サッカースターの技術・戦術解剖第1回 ロベルト・フィルミーノ<リバプールのエンジン> ユルゲン・クロップ監督によると、ロ…
サッカースターの技術・戦術解剖
第1回 ロベルト・フィルミーノ
<リバプールのエンジン>
ユルゲン・クロップ監督によると、ロベルト・フィルミーノはチームの「エンジン」だそうだ。

リバプールの
「エンジン」と評されるFWフィルミーノ(写真右から2番目)
「ボールを失えば、すかさず奪い返しにいく。また失っても奪い返しにいく」(クロップ監督)
この攻守に動きを止めない姿勢は、リバプールのプレースタイルを体現している。
ライバルのマンチェスター・シティは、ボールを保持して相手を押し込み、失ったら直ちにハイプレスに移行する戦術で知られている。これはジョゼップ・グアルディオラ監督がバルセロナから持ち込んだスタイルだ。パスをつなぐから押し込める、押し込めるのでハイプレスが効く。ポゼッションとハイプレスの循環で勝利への式を立てていく。
一方、クロップのリバプールもハイプレスが看板だが、その過程が違う。まずは縦に早く。スペースがあるうちにロングパスを使って俊足のFWを走らせる。相手に引かれてしまうと崩しにくくなるというのも理由の1つではあるが、それよりもハイプレスのために早く仕掛けていると言っていい。
シティのように確実にショートパスで押し込んでいくのではなく、ロングパスをカットされても構わない。そこでハイプレスを仕掛けて奪い返し、2次攻撃をかけるのが目的だからだ。相手は奪ったボールを直後に奪い返されると、守備には綻びができている。攻撃のポジショニングと守備では動きが逆になるからだが、その守備側の弱点を誘発するのがリバプール戦法の核になっている。
クロップの戦法は、例えばシティが手間をかけて15本のパスを紡いでいくところを、1本のロングパスで代用している。手間を省いているわけだが、その分押し上げていくMF、DFの体力は必要だ。そして、失ったボールをすかさず執拗に追う、攻守の切れ目のないFWの姿勢が必須である。
フィルミーノはその点でリバプールのインテンシティの高い戦法の象徴であり、チームの「エンジン」といえる。
<偽9番の系譜>
2017-18シーズン以来、フィルミーノはクロップ監督のファーストチョイスの「9番」になっている。戦術的には「偽9番」だ。センターフォワード(CF)の位置から中盤に引いて、ゲームをつくりながら得点に絡んでいく。
偽9番の歴史は古く、1930年代に欧州最強で「ブンダー(驚きの)チーム」と呼ばれたオーストリア代表の、CFマティアス・シンデラーが偽9番だったようだ。40年代にはアルゼンチン史上最強と言われた「ラ・マキナ(機械)」のリーベル・プレートのアドルフォ・ペデルネーラが偽9番だった。彼の後輩であるアルフレード・ディ・ステファノがペデルネーラのポジションを奪い、のちにレアル・マドリードに渡って最も完成度の高い偽9番となる。ほぼ同時期にハンガリー代表で活躍したナンドール・ヒデクチも有名な偽9番だった。
70年代には「ディ・ステファノの再来」と呼ばれたヨハン・クライフが偽9番の伝統を継ぎ、彼は監督になってからバルセロナでミカエル・ラウドルップにこの役割を任せている。その後はローマのフランチェスコ・トッティ、バルセロナのリオネル・メッシが偽9番として活躍してきた。
歴代の偽9番に共通しているのは、本来の適性がインサイドフォワード(FW5人時代の外側から2人目のFW)だということ。
現在の呼称ならインサイドハーフ。つまりFWとMFの中間的なポジションといえる。メッシの偽9番は、現代風に言うと右のハーフスペース(サイドと中央の間の中間エリア)から発進させることを目的としたもので、昔の言い方ならライトインナー(右のインサイドフォワード/8番)がスタートポジションになっている。
つまり、「8番」でプレーさせるために「9番」として起用しているわけで、現在のメッシのポジションである右ウイング(7番)でもそれは変わらない。偽9番でも偽7番でも、メッシは右のインサイドフォワードが実体なのだ。
シンデラー、ペデルネーラ、ディ・ステファノ、ヒデクチ、ラウドルップ、トッティ...。全員オリジナルのポジションはCFではない。フィルミーノもユース時代はボランチでプレーしていて、フィゲイレンセでプロ契約してからも攻撃的MF、トップ下、2トップの一角、ボランチとさまざまなポジションでプレーしている。
どのポジションでも、そのボールコントロール、ビジョン、インスピレーションを発揮していた。その総合力がリバプールの偽9番として結実している。ただ、フィルミーノは偽というより本物の、より完璧な9番と呼ぶほうが相応しいかもしれない。
<本物の9番プラスアルファ>
9番に「偽」があるなら、本物の9番とはどんな選手を指すのだろうか。
最前線の中央にどんと構えていて、ゴール前で味方のパスをゴールに変換する長身頑健なタイプがイメージとしてはリアル9番だろうか。ロベルト・レバンドフスキ(バイエルン)、ロメル・ルカク(インテル)、サイズ感はないがセルヒオ・アグエロ(マンチェスター・シティ)などが典型的な9番として挙げられる。
では、偽9番のはずのフィルミーノはどうだろう。
フィルミーノは空中戦に強い。こぼれ球への反応も速く、クロスボールを得点に変える力も十分。ポストプレーも巧み、スペースへ抜け出す動きもできる。ゴールスコアラーとしての資質と機能性は、典型的な9番にまったく見劣りしていない。
それでも偽9番なのは、9番本来の役割以上のプレーをしているからだ。
フィルミーノはトリッキーなテクニックが得意で、スルーパスもうまい。ゴール前で相手を引きつけて、モハメド・サラーやサディオ・マネに得点を取らせる。ボールロストの際には先陣を切って守備をする。味方がビルドアップに困っている時は引いて助けてあげる......9番の役割を果たしたうえで、そのほかの仕事も請け負っているわけだ。
何でもうまい選手だが、体の前でボールを扱えることが目を引く。
相手を背負って縦パスを受ける時、多くのCFは半身の体勢で受ける。体をDFに預けながら利き足のアウトサイドでコントロールする選手が多い。ルカクなどはその典型だ。しかしこの受け方だと、そのあとの動く方向が限定されてしまう。右のアウトで止めるなら、スムーズにターンできるのは右回転だ。ロナウジーニョもよく半身で受けていたが、彼の場合は足裏でボールを押さえるので、ある程度どちらの方向へも持ち出せていた。しかし、右アウトを使うならスムーズなのは時計回りしかない。
一方、フィルミーノはそこまで半身では受けない。ほぼボールに正対したまま、アウトでボールの上部を触って止めている。最初から半身の体勢ではないので、アウトサイドでもインサイドでも触れるのだ。そして、自分の体から離れた場所(手前)でコントロールできるので、相手から遠い場所にボールを置ける。
体勢が固まっていないので右回りも左回りもスムーズ。最前線で、あるいは中盤に引いて、どこでも自信を持ってボールを受けられるので、プレーエリアが広い。
偽9番として機能する1つの技術的な理由である。