上村愛子が北京五輪モーグルを徹底検証日本のメダルの可能性~男子編 北京五輪に挑むフリースタイルスキー・モーグル日本代表は、女子同様、男子も堀島行真(24歳/トヨタ自動車)、原大智(24歳/日本スキー場開発ク)、杉本幸祐(27歳/デイリーはや…

上村愛子が北京五輪モーグルを徹底検証
日本のメダルの可能性~男子編

 北京五輪に挑むフリースタイルスキー・モーグル日本代表は、女子同様、男子も堀島行真(24歳/トヨタ自動車)、原大智(24歳/日本スキー場開発ク)、杉本幸祐(27歳/デイリーはやしや)、松田颯(22歳/しまだ病院)と有望な選手がそろっている。

 なかでもメダルへの期待が最も大きいのは、今季W杯(モーグル、デュアルモーグル)で3勝を挙げ、9戦連続して表彰台に上がっている堀島だ。その調子を維持したまま本番に臨めば、頂点に立つ可能性も高い。そんな堀島の強さ、すごさについて、日本モーグル界の先駆者である上村愛子さんに分析してもらった――。



モーグル界屈指の技術を持つ堀島行真

――北京五輪での金メダルが期待されている堀島選手の強さとは、どういったところにあるのでしょうか。

「堀島選手は、とにかく技術がと飛び抜けています。カービングターンでスタートからフィニッシュまで滑れる人はほとんどいないのですが、彼はそれができる選手です。

 コブのなかでもエッジを立てて滑っていくので、ちょっとした躓きが大きな減点要素になってしまうのですが、それでもカービングで最高の滑りをするということに『ロマンを感じている』と言っています。以前、(堀島選手から)『愛子さんもそこにロマンを感じていたんですよね?』と言われたので、『そうですよ』と答えたんですけど(笑)、彼はそれほどのこだわりと自信を持って滑っています。

 ミスがなければ、メダル獲得はほぼ間違いないと思っています」

――もしミスがあるとすれば、どういったミスになるのでしょうか。

「五輪前の最後のW杯(ディアバレー/アメリカ)で結果的には優勝したんですけど、ターンの弧がほんの少し大きくなって、腰から下が左右に振れる動きが何ターンかあったのが少し気になって......。

 ただ、そこをジャッジがどう判断するのか見ていたら、大きなミスという判断にはなっていませんでした。(現状では)堀島選手のターンの技術の高さをしっかりと評価してもらえていて、その点はよかったなと思います。

 今季はエアの難易度を上げず、安定感を第一に、かつ取りこぼしをしないように戦っています。そこは『五輪でも変更しない』と言っていたので、今季やってきたことをやりきることができれば、自ずと結果はついてくると思っています」

――堀島選手は前回の平昌五輪でもメダルの最有力候補に挙げられていましたが、決勝でまさかの転倒。11位に終わってメダルには届きませんでした。

「平昌五輪の前に世界選手権で二冠を達成したあと、堀島選手から『自分の(周囲の)環境がガラリと変わってしまった。戦いづらい環境になって、本番を迎えてしまった』という話を聞きました。彼は自分が望んでいない形に周囲が変わってしまったことを、そこで初めて経験した。そのうえで、"結果を出さないといけない"と追い込みすぎてしまったことが、あの結果になったのかな、と」

――堀島選手はその苦い経験を糧にして、北京五輪に向けては何か新たな取り組みをしてきたのでしょうか。

「本人の話によると、今季はびっくりするような取り組みをしていました! コロナ禍にあって、これまでと同じようなトレーニングができないなかで、体操や飛び込み、パルクール、フィギュアスケートなど、いろいろなスポーツに挑戦していたようなんです。

 それで(堀島選手に)『なぜ?』と聞いてみると、『モーグルの体の使い方に生かせる他のスポーツを見つけたかったんです』と言っていました。私も含めてこれまでの選手たちは、ケガをしたらいけないと思って競技に直結するもの以外はやらないというイメージがあったので、そこは驚きでしたね」

――他の競技をやることでどんなメリットが得られたのか、堀島選手から話を聞いていますか。

「たとえば、フィギュアスケートでは(氷上で)細いエッジで自らの体をコントロールするので、モーグルでの間違った体重移動がなくなったようですね。彼は運動能力が高いので、何でもできるのですが、そうやって一つひとつ積み重ねることで、(モーグルにおける)自分らしさと強さを身につけてきて、精神的にも安定してきたのだと思います

 その一方で、堀島選手はいろんな競技を体感し、学んでいくなかで『モーグルが一番得意で楽しいと改めて気づきました』と言っていて、それはそうでしょ、と思うと同時に、微笑ましかったです(笑)」

――「4年前とは違うな」という雰囲気が、今の堀島選手から伝わってきたりしていますか。

「4年前は、いつも120%の力を出させないと勝てないと思っていて、常に全力でチャレンジしていたように思います。でも結局、そういったスタンスが(五輪では)うまくかみ合わず、結果を出せませんでした。現に堀島選手はこれまでの自分を『頑張りすぎた』と言っています。

 その経験があるので、今回の五輪は『頑張らないことを頑張ります』と言っていたのが印象的でした。それは、80%出せば勝てる、ということではありません。堀島選手は真面目な性格なので、"勝たないといけない"と頑張りすぎると、また空回りしてしまう。そうならないように、常に落ち着いて、どんな状況でもいいパフォーマンスを出す、ということ。

 堀島選手はそれができるように4年間かけて、自分を整えてきたのだと思います」

――堀島選手の最大のライバルとなるのは、今季W杯でも6勝している王者ミカエル・キングスベリー(カナダ)。男子モーグルはふたりの一騎撃ちになると言われています。

「今のところ、堀島選手とミカエル選手に太刀打ちできる選手は見当たりません。そのくらい、ふたりの力がずば抜けています。金メダル争いもふたりのどちらか、という戦いになるでしょう。小さなミスが命取りというような非常に熾烈で厳しい戦いになると思います」

――強豪国はメダル獲得に向けて、戦略的な戦いを仕掛けてくると聞いています。

「ミカエル選手がいるカナダチームは、何年も前から戦略を立てて戦うのがうまいですね。平昌五輪の時は、ミカエル選手を優勝させるためにファイナルでは少し点数を抑えて、あえて堀島選手を上に立たせ、スーパーファイナルで先に高得点を出して精神的な揺さぶりをかけたりしてきました。

 今回もさまざまな戦略を立ててくるような気がしますが、日本チームもいろんな経験をしているので、ヤンネ(・ラハテラ)コーチらがそれにうまく対応してくれると思いますし、堀島選手本人も同じような状況を何度も経験して乗り越えてきています。平昌五輪と同じ状況にはならないでしょう。女子と同様、複数の日本人選手が表彰台に上がる可能性も十分にありますよ」

――予選はトップ10に入れば1本で通過できますが、決勝ではスーパーファイナルまで3本滑らないといけません。すべて気が抜けませんね。

「モーグルは一本一本点数が仕切り直しとなる競技なので、予選も含めすべてのランに気が抜けません。実はモーグルでは練習の段階から"戦い"が始まっているんです。ジャッジの人は練習の時から選手の滑りを見て、コースの特徴やミスするポイントをチェックしています。

 ですから、練習から安定した滑りを見せなければならないので、長い時間試合のスイッチを入れておかなければなりません。ただ、いつもどおりのパフォーマンスを見せ続けることができれば、その試合で急に点数が大きく下がることもありません」

――派手なエアを見せて、速く滑れば勝てる、という競技ではなくなってきているという話も聞いています。

「2006年トリノ五輪の頃まではその日一番の、ド派手なパフォーマンスを見せた選手がメダルを獲っていく、といった印象の残っている競技ですが、今はターン、エアといった採点の部分ではジャッジが細かくチェックして減点していくので、いかに安定したパフォーマンスを発揮できるかがメダルへの道になっています。

 フィギュアスケートの選手がよく『取りこぼしをしないように』といったことを演技の前に話していますが、モーグルもそれに近い採点競技になってきていて、ノーミスじゃないとなかなか勝てない、厳しい状況にあります。

 そのなかで、堀島選手は『スキーっていうのは、これだ!』というロマンを持って、大胆で美しい滑りを見せてくれます。だから、私は堀島選手イチ押しです」

――堀島選手の滑りに対しての、深い情熱が感じられます。

「はい、私も"カービングターン愛"がすごいですね(笑)」

――堀島選手がメダルを獲ったら、ホロッときそうですね。

「うーん、泣くかなぁ?(笑)。どちらかというと、何が起こるかわからない五輪の舞台において、堀島選手をはじめ、日本代表の選手みんなが落ちついて安定感のある滑りを見せてくれたら、泣くよりも『お~、すごいな、みんな!』という感じになると思うんです。でも、わからないですね(笑)。もし泣いたら、SNSで『泣きました』って書きますね(笑)」

(女子編:金メダル候補、川村あんりのすごさ>>)



上村愛子(うえむら・あいこ)
1979年12月9日生まれ。兵庫県出身、長野県育ち。アルペンスキーからモーグルに転向。18歳で1998年長野五輪(7位入賞)に出場して一躍脚光を浴びる。以降、五輪には5大会連続で出場。W杯通算10勝(モーグル9勝、デュアルモーグル1勝)。2008年には日本モーグル史上初の種目別年間優勝を飾った。2014年に現役を引退。現在はスキーフリースタイル普及のため、次世代の選手育成にも力を注いでいる。