橋本大輝を指導神田眞司コーチインタビュー(第1回)「橋本は五輪や世界選手権で金メダルを取っても、体操に取り組む姿勢も人間性も、何も変わっていないですよ。今年4月前までは市船の体育館にもちょくちょく来ていましたから」 2021年の東京五輪で、…

橋本大輝を指導
神田眞司コーチインタビュー(第1回)

「橋本は五輪や世界選手権で金メダルを取っても、体操に取り組む姿勢も人間性も、何も変わっていないですよ。今年4月前までは市船の体育館にもちょくちょく来ていましたから」

 2021年の東京五輪で、体操男子個人総合と種目別鉄棒で金メダルに輝いた橋本大輝。今夏のパリ五輪では、個人総合連覇も懸かるが、東京五輪でわずか0.103点及ばずに銀メダルに終わった団体総合で、金メダルを狙うことを最大の目標に掲げている。日本代表チームを引っ張るエースとして2度目の五輪に挑む22歳の若き王者は、どんな成長軌道をたどって現在地にたどり着いたのか。船橋市立船橋(市船)高校時代から指導を続けている神田眞司コーチ(65歳)に聞いた。
 



橋本大輝と神田眞司船橋市立船橋高校総監督(2019年)photo by YUTAKA/AFLO SPORT

 高校に入ったばかりのころの橋本について、神田コーチは「まだ粗削りで基本が不十分な原石だった」と言う。そこで体操の基本練習を課すと、橋本はその教えに「無限くん」という異名がつくほど練習の虫となって打ち込んだ。
 
「高校時代の橋本が強くなっていくきっかけは、何段階もありました。ひとつ目は、高校1年で出た国体予選で大当たりして、試合でノーミス演技ができたんです。入れたい技を入れてうまくやって、それで自信がつきました。インターハイには1年では出られなかったのですが、その後の全日本ジュニア選手権もまたいい結果を出して、ジュニアナショナルチームに入れたことが大きかったですね。

 さらに自信をつけたのが補欠で行った国体です。サブエリアでみんながウォーミングアップする前に、6種目を通して練習していたのが橋本でした。それも決勝の日まで、1試合分をやっていました。私も補欠で試合会場に行く場合は、『しっかり6種目を通す練習をやっておけよ』とは言ってましたけど、本当にやっていたのは橋本だけでした。最初で最後ですよ。周りの選手や先輩のことも気にせず、しかも技が安定していなかったらできないことですから、『俺を見てろよ』という気持ちでやっていたと思います。周囲から『あの1年生は強いな』と言われて、その後、常にレギュラーになりました。

 ふたつ目のきっかけが、高校2年の時に出場した世界ジュニア選手権の予選です。高校2年になったころから橋本の動きが目立つようになった感じで、別格の動きになったのがその試合でした。そして、高校2年のインターハイで個人総合2位になります。ステップを上がっていくように、やるたびに自信がついてきましたね」

【金メダル獲得の要因】

 成長曲線が急激な角度で右肩上がりになったのが高校3年。代表入りを意識して取り組んだことで、跳馬の高難度技、ロペスを習得し、あん馬や鉄棒でも難度の高い技をマスターできるようになっていく。そして、あっという間に東京五輪の金メダル候補にまで成長を遂げて大舞台に臨んだ。

「東京五輪は、無観客という特殊な状況ですべて自分の演技をやりきったわけですから、"あいつの心臓はどうなっているんだ"と、メンタルの強さに感嘆しました。まったくビビッていなかった。体操に関しては、まだまだ足りないところがたくさんありますけど、そのなかでも自分の演技をきちんとできる、橋本の持って生まれた強さを発揮した結果です。あれは指導してどうこう、ではないです。鉄棒なんて、あれだけの演技はできないですよ。

 五輪の金メダリストになった要因を挙げると、メンタルの強さに加えて、家庭環境が作り出した体の強さです。気持ちの強い子はたくさんいますよ。でも、ほとんどの選手は体がついてこない。その意味で橋本は幸せなんです。耐えられる体を持って生まれたんですから。親に感謝です。育った環境にも感謝すべきことです。橋本と同じ気持ちの子は何人もいますから。

 それに加えて、橋本のための強化シフトをしっかりフォローアップしたので、五輪サイクルにうまくはまったと思います。開催が1年延期されてなかったら、(2021年の)全日本優勝はなかったはずだからです。2019年のスーパーファイナルで優勝したことが気持ちの面では大きかったと思います。しっかりと自分の演技をすれば優勝できるんだという自信につながったからです」

 パリ五輪代表選考会のNHK杯に、内定選手として出場する予定だった橋本だが、大会直前の練習で右手中指を負傷して欠場を余儀なくされた。現在は順調に回復して、6種目を通した本格的な練習を再開するまでになっているという。
 
「ポスト内村(航平)と言われることが橋本の励みにはなっているのでしょう。内村くんからは『お前はお前でいろよ』と言われたようで、プレッシャーにはなっていないと思います。今回、指をケガしてパリ五輪に臨むことになりますが、予想よりは治りが早いと言っていて、患部も安定してきたようです。7月頭にオリンピックでやれる演技ができていれば問題ないです。あとは工夫して、心拍数を上げる練習をもう一度やっておけば大丈夫だと思います」

【東京五輪後3年間の成長】

 東京五輪からの3年間で橋本が成長した点について、神田コーチの眼にはどう映っているのか。

「跳馬以外の5種目で技を増やしましたね。あん馬のウゴニアンや鉄棒のリューキンなどがそうです。それに、ゆかの着地がだいぶうまくなった感じです。NHK杯を欠場したので、今回のパリ五輪は演技をまとめていくしかないです。それで勝負するしかない。0.1点の差で勝つことに集中していくことになりますね。跳馬のロペスは跳んでおけば問題ないでしょう。着地もよくなっています。鉄棒は降り技が課題。でも、カッシーナとコールマンの連続をやってDスコア6.9点をマークできればいいですね。

 東京五輪での活躍はすごいことですが、ふだんの練習を見ると、もっとやれるし、まだまだできるだろうと思います。やっぱり五輪2連覇を達成してほしいです。2連覇できたら、もしかしたら指のケガのお陰と言えるかもしれませんね。ケガをしなかったら気負いすぎちゃったかもしれません。特に今シーズンは練習ができているから、何かいい薬になりそうな気がします。

 東京五輪と同じ演技は、橋本にとってはすごく楽な気持ちでできるはずです。つり輪、跳馬、平行棒の3種目の演技を東京五輪と同じ演技構成にして変えなければ楽に臨めるでしょう。そして鉄棒はDスコア6.7点でいけば、平行棒で無理しなくても勝負できるんです。ただ、鉄棒もつり輪も技の順番を変えたり戻したりして演技構成をいじってやっています。いかにして点を取るか、とにかくしぶといですよ」

 男子体操の最大の目標はあくまでも団体総合での金メダル。東京五輪経験者の橋本、谷川航、萱和磨の3人に加え、五輪初出場となる岡慎之助と杉野正尭という組み合わせになった。団体総合の決勝では前半のゆか、あん馬、つり輪の3種目でいかに得点を取りこぼさずに戦えるか、後半の跳馬、平行棒、そして鉄棒で得点アップを図ることができるかがカギを握る。そのキーマンは言うまでもなく、エースの橋本大輝だ。

 体操界のレジェンド、内村航平のように日本代表チームをどこまでまとめて、エースとして団体優勝に導けるか、注目される。
(つづく)

■Profile
神田眞司(かんだしんじ)
1959年2月1日生まれ、千葉県出身。中学1年で体操を始め、習志野市立習志野高校、順天堂大学、同大学大学院を経て、1989年4月から母校・習志野高校の教諭になり、教師生活と同時に体操指導者としての活動もスタート。2006年4月から船橋市立船橋高校の教諭として同校体操部を指導し始め、今年で指導歴36年目を迎える。定年退職後、5年間の再任用教諭も24年3月で終了。現在は市船の技能講師とセントラルスポーツのアドバイザーコーチとして教え子たちを指導する毎日を送っている。23年に3度目となる日本体操協会の優秀指導者賞を受賞している。