「高校生は化ければ大きいけど、成長が読みにくい。でも、社会人は高いレベルでもまれているから、計算が立ちやすいんですよ」 昨年にある球団の編成要職と話していて、そんな言葉を耳にした。 アマチュア野球は高校野球の人気がずば抜けていることもあり、…

「高校生は化ければ大きいけど、成長が読みにくい。でも、社会人は高いレベルでもまれているから、計算が立ちやすいんですよ」

 昨年にある球団の編成要職と話していて、そんな言葉を耳にした。

 アマチュア野球は高校野球の人気がずば抜けていることもあり、ドラフト候補として注目されるのも必然的に高校生に偏りがちだ。だが、アマ最高峰の舞台でしのぎを削る社会人野球は、注目度に反比例してレベルが高い。毎年、このカテゴリーから質の高い人材が「即戦力」としてプロの世界に進んでいく。


ドラフト候補のセガサミー・尾崎完太

 photo by Kikuchi Takahiro

【10球団から調査書も指名漏れ】

 2025年のドラフト会議を占う意味で、要注目の社会人サウスポーがいる。尾﨑完太。滋賀学園高、法政大を経てセガサミーに入社して2年目。今年でドラフト解禁になる左投手だ。

 法政大4年時には、ドラフト上位候補に挙がったこともある。右ヒザを内側に絞り、つま先をしならせて踏み込む独特のステップ。身長175センチと上背はないものの、縦にスムーズに振り下ろす腕の振り。空振りを奪える最速150キロのストレートと、縦に大きく割れるカーブはプロの世界に入ったとしても目を惹くだけの力があった。

 4年春の東京六大学リーグでの成績は、4勝0敗、防御率1.28(リーグ3位)。まさに順風満帆だった。

 しかし、ここで落とし穴が待っていた。秋のリーグ戦を前に、尾﨑は異変を感じたという。

「自分から見ると、ストレートがまったく走っていない感覚なんです。周りは『走ってるよ』と言うんですけど、自分のなかで疑心暗鬼になってしまって......」

 フォームを試行錯誤し、かえって泥沼にはまる悪循環。秋のリーグ戦に登板した尾﨑を見て、「故障でもしているの?」と疑ったスカウトもいたという。結局、大学ラストシーズンは1勝1敗、防御率5.87に終わった。ドラフト直前には10球団から調査書が届いたものの、あえなく指名漏れに終わっている。

【評価割れた今季公式初登板】

 セガサミーに入社して2年目の公式戦登板は、3月9日、JABA東京スポニチ大会のJFE東日本戦(神宮球場)だった。

 しかし、その投球はいかんとも評しがたい内容だった。立ち上がりに先頭打者に安打を許すも、捕手の吉田高彰が好送球で盗塁を阻止。勢いに乗りたいところだったが、2番打者に四球を与えてしまう。すると、尾﨑は目線を巧みに使う得意の一塁牽制で走者を刺す。ようやく難を逃れたかと思いきや、3番打者に再び四球を与える......。結果的に立ち上がりは0点に防いだのだが、2回までに3四死球、42球を要した。

 3回は二死までこぎ着けながら、連打で2点を失う。このままズルズルとつかまるのかと思いきや、4回は一転して7球で三者凡退。つかみどころのない、4回2失点の結果でマウンドを降りた(チームは1対8で敗戦)。

 試合後、セガサミーの西田真二監督(元広島)は尾﨑について、こう語っている。

「結果は2失点に抑えてるんやけど、評価しづらいね。(入社2年目の)尾﨑と岩本(大地)には、今年やってもらわないと困るんで。勝てるピッチャーになるために、勝ちグセをつけてもらいたい。ピンチを招いても、ゼロに抑える投球ができるかやね」

 指揮官の言葉に、尾崎に対するもどかしさが伝わってきた。ところが、尾崎本人の表情は決して暗くなかった。

「今年初の大会で、感覚よく投げられた印象です。結果は悪く見えるかもしれませんが、収穫の多い試合でした。真っすぐの強さを大会で試せましたし、変化球についてこようとするバッターの反応も見えました。全部の変化球でストライクが取れたのはよかったです」

 試合中、カーブ以外に落ちる変化球で打者を打ち取るシーンがあったことについて尋ねると、尾﨑は「チェンジアップです」と答えた。今季からチェンジアップとツーシームを新たに持ち球に加えたという。

「去年はカーブが入らなかった時に、頼る球が真っすぐしかなかったので。今年は今まで投げていない球種も試せているので、いい感じかなと」

【あとはメンタルだけ】

 そのチェンジアップは、侍ジャパンU−23代表選考合宿に招集された際に西濃運輸の吉田聖弥(現・中日)から教わったものが原型になっている。年齢的には吉田のほうが年下だが、尾﨑は自分から進んで教わりにいったという。

「向こうのほうが一枚も二枚も上手なので。キャッチボールをひと目見て、これはすごいと思って話を聞きにいきました。チェンジアップの投げ方、スライダーの精度、体重移動の仕方、試合前のアップのやり方、なんでも聞きました」

 法政大という名門でプレーしてきたプライドもあったのではないか。そう尋ねると、尾﨑は「プライドなんて全然ないです」と笑い飛ばした。尾﨑は自分が前進するために、貪欲に技術を身につけようとしている。

 セガサミーの吉井憲治ヘッドコーチは、尾﨑について「プロに行けるだけのものは持っているので、あとはメンタルだけです」と断言する。

「今年はスローペースの調整ですけど、順調にきています。変化球はチェンジアップを投げられるようになったし、精度は去年より上がっています。今は毎日投げ込んでいるんですよ。あとは都市対抗に合わせて、状態を上げていけたら楽しみですね」

 まだシーズンは始まったばかり。これから尾﨑がフルスロットルの投球を見せられれば、自ずとスカウトからの評価は上がるだろう。

 最後に尾﨑に聞いてみた。今の自分は、法政大4年春のいい状態に戻ってきた感覚なのか。それとも、新たな自分をつくり上げてきた感覚なのか。尾崎は少し考えてから、こう答えた。

「うーん、戻ってきていると感じる反面、新しい自分をつくってきている感じもあります。4年春は勝手に結果が出てしまった、というところもありました。あのままプロに行けたとしても、苦しんでいたかもしれないですし。今は1球1球、考えて組み立てられるようになりました。自分自身、成長していると感じます」

 再びドラフト戦線へ。稀代のサウスポーは、その時に備えて着々と力を蓄えている。