今年の日本選手権は東京五輪の長距離の選考を兼ねた大会になったが、男子1万mでは相澤晃(旭化成)が27分18秒75、女子1万mでは新谷仁美(積水化学)が30分20秒44で、それぞれ日本記録を更新。ともに東京五輪代表の内定を決めた。 歴史的な…

 今年の日本選手権は東京五輪の長距離の選考を兼ねた大会になったが、男子1万mでは相澤晃(旭化成)が27分18秒75、女子1万mでは新谷仁美(積水化学)が30分20秒44で、それぞれ日本記録を更新。ともに東京五輪代表の内定を決めた。

 歴史的な記録が生まれた大会になったが、学生の健闘も光った。男子5000mでは吉居大和(中央大1年)が13分25秒87をマークして、U−20日本記録を更新し、3位入賞を果たした。



前回の箱根では1区を走った中谷雄飛(写真左)。 右は現トヨタの太田智樹

 吉居は10月の箱根駅伝予選会で、ハーフを1時間1分47秒で駆け抜け、中央大の本戦出場に貢献。さらに11月の日体大記録会の1万mで28分08秒61の自己記録を更新するなど、ルーキーながら数々の記録を塗り替えてきた。

 今回の日本選手権は箱根駅伝に向けての練習をこなしながら、2週間前からスピードを意識した練習に切り替えた。目標は「自己ベスト、U−20の記録更新」だった。それを実現すべく、一時は先頭に立つなどルーキーとは思えない積極的なレースを見せた。

 3000m以降、苦しい走りになったが、それでも粘り、最後まで極端に落ちることなく5000mを駆け抜けた。

「前で勝負すると決めて走ったので、きつくなるまで先頭につきました。後半に失速してしまったんですけど、個人としては自己ベストを出せて、次につながるレースができたと思います」

 吉居にとって次の舞台は箱根駅伝になる。中央大のシード権はもちろん、チームは5位以内という目標を掲げている。おそらく吉居は往路の序盤区間を任されるだろう。チームに勢いを与える走りをみせられるか楽しみだ。

 その吉居に刺激を受けたのか、A、B組に分かれた男子1万mでは学生が奮闘し、4名が27分台をマークするすばらしい走りを見せた。

 1万mのB組では中谷雄飛(早稲田大3年)、太田直希(早稲田大3年)、塩澤稀夕(東海大4年)が出場。なかでも目を引いたのが、早稲田大のふたりだった。

「ずっと先頭を走り、27分台を出す」ことを意識した中谷は、実力ある実業団選手がいるなか、終始先頭で引っ張るレースを見せ、2位だった。今年はコロナ禍の影響で練習メニューなども個人に任せられることが増えたが、それにより自己調整がうまくできるようになった。

 また、大迫傑(ナイキ)の合宿に参加し、スピード強化をするだけでなく、参加したほかの選手と陸上について話をすることで意識や取り組みにも変化が生じた。

「27分台を達成できたこと、トップ争いができたことはいい経験になりました。目標としていたことの9割は達成できたのでうれしく思います。残りの1割はラスト200mをスピードで負けてしまったこと。トップを獲っていれば100点でした」

 そして中谷は箱根駅伝について「日本選手権のようなインパクトのある走りができたらいい」と自信を深めている。

 今年の早稲田大は1年生が好調で、選手層がかなり厚くなった。中谷の同期である太田も27分55秒59でB組3位になるなど、中谷と太田の快走は"早稲田復活"の狼煙(のろし)となりそうだ。

 このふたりのタイムを超えるなど"怪物"ぶりを見せたのが、駒澤大のエース・田澤簾(2年)である。

「27分40秒を目標にして、駒大記録を抜く。日本のトップ選手とどこまで戦えるか、どこまで食らいついていけるか」を目標としていた田澤は、6000mまでは中盤より前にいた。ところが残り10周を超えたところで腰が痛くなり、タイムを落としていく。それでも粘って27分46秒09で8位入賞を果たし、村山謙太(旭化成)が持っていた駒大記録も4秒近く更新した。

 今年は全日本大学駅伝でアンカーを務め、東海大の名取燎太(4年)とのデッドヒートを制し、8年ぶりの優勝に貢献した。速さと強さを併せ持つ田澤は、まだまだ伸びしろがあり、自身も貪欲だ。

「大学2年でこのタイムを出せたので、4年までには学生歴代1位の27分38秒63を超えて、相澤さんのような走りができるようになりたいです」

 次の舞台である箱根駅伝で田澤はどの区間を走るのか。本人は他校のエースが集まる2区ではなく前回の箱根で走った3区を希望しているというが、どの区間を走るにしても区間賞はもちろん、どんなタイムを叩き出すのかにも注目が集まる。

 池田耀平(日体大4年)も27分58秒52の好タイムをマークし、東海大・塩澤も28分08秒83で自己ベストを更新した。

 塩澤は「8000mから粘ることができなくて......あそこで粘っていれば27分台を出せたと思うんですけど、まだまだ力不足。箱根に向けてしっかり修正できると思います」と前を向いた。

 東海大は、今シーズン、大学3大駅伝3冠を目標に掲げたが、残すは箱根駅伝だけになった。

「箱根はどの区間を任されても区間賞を目標に、チームとしては優勝がかかっているので、自分と名取、西田(壮志)の4年生が区間賞を獲って、総合優勝に向けて頑張っていきたいと思います」

 ここ数年、日本選手権において、中距離は東海大時代に館澤享次(DeNA)が優勝するなど、学生でも結果を残していたが、長距離は実業団選手と競り合うことがなかなかできなかった。だが今回、5000mで吉居が前に出て、1万mでは中谷が実業団選手とトップを競い合い、田澤が8位入賞を果たすなど、学生の躍進が目立った。

 また中谷と太田の快走は、今後のチーム強化のあり方に一石を投じるものになったのではないだろうか。

 どの大学も箱根駅伝に勝つため、練習はどうしても駅伝向けのメニューがメインになる。中谷、太田が所属する早稲田大は今年、コロナ禍の影響で個人練習にシフトし、夏合宿も十分に行なえなかった。

 そのなかで中谷らはスピードを磨く練習を自ら考え、自分の体をコントロールする術を覚えた。その結果、選手それぞれが質の高い練習をこなすようになり、それがレベルアップにつながった。

 すべての学生にそのやり方が当てはまるとは思わないし、ある程度の自由が認められるにはそれなりのレベルが必要だ。だが、横並びの駅伝向けの練習だけでは、個人が大きな舞台で輝くことはなかなか難しい。

 中谷、太田をはじめとした早稲田大の選手が箱根駅伝でどんな走りを見せてくれるのか。「W」が躍進すれば、大学の練習の取り組みにも変化が生じるかもしれない。そういった意味で、今回の箱根駅伝は大注目である。