動かす瞬間を観察して、それをメモして、ここぞという時に声かけします。実は前回もいくつか用意していました。一番苦しい時、大好きな祖母を亡くした学生に、「おばあちゃんがお前の肩を押してくれているはずだから」と声かけしようと準備していましたが、その機会を失ってしまいましたので、残念でなりません。
疑問13.監督車(運営管理車)にも沿道の声は聞こえていますか?
大後監督 近年は感染症対策のため、窓を開けるように指示されていますので、よく聞こえる時と、かき消されてしまう時と両方です。聞こえる時は、とても温かい言葉を投げかけていただくこともあれば、厳しい指摘をされることもあります。いずれにしてもファンの方々の熱い声援ですので、耳には残りますよ。
疑問14.なぜ5区、6区はなぜ特殊区間と言われるのですか?
大後監督 5区の山上り、6区の山下り、箱根駅伝の特徴的な区間です。他にあまり類を見ません。山を走るにはどちらの区間とも技術が必要になってきます。5区は走行スピードが遅いですが、心肺に高い負荷がかかり脚の持久力も求められます。ストライドは広くなくとも、リズムよく走らないといけません。気温低下による対応力も必要です。6区の山下りはスピードが重要な区間です。シューズの着地時にブレーキをかけずにスピードを維持する技術が必要になります。5区は選手の出来栄えで最もタイム差が開く区間でもあります。快走もあれば、大ブレーキもある。展開を大きく変えられる区間です。平坦な区間とは異なる特徴と技術が必要。それが特殊区間と呼ばれるゆえんだと思います。
神野 日本にはいろんな駅伝がありますが、800m上って、800mを下る駅伝って箱根駅伝だけなんです。他の駅伝にはない特別な区間なので、そう呼ばれているのだと思います。
たむじょー 駅伝でここまで上ったり、下ったりするのは、箱根駅伝以外ないと思うんです。他にないということは、対策がなかなかしにくいですし、走れる人も限られてきます。誰でもいいわけではなく、山の上り、下りに特化した能力がある人が走るので、特殊区間と言われるのではないでしょうか。でも、そこが魅力というか、見所でもありますね。
疑問15.「山の神」という言葉が生まれたきっかけは何ですか?
神野 「初代山の神」である今井(正人・順天堂大)さんが2年生の時から5区の山上りで結果を出していたんです。今井さんが4年生の時(2007年)、日体大の北村聡さんが5区を走る際の心境を聞かれた時、「うしろから山の神が来ますからね」と言ったんです。そして今井さんがゴールした時、アナウンサーがその言葉を使って、「山の神、ここに降臨、その名は今井正人」と叫んだのが、「山の神」という言葉が広まったゆえんですね。
箱根駅伝の素朴な疑問【レース前後編】はこちら>>「往路と復路の選手の違い」「区間エントリーで補欠の主力選手」「シード落ち」の疑問