見返りを求めず、無心で誰かに尽くした経験はあるだろうか。

どんなに辛くても、絶対に繋がなければならない襷がある。学生長距離界最大の駅伝競走・箱根駅伝。天下の険を駆け抜けてきた橙色の風、それが法政大学陸上競技部長距離ブロックチームだ。今回は箱根のオレンジ旋風を“支える人”に迫った。

「僕たちスタッフが選手にそぐわない目標を立てて、結果に喜んではいけない。もっと上を見据えて彼らにぶつかっていこうと思っている」

※ストレッチ中の選手にアドバイスする鴇田アスレティックトレーナー(写真左)。昨年大学院を修了し、睡眠や心拍数など科学的な面からチームをサポートしている

2014年10月18日。それは鴇田アスレティックトレーナーにとって、絶対に忘れられない1日だ。第90回箱根駅伝大会で総合11位に終わった法政大学は、予選会から箱根駅伝出場を目指したが、結果は12位。「当時はけがもしていて、チームに対して何も貢献できていなかったことが悔しかった」。自分にできることを探して、選手からトレーナーに転向したのは大学2年生の時。今の学生たちの多くはシード圏外や予選落ちの屈辱を知らない。身を以て経験したからこそ、彼らへ真摯に伝えられる言葉があると感じている。「あの時の悔しさがなかったらトレーナーになっていないし、大学院にも行かなかったと思う。まさに人生の転機だった」。

「特に坪井駅伝主将には強い思い入れがある。坪井の好走が自分のことのように嬉しい」

※坪井駅伝主将(写真左)と笑顔で話す竹腰マネージャー。ずっと一緒に走り続けた友でありライバルだ

竹腰マネージャーと坪井駅伝主将は、中学の頃から共に陸上競技に取り組み、箱根駅伝出場を目指して一緒に法政大学へ進学した。しかし、けがが長引いていた2年生の時、彼に転機が訪れる。それはマネージャーへの転身。8年間選手を続けてきたが、マネージャーを務めるのは初めてのことだった。苦しいこともあった中で、いつも隣を走る“好敵手”の姿に刺激を受けていた。「坪井も下級生の頃は結果が出せずに悩んでいたけれど、3年生で初めて出た箱根駅伝での活躍が、自分のことのように嬉しかった」。同じチームでいられるのもあと少し。最後の日まで、竹腰マネージャーもまた走ることをやめない。

「陸上をやっていなかった自分にとっては毎日が勉強。監督の考えを選手に還元することを意識している」

※選手たちの練習中に事務作業する森田駅伝主将。箱根駅伝では中継車に乗り、一番近くで選手たちの勇姿を見守る

森田駅伝主務は、陸上競技部の中でも特に駅伝チームをサポートし、広報活動や取材対応などをこなしている。高校まで野球部に所属していたため、陸上競技は未経験という異色の経歴を持つ。「高校時代に大きなけがをして、選手をやめてチームのサポートに回ろうと決断した。周りから感謝されて、裏方として業務を全うすることに大きなやりがいを感じ、大学でも新しい環境で挑戦してみたかった」。マネージャーとして寮に入った当初は、場違いだったのではないかと悩んでしまった時期もあった。それでも今は、陸上競技というものが少しずつ見えるようになってきている。「常に学ぶ姿勢を忘れずに、監督や選手と話すようにする。やっぱり選手に感謝してもらえることが一番嬉しい」。

「上を目指している選手に対する憧れの気持ちがあった。彼らを支えることで、大好きな陸上競技の力になりたいと思っている」

※選手のトレーニングを補助する神野学生トレーナー。「やるなら本気でやりたい」という熱い思いを持って、体育会で選手を支える道を選んだ

神野学生トレーナーは、法政大学陸上競技部のトレーナーになることを目指して受験に臨んだ。「高校時代まで陸上をやっていたけれど、競技を続けることに限界を感じた。法政大学ならスポーツトレーナーも目指せるし、一流の選手の力になりたかった」。選手たちが大きな大会で結果を残すことが、何よりの喜びだ。「どの大会も重要だけれど、特に印象に残っているのは箱根駅伝。選手と同じような気持ちで本番を迎えてしまう」。すべての選手が本番で活躍できますように。毎回そう祈りながら、彼らを送り出している。

一秒でも速く、前へ。仲間のために襷を繋ぐランナーたちの姿は見る者の胸を打つ。仲間は共に走るチームメートだけではない。彼らが大会を万全の状態で迎えられるよう、見えないところで何ヶ月も前から長期的にサポートし、当日は一番近くで見守る裏方スタッフたちがいる。そして、その数だけ「テレビには映らないドラマ」がある。選手たちと同じようにオレンジ色の炎を燃やし、彼らもまたそれぞれの道を駆け抜けていく。

法政大学体育会陸上競技部(ほうせいだいがく・たいいくかいりくじょうきょうぎぶ)   
1919(大正8)年に創部。長きにわたってトップレベルの選手たちを輩出してきた。中でも長距離ブロックチームは箱根駅伝で出場回数79回、連続出場27回、2006年には初の復路優勝という成績を誇る。今年の目標として「総合4位」を掲げ、再び箱根にオレンジ旋風を巻き起こそうとしている。