学校法人早稲田大学と株式会社アシックスは、スポーツ振興を通じた人材育成や双方のブランドの価値向上を目指し、2016年に5年間の期限で締結した連携協定の契約をさらに4年間延長すると発表した。体育各部における目覚ましい活躍や、一般学生を巻き込…
学校法人早稲田大学と株式会社アシックスは、スポーツ振興を通じた人材育成や双方のブランドの価値向上を目指し、2016年に5年間の期限で締結した連携協定の契約をさらに4年間延長すると発表した。体育各部における目覚ましい活躍や、一般学生を巻き込んだスポーツイベントへの取り組みに手応えがあった一方、コロナ禍で部活動の自粛が迫られるなど、既存の運営体制の見直しも求められるなど不透明な状況だ。
契約延長の調印式に臨んだ早稲田大学の田中愛治総長とアシックスの廣田康人代表取締役社長CCOが、これからの大学スポーツのあり方や未来について語り合った。
|なぜ今、学生にスポーツが必要なのか
―まず大学にとってのスポーツの価値や役割について、お二人が考えていることをお聞かせください。
田中 大学の創設者である大隈重信はスポーツをとても大切にしていて、1897年に体育部(現在の早稲田大学競技センターの前身)を作りました。身体を動かすことは、論理ではないものを補う非常に大事な要素です。大学でスポーツを強調することは、学生の「たくましい知性」と「しなやかな感性」を育むことにも効果があると考えています。私は早稲田では、全学で「たくましい知性」と「しなやかな感性」を持つ人材を育てたいと思っていますので、スポーツも有効な教育方法だと捉えています。
現在、人類が直面している問題は、ほとんど全てに答えがありません。コロナがその典型ですが、地球温暖化や民族紛争もそうですし、貧困の経済格差が日本でも世界中でも起きています。そういった答えのない問題に、自分なりの解決策を考え出す力を私は「たくましい知性」と呼んでいます。
競技スポーツで試合に勝つ方法は、教科書や理論書には答えは書かれていません。自分や相手のコンディションは毎回変わりますし、気象条件や試合会場も変わります。それに対応するためには自分なりの仮説を出さないといけない。変化の中で自分の頭で考えて仮説を立て、それを自分の肉体で検証することが「たくましい知性」を鍛える一つの方法だと思います。
かつて日本がアメリカの発展に追いつこうとしていた頃は、答えのある問題を逆算して早く解答できる人間を育ててきた。目標を失い答えのない世界に入った今、自分の頭で考える人材が必要なんです。だから大学も今まで教育法から切り替えなければいけません。その意味では、「たくましい知性」を磨くための一つの方法論としてにスポーツは非常に大事だと思います。
もう一つ、「しなやかな感性」というのは、思いやる心、周りの人がどう感じるかを理解する力です。国籍や文化、立場や出身地が違う人のこともわかるようになる。これはスポーツこそはっきりしていて、色んな土地の出身の選手が集まりますし、レギュラーとそうではない選手の違いもあります。昨秋の六大学野球で早稲田が優勝した時に早川隆久主将(現・東北楽天ゴールデンイーグルス)が「レギュラーになれなかった4年生に支えられた」と話していました。あれが「しなやかな感性」なんですね。ベンチ外になった選手も応援や練習を支えてなんとか貢献しようとする。また、勝者が敗者の気持ちを慮る。そうした経験が「しなやかな感性」を養うのだと思います。
廣田 田中総長の話を聞いて感銘を受けました。ちょうど今年の新入社員に、学校と社会の違いというのは「問題があるかないか」だということを話してきたところです。学校では問題が与えられてそれに回答すればよかったのですが、社会に出たら自分で問題を設定しなければならない。その設定した問題に対して答えを出すというのが社会での活動なんだよと。優れた問題を設定できるかということがポイントで、鋭い感性や高いアンテナを持って情報をどれだけ得られるか、今の世の中に対しての回答をどうやったら出せるか考えることが重要だと伝えてきました。
若者には大学にいる間から、問題の設定について考えてもらいたいと思っています。その点は特に早稲田に非常に期待しているところです。早稲田は大学スポーツのリーダーだと思いますが、さらに新しい形でのリーダーになっていくのをアシックスとしては全面的に協力していきたいですね。
―運動部ではない一般学生には、どのようにスポーツと向き合ってもらいたいと考えているのでしょうか。
廣田 一般学生には、運動習慣の定着のお手伝いをしていきたいと考えています。データによると、18歳までは週に1回運動をする人の割合が70%を超えているんですが、19歳になった頃にストンと落ちる。そこから下降を続けて30代、40代になると30%くらいになってしまう。これは大学での生活が運動から離れてしまうきっかけになっているからなんです。アシックスでは一般学生の方にもスポーツを楽しんでもらおうと、ランニングイベントなどを開催してきました。運動部への支援はもちろんですが、学生が運動に親しむ場の提供も進めていきたいと考えています。
田中 早稲田の場合、サークルでスポーツをやっている学生も多くいます。ただ、どうしても分化してしまっていると思います。文化系のサークルで音楽をやったり演劇をしたりする人もいて、できれば両方やってもらいたいんですが、これは大学の課題だと思っています。ただ大学は自由な選択ができる場なので、運動することが君たちのためになるよということをうまく伝えていく必要がありますよね。なので、アシックスにやっていただいているスポーツイベントはとてもありがたいと思っています。
―アシックスが2019年に実施した意識調査のアンケートでは、連携プロジェクトに親和性を感じる学生ほど、愛校心やアシックス製品への愛着が高くなるというデータも出ました。
田中 世界のトップブランドの企業は選手個人をサポートしますよね。アシックスの連携がありがたいのは、早稲田スポーツ全体を盛り上げようとしていただけているところです。体育各部へのサポートもそうですが、早稲田の学生全員がスポーツに親しむことへの意義を一緒になって伝えてくださっている。大学だけではできないことを、アシックスと一緒にやっていくことで、ポジティブで創造的な関係が築けていると思います。双方にメリットがある特別な関係になっています。
廣田 愛校心が高くなるほど、一緒にお手伝いをさせていただいているアシックスへの信頼度やブランドへの愛着も高くなるのは我々にとってもプラスになっています。大学スポーツが新しい形に変わっていく中で、リーダーとしての早稲田を応援していきたいというのが連携の理由です。
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