スマートフォンがまだ世に存在しない25年前、バックパックをかついで旅をした。インターネットは普及し始めていたが、メールを送るためにインターネットカフェなるものに立ち寄り、訪れた国々から家族に無事を伝えた。地図を片手に、心もとない情報を頼り…

スマートフォンがまだ世に存在しない25年前、バックパックをかついで旅をした。インターネットは普及し始めていたが、メールを送るためにインターネットカフェなるものに立ち寄り、訪れた国々から家族に無事を伝えた。地図を片手に、心もとない情報を頼りにして次の行き先を決めていた時代。いま思えば不便だったが、当時はそれが当たり前だった。とにかく不安で、そして楽しかった。

ゴルフの祭典「マスターズ」は、入場するすべての人に対していろいろな制限を設けている。その中でも広く知られているのがスマホの持ち込み禁止だ。おかげでプレーの撮影をするのに様々な不便が生じる。

とくに最終日の午後は、上位が混戦の場合はなおさらのこと、この広いフィールドの各所で起こっている重要な局面を追い続けなければならない。コース内にいくつか置かれている手動のスコアボードの情報を頼りに行き先を決めることになり、確信の持てない判断に、至るところで起こる爆発的な歓声が興奮と不安をさらに助長する。判断を誤ると、オーガスタナショナルGCの容赦ないアップダウンが体力をさらに削ってくる。もはや自分の勘だけが頼りだ。

観衆たちもアナログなスコアボードが示す情報に一喜一憂し、何より自分の目で生のマスターズを見ることに集中している。大会が掲げるスマホ禁止の真意はわからない。ただ、せっかくコースで観戦しているのに下を向いてスマホの画面をのぞくよりは、青空に白く映えるスコアボードを見上げる方が幸せな気がする。

25年ぶりにキャリアグランドスラムが達成された今年のマスターズ。スマホに支配された今の時代にあって、25年前に旅先で感じていた少しの不安と目いっぱいの興奮を今でも思い出させてくれる唯一のトーナメントだ。(フォトグラファー・今井暖)