『僕の野球人生』第6回

水島 拓郎 内野手 (4年・洛星高校)

 

4年生特集、≪僕の野球人生≫では、ラストシーズンを迎えた4年生全員に1人ずつ、今までの野球人生を振り返ってもらいます。

第6回となる今回は水島内野手です!

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物心ついた時から野球が好きでした。

4人兄弟の末っ子に生まれて、何をするにも兄と姉の影響を受けていた僕ですが、野球だけは自分で選んだものでした。

小学2年生の時に、少年野球チームに入りました。ゴロを捕って投げることが好きで、この時から内野手をやっていました。

中学でも野球部に入り、セカンドをやるようになりました。バッテイング練習よりもノックを受けることが好きでした。チームもそこそこ強かったので、楽しんでやっていたと思います。

中学までで野球をやめる同期が多い中、高校でも続けました。ショートをやるようになり、高校1年生の夏から試合に出ることができました。しかし結果は初戦負け。来年こそは勝つんだと強く思いました。

しかし新チームが始まると、夏の大会前から痛めていた肩が悲鳴をあげました。その時監督に「高1から出て慢心しているから怪我をしたんだ」と言われました。無理をして夏の大会に出たからだと思っていた僕は納得できず、反発しました。

その後の1年間、僕はあまり成長できませんでした。結局高校2年生の夏も、試合には出たものの、何も出来ず、チームも初戦敗退でした。自分たちの代が始まり、勝ちたくて、高校1年生の夏がピークだったと言われるのが悔しくて、必死に練習しました。

自分自身も少しは上達し、チームとしても手応えを感じて臨んだ最後の夏。結果は初戦敗退。敗因は僕のエラーでした。

結局、3回の夏で1勝も出来ず、最後は自分のせいで負けて、高校野球に対して残った感情は後悔と同期への申し訳なさだけでした。中でも高校1年生の夏に監督の言葉を素直に受け入れなかったことが一番の後悔でした。監督に言われたように、試合には出られるという気持ちがあったのだと気が付きました。

 

夏休みの間、家族に心配されるほどの放心状態の中、浮かび上がってきたのは、「このまま終わりたくない」という気持ちでした。コーチに勧められていたこと、同期の柴田(投手/4年)が目指していたこともあり、もともと頭にはあった東大野球部を本気で目指すことにしました。

そうして東大野球部に入り、試合に出たくて、神宮で勝ちたくて、必死に練習してきましたが、そこには高校時代から変わっていない自分もいました。同じポジションの山田(内野手/4年)が1年春から試合に出ているのを見て、他のポジションをやればいい、飯田さん(H28卒)を見て、この人の後に試合に出られればいいとどこかで思っていたような気がします。でも大学では終わる前に気付くことができました。桐生さん(H29卒)にレギュラーを取られてその自分に気が付けたとき、そこからが一番成長しました。激しい競争の結果、勝ち取った秋の開幕スタメンは、僕の中で特別なものです。

大学でもたくさんの悔しさを味わいました。

2年前の連敗ストップの試合で柴田が勝ち投手になったことは、嬉しい反面、悔しさもありました。

その試合を含めた2年間の6勝を全てベンチから見ていたこと、3年春開幕直前の怪我、そのシーズンでレギュラーを取られたこと、そして今春のリーグ戦。

連敗を止めた試合など、嬉しいこともありましたが、引退を控えた今、やはり一番にあるのは、「このまま終わりたくない」という気持ちです。残り3カード、このチームで勝ち点をとって野球人生を終えたいです。

最後に、これまでの野球人生でお世話になった指導者の方々やチームメート、ずっと応援してくれた両親、ありがとうございました。

高校野球部の同期の4人には本当に感謝しています。特に柴田、10年間ありがとう。大学こそは笑って終われるように最後頑張ろう。

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次回は宮崎内野手を予定しております。

お楽しみに!