サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム。今回は、白い紙に「世界」を創造する素晴らしい仕事。■ロンドン生まれ91歳の「1コマ漫画」 さて、日本サッカ…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム。今回は、白い紙に「世界」を創造する素晴らしい仕事。

■ロンドン生まれ91歳の「1コマ漫画」

 さて、日本サッカー協会が育成年代の大会の宣伝に使う『アオアシ』(「ビッグコミックスピリッツ」連載、著者・小林有吾)、天皇杯の宣伝に使う『ジャイアントキリング』(「モーニング」連載、原作・原案・綱本将也、作画・ツジトモ 通称ジャイキリ)など、日本では長編のサッカー漫画が花盛りだが、世界的に見るとこの形はそう多くはなく、日本ほどの人気になっているものは見当たらない。代わってサッカーファンに人気があるのが、「カートゥーン」である。

 1コマ漫画、あるいは風刺画。その「代表選手」として、2人の「巨匠」を紹介したい。

 ひとりは英国のポール・トレビリオン(1934~)である。ロンドンに生まれ、「デイリー・ミラー」、「デイリー・エクスプレス」、「ザ・サン」、「デイリー・テレグラフ」、「ザ・タイムズ」などの新聞に似顔絵入りの1コマ漫画を描いて人気を博した。私が高校生で「サッカー・マガジン」の愛読者だった頃、イングランド代表選手などの似顔絵付き紹介記事を読んだ記憶があるが、それを書いていたのがトレビリオンだった。そのトレビリオンが91歳でまだ健在なのだ。

■超人気だった「あなたがレフェリー」

 1970年代に「シュート」誌で始まり、やがて「オブザーバー」紙に移った『ユー・アー・ザ・レフ(あなたがレフェリー)』は、サッカーで生まれる超レアケースを漫画で紹介し、「あなたが主審ならどんな判定を下す?」と問いかけるもので、2016年に連載が終わるまで、超人気記事だった(現在は「The Guardian」紙のホームページで見ることができる。2006年に単行本にもなっている)。

 2016年3月27日に発表された最終回の最後の質問は、「レッドカードに値する反則をした選手が自ら負傷し、あなた(主審)がレッドカードを出す前、興奮する両チームをコントロールしようとしている間に担架でピッチ外に運び出されてしまった。そして第4審判は、搬出された選手への交代選手をピッチに入れてしまった。あなたはどうする?」というものだった。

 そしてもうひとりの「巨匠」はユーモラスでカラフルなイラストで世界を魅了したモルディージョ(フルネームはギジェルモ・モルディージョ・メネンデス、1932~2019)である。あらゆるジャンルのイラストを描いたが、スポーツ、なかでもサッカーを愛し、数多くの「サッカー漫画」を描いた。漫画といっても、1コマか、1ページをいくつかのコマに分けた「1枚もの」で、奇抜な発想は世界中のサッカー愛好者を楽しませた。

■エッフェル塔の「シュート」が凱旋門に

 スペインからの移住者を両親に持ってアルゼンチンのブエノスアイレスで生まれ、絵画を学び、ジャーナリスト養成学校でイラストレーターの資格を得た。黎明期の子ども向けアニメーション映画にかかわり、ペルーのリマに移ってフリーランスの広告イラストレーターとなる。アメリカのカード会社「ホールマーク」での仕事を認められてアメリカに渡り、「ポパイ」のアニメ映画化にも参加した。

 1963年にはパリに拠点を移し、欧州のさまざまな雑誌にイラストを寄稿するようになる。大きな鼻を持った人物や、ユーモラスな姿をしたさまざまな動物を入れたカラフルなサッカーのイラストは、世界的な人気を博した。

 モルディージョのサッカーイラストは、想像力のかたまりだ。25ものビル(間には道がある)の屋上をつないだピッチでのサッカー、エッフェル塔がシュートしたボールが凱旋(がいせん)門のゴールに飛び込むものなど、見て飽きることがない。もちろん、たくさんのイラスト集や絵はがきも売られている。

 日本のサッカー漫画も世界のカートゥーンも、サッカーというシンプルな競技が人々に与える知的な刺激の大きさがモチベーションとなっている。シンプルなゲームながら、その知的な刺激が途絶えることがないのが、サッカーという競技の不思議さ、最大の魅力なのかもしれない。

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