サッカー名将列伝第17回 ユルゲン・クロップ革新的な戦術や魅力的なサッカー、無類の勝負強さで、見る者を熱くさせてきた、サッカー界の名将の仕事を紹介する。今回はリバプールを率いて、チャンピオンズリーグ(CL)優勝、プレミリーグ優勝の成功を収め…

サッカー名将列伝
第17回 ユルゲン・クロップ

革新的な戦術や魅力的なサッカー、無類の勝負強さで、見る者を熱くさせてきた、サッカー界の名将の仕事を紹介する。今回はリバプールを率いて、チャンピオンズリーグ(CL)優勝、プレミリーグ優勝の成功を収めている、ユルゲン・クロップ監督を取り上げる。情熱を燃焼させるような戦い方と、本人の快活なキャラクターが、多くのファンにサッカーの喜びを与えている。

 サッキは「スペクタクル」をテーマに掲げていた。たしかにサッキのミランには従来にない圧倒的なプレー強度があり、革命的なサッカーだった。ただ、サッキのミランが喚起した魅力は守備戦術が先導している。

 筆者がサッカー雑誌の編集部員だった時、サッキの連載記事を担当していたのだが、そこでイタリアの記者を通じて攻撃についていくつかの質問をしたことがある。それまでの連載記事で、サッキは守備戦術についてとても雄弁な印象があった。ところが、攻撃についての回答は拍子抜けするほど平凡だったのを覚えている。

 たとえば、もし同じ質問をクライフに投げていたら、百倍の答えが返ってきたかもしれない。実際、記事や映像のなかで攻撃について語るクライフは実に雄弁だった。

 グアルディオラがバルセロナで大成功を収めて以来、サッカー界はボールポゼッションこそ正義という評価に傾いていたように感じる。かつて両巨頭だったクライフとサッキの評価も、かなり差がついてしまったかもしれない。

 世の中がポゼッション一色になっていたころ、アリゴ・サッキを掘り起こしたラングニックもコーチ業界のカルト的な教祖と見られた感じで、こちらはどうも旗色が悪い。正義に対して悪ではないものの、敵役的な立場としたら言いすぎだろうか。

 ところが、クロップには敵役感がまるでない。プレースタイル自体はサッキ、ラングニック、あるいはクライフのバルサをCL決勝で粉砕したファビオ・カペッロの流れを汲んでいるはずなのに、まるで違うサッカーをやっているように見える。

 クロップのサッカーは勝利至上主義を超えていて、ハードワークが勝つための義務ではなく、それ自体が喜びであるようにプレーしている。それは、圧倒的に明るいクロップのキャラクターのおかげもある。ただ、ドルトムントとリバプールで、クロップはファンに喜びを与えた。あるいは分かち合った。優勝したことも理由だが、それだけでなく彼のサッカーが面白かったからだ。

 ジョゼ・モウリーニョはプレミアリーグの最初の記者会見で「スペシャル・ワン」と自ら称したが、クロップは「私はノーマルだね」と笑いを誘っていた。その飾り気のなさ、ファンの気持ちを代弁しテクニカルエリアで喜怒哀楽を爆発させる情熱、選手に対する人情味で、ファンを虜にした。

 リバプールでは、おそらくビル・シャンクリー(スコットランド)以来の人気者だ。シャンクリーは60~70年代に、のちのリバプール全盛期の礎をつくり、ファンの心情をがっちりつかんだ監督だった。同時に、サッキをはじめ後世に影響を与える印象的なチームをつくった。

 チャンピオンズカップ(現CL)で若きヨハン・クライフのいたアヤックスに完敗して、シャンクリーはパスワークの重要性を痛感したという。それも、その後のリバプールを形成する大きな要因になった。

 クロップのリバプールも、もはやシティと見分けがつかないほどのパスワークを身に着けつつある。先日バイエルンから移籍してきたチアゴ・アルカンタラはそのためのリーダーになるのだろう。だが、これまでファンに支持されてきた情熱溢れるプレースタイルも維持されるはずだ。

 情熱を燃料にした、わかりやすい燃焼系のサッカーは、このスポーツの起源にあったはずの喜びをかきたててくれる。

ユルゲン・クロップ
Jürgen Norbert Klopp/1967年6月16日生まれ。ドイツ・シュツットガルト出身。01年までマインツでプレーし、現役引退後同チームの監督に就任。マインツを初のブンデスリーガ(1部)に導く手腕を発揮した。08年からはドルトムントの監督を務め、低迷したチームをリーグ2連覇に導く。15年にはリバプールの監督となり、18-19シーズンはCL制覇、19-20シーズンはプレミアリーグ優勝を勝ち取った。