日本代表チームが世界最強の中国を相手に大健闘した「世界卓球2024団体戦」。その活躍ぶりをドイツで見守り称賛した元日本代表選手がいる。今季、ブンデスリーガ男子1部のケーニヒスホーフェンで戦う上田仁だ。自身のSNSで「国を代表して戦うという事…

日本代表チームが世界最強の中国を相手に大健闘した「世界卓球2024団体戦」。その活躍ぶりをドイツで見守り称賛した元日本代表選手がいる。

今季、ブンデスリーガ男子1部のケーニヒスホーフェンで戦う上田仁だ。

自身のSNSで「国を代表して戦うという事は計り知れないプレッシャーとの戦いでもあると思います。(中略)パリに向けてもっと良くなると確信に変わる試合でした」と後輩たちを労った。

その上田も2月4日に行われた名門オクセンハウゼンとの試合で世界ランク7位のカルデラノ(ブラジル)に勝利する大金星を挙げた。

カルデラノとはこれが初対戦。現在、ITTF主催の国際大会やWTTツアーに参戦していない上田の最高世界ランクは2018年6月に記録した23位。最終世界ランクは2022年4月の273位だ。

ケーニヒスホーフェンはシングルス4本、ダブルス1本で決まる団体戦の2番と4番に上田をエースで起用した。

上田はまず2番で世界ランク27位のゴジ(フランス)にストレート負け。しかし、4番カルデラノとのエース対決で第1ゲームを17-15の大接戦で競り勝つと、第2ゲームはバックサーブを徹底し、カルデラノの得意なチキータを封じてプレッシャーをかけた。

あいにくこのゲームは落としたものの、手応えを覚えた上田は第3ゲームと第4ゲームを連取。ゲームカウント3-1で勝利するとともに、チームも3-2でオクセンハウゼンを下した。

これでケーニヒスホーフェンは男子1部11チーム中、チームランク3位をキープし、創設6シーズン目にして初のプレーオフ進出に望みをつなげている。

「カルデラノはとんでもなく威力のあるボールを打ってくるが、ボールを台に入れる能力はゴジの方が高い。カルデラノはゴジに比べるとミスが多くて、その隙を突くことができたので相手が崩れてくれた感じです」と勝因を分析する上田。

日本でプレーしていた頃にはそれほど見られなかった第2ゲームのバックサーブは、板垣孝司監督のアドバイスがあって試したという。

「自分はバックサーブを主に戦う選手ではないので慣れられたら次、どうすればいいか分からなくなる不安があったんですけど、思い切ってバックサーブを出して1ゲーム目のゲームポイントを取れたし、第3ゲームのいい流れにも繋がりました」

ヨーロッパへ行ってから上田の卓球は変わった。サーブを改良して以前よりも3球目、5球目が攻撃的になり、相手の意表を突くプレーも増えた。本人もそれを自覚している。

「日本にいた時のチーム戦は『大事な1球、大事な1本をチームのためにしっかり』という意識が強くてプレーがまとまり過ぎていた。それって相手にとっては読みやすい。でもヨーロッパに来てからは、もっと自由な発想でやれるようになりました。例えば、カットしたりカットブロックしたり、そういった技術が試合中に咄嗟に出るようになって、もともとの堅実な卓球と柔軟なプレーがマッチしてきたように思います」

以前はなかったパターンで得点するたびに「あれ? 意外とオレって、こんなことできるんだ」という発見があると上田。

なぜ上田の卓球は変わってきたのだろう?

「自分の中でプレースタイルを変えたというよりかは、環境が変わって自分の感覚の幅が広がったのか、もともとあったけど出せていなかったのか。ただ、ドイツの不便な環境がかえってプレーにいい影響になっているなとは思います」

最たるは練習環境だ。

中学・高校と強豪校の青森山田学園にいた上田はいわゆる卓球エリート。全国から集まったハイレベルな仲間たちと「スリースター」と呼ばれる試合球で練習を積み、大学、社会人も整った環境に身を置いてきた。

プロになってからはTリーグ以外にも「大学や実業団チームなどに出向き競技レベルの高い選手たちと練習できた。恵まれていた」と振り返る。

そこから一転、ケーニヒスホーフェンはヨーロッパ最高峰といわれるドイツ・ブンデスリーガ男子1部の中でも小規模なチーム。練習相手はジュニアの選手が中心で、ボールも練習球の「ツースター」を使っている。

時には1週間などまとまった期間、男子1部の他チームで練習することもあるが電車で片道4時間ほどかけて移動しなければならない。

何もかもが初めての環境。だが上田はこれを逆手に取ってパフォーマンスを上げている。

「逆転の発想です。練習球は試合球よりも品質にバラつきがあるので、ボールが変化したり上手く入らなかったりして練習中にストレスが溜まる瞬間がいっぱいあります。でも、そこで気持ちを切らさず自分をコントロールするようにしていると試合になった時、ヨーロッパ選手に多いクセ球も『ツースターのボールよりは絶対にいい』というマインドで向かっていけます。練習相手にしても、ジュニアの子たちが試合や学校などでいない時は妻に相手になってもらうこともあるくらいです」

妻・充恵(みさと)さんは早稲田大学卓球部の元選手。ドイツへ移住してから子育ての合間を縫って、ブンデスリーガの下部リーグで卓球を再開した。

チームごとに契約メーカーが異なる試合球や台にも臨機応変に対応できるようになってきた。

「例えば、ケーニヒスホーフェンはアンドロでオクセンハウゼンはドニック。アンドロに比べてドニックのボールは硬くて跳ねるとか台は止まるなどの特徴があって、それをチームメートが教えてくれます。カルデラノに勝った試合もシュテガーから、『サーブを切ると跳ねてチキータ一発で持っていかれちゃうよ』とアドバイスをもらい、低くサーブを出すことを意識して先手を取れたというのもあります」

こうした要素はドイツに行かなければ分からなかったこと。

ヨーロッパの選手たちの個性的なプレースタイルは、さまざまな環境で磨かれた技術と対応力の賜物であることを痛感するとともに、「水谷(隼)さんがよく『若いうちに海外リーグに挑戦した方がいい』って言いますけど、プレーの幅が広がっていろんなタイプの選手に勝つとか、いろんな状況下で勝つことに繋がるんだろうなと、まじまじと学んでいます」と話す。

日本では東京の都心で暮らしていた上田にとって、田舎暮らしも不便が多い。だが、快適に暮らす工夫を家族と一緒に面白がっている。

「妻ともよく話すんですけど、人間、便利な暮らしをしていると欲が出て無いと困ることが出てくる。でも最初から無ければ考えて工夫します。そこで得られる充実感や小さな喜びに気づいて「幸せだね」ということが増えました。それら全てが卓球にも繋がっている気がしています」

そういえば上田は音楽好きで試合前にもよく聴いているが、ドイツで暮らすようになってから好みの音楽も変わったのだろうか?

「スマートフォンに500曲ぐらい入っていてシャッフル再生で聴いています。洋楽も日本の曲も何でも聴きますよ。演歌も聴くし。ぴんからトリオの『女の道』とか(笑)」

上田仁、32歳。今日も行く行く"男の道"を。


(文=高樹ミナ)