サッカークラブのオーナーを務めながら、そのトップチームの現役選手としても活躍。そんな二足の草鞋を履いているのが、かつてのJリーグ新人王であるカレン・ロバート氏だ。2019年3月に現役引退を発表し、選手としての人生に幕を下ろした。だが、彼のサ…

サッカークラブのオーナーを務めながら、そのトップチームの現役選手としても活躍。そんな二足の草鞋を履いているのが、かつてのJリーグ新人王であるカレン・ロバート氏だ。

2019年3月に現役引退を発表し、選手としての人生に幕を下ろした。だが、彼のサッカー人生は終わらない。

オランダのVVVフェンロー在籍中の2013年にNPO法人「ローヴァーズフットボールアカデミー」を立ち上げ、千葉県でサッカースクールの経営を始めた。さらに2014年にはタイ時代の貯金をもとに、千葉県木更津市にあるイオンモール木更津の敷地内に「ローヴァーズフットサルスタジアム木更津」を設立。その翌年には「ローヴァーズフットボールクラブ」を設立し、Jリーグ入りを目指すクラブの経営に本格的に乗り出したのだ。

なぜ“木更津”という土地で、経営者の人生をスタートさせたのか。そして、彼が目指す理想のクラブ像に迫った。

Jで優勝することがゴールではない

ーカレンさんは現役選手でありながら、27歳で起業されていますよね。かなり早いように思います。

そうですね。私は2011年から2018年まで海外でプレーしていました。海外生活では1人の時間も多かったので、客観的に日本のサッカーを見て考える良い機会になりました。

Jリーグではどうしてもサポーターやスポンサーの視線を気にしてしまうので、自由に副業がしづらい環境だと思います。でも、海外だと現役の選手が起業している事例はかなり多い。例えば元イタリア代表のヴィエリとマルディーニは、一緒にアパレルブランドを立ち上げています。海外で活躍する日本人選手も起業しています。内田篤人選手や大迫勇也選手は、それぞれトレーニングスタジオを立ち上げていますし、長友佑都選手は2つの会社を起業しています。

現役選手が起業するのを目の当たりにして、「そういうことをやっていいんだ」と思うことができました。そこで高校の同級生3人で始めたのが、今のクラブの母体になっているサッカーアカデミーです。

ーJリーグでは選手以外の活動がやりにくい、ということはよく聞きます。

選手がサッカー以外のことに取り組むと「サッカーに集中していない」と言われることも少なくありません。でも、そういうことではないんです。

選手時代から多様な経験をしておかないと、引退した後のキャリアへの移行が難しくなります。サッカーしかしないで後々苦労するのは本人なので、その人がやりたいように自由に受け入れる風潮があるべきだと思いますね。それでもし活躍できなかったら、自分のせいということで。もちろんサポーターの方々やスポンサーは黙ってないでしょうけど(笑)。

ー今のクラブ経営に最も影響を与えている海外での経験を教えてください。

一番最後にプレーした、イスミアンリーグ・プレミアディヴィジョン(イングランド7部)に所属するリアザーヘッドFCでの経験です。

プレミアリーグ(イングランド1部)のような世界から注目されるビッグクラブもあれば、各地域単位で比較的小さいクラブもある国では、後者は誰が応援しているのだろうと疑問に思っていました。

それが意外と、どちらも応援されているんです。ビッグクラブも好きだけど、小さい頃から身近にある地域クラブも応援している。例えば7部のチームでも、昔からよく知っていて選手と直接触れ合えるくらい距離が近いのは、地域クラブならではの魅力です。

日本では2つのチームを同時に応援する文化がないので、「2チーム応援しても良いんだ」と気付きました。小さい頃からサッカーチームが身近にあることが、将来のサッカーファンやサポーターの育成に繋がるのだと思います。

ビッグクラブとして“Jリーグで優勝する”ことだけがゴールではなくて、徐々にJリーグへの加入を目指してステップアップしていくような、地域にあったチームを作っていきたいと思いました。

この仕組みはオランダで経験しました。賞金を稼ぐことに焦点を当てるより、その都度チームのレベルに応じた目標を設定して、徐々に上のレベルにステップアップしていくほうが組織のモチベーションも上がります。そうやって選手を「0→1」で育てることで成長していくクラブも面白いなと。

木更津から、Jリーグという選択肢を

ーたしかに今のJリーグでは、とにかく優勝を目指すという風潮がある気がします。

全チームがJ1での優勝を目指してはいると思います。ただ、現実はそうはいきません。今は海外のようにお金があるチームとないチームとで、二極化が進んでいるように感じます。大企業が持っているチームがJ1で、地域で上手くいっているところがJ2で。

木更津は決してサッカーが盛んなエリアではありません。でも、若い世代にはかなりポテンシャルを感じています。

ー若い世代にポテンシャルを感じたことが、木更津をクラブの拠点に選んだ理由なのでしょうか。

そうですね。もともとは私の出身高校がある船橋市でやろうと思っていたんです。でも私自身、木更津に住んでみて、身体能力が高い選手が多いと感じました。あとは、のびのび育っていて純粋な子どもが多いので、私たちの考えが浸透しやすいのでは、とも思いました。

また、木更津は横のつながりが濃いので、認められれば一気に応援してもらえるのではないかと考えました。船橋にはBリーグの千葉ジェッツふなばしもあるので、木更津の方が地域に入り込みやすいかなと。その上、人口が増えていて物価も安く、若手育成型のクラブにとっては好条件でした。

ーポテンシャルのある若い世代にとって、指導者がいなかったり、そもそもサッカーをする場所が近くにないというのも課題ですよね。

恵まれていないところにこそ、モチベーションを持っている子がいるはずです。木更津を中心に、「Jリーグを目指したい」という夢を叶えられる場所にしたいですね。

実際、私自身も茨城県の土浦という田舎で育って、ジュニアユース時代は1時間以上かけて柏レイソルの練習場に通っていました。経験上、1時間以内で通えるクラブがあると大きいと思います。

ここだと、今はJリーグを目指すなら現在J2に所属しているジェフユナイテッド市原・千葉が一番近いのですが、物理的には遠い。今後は、ローヴァーズが木更津のシンボルとなって、良い選手が外へ出ていかないようにしていきたいですね。

ー育成の取り組みとして、木更津市内にある拓殖大学紅陵高等学校のサッカー部と連携して、指導に力を入れていると聞きました。

そうなんです。紅陵に入ったらローヴァーズのメソッドを受けることができます。2018年にスポンサーさんの紹介で、たまたま理事長さんを紹介していただいたんです。僕が木更津でやっていきたいことを説明して、賛同に至りました。そこから紅陵サッカー部の強化の話が始まったんです。

私の柏レイソルのアカデミー時代の後輩をコーチとして推薦して、監督としてやっていただけることになりました。今は部員が増えていて、尚かつ環境も良くなっていくので、近い将来は千葉県でサプライズを起こせると確信してます。

地域を“助けられる”クラブに

ークラブを作っていく上で最も大切にしていることを教えてください。

先ほども話に上がりましたが、地域密着です。

ひとつは、いざという非常時に地域を助けられる存在になることです。2019年に台風19号で被災した際、チーム内でも停電や物資不足で困っている人がたくさんいました。クラブが彼らを助けることができましたし、彼らから情報を得て助けを求めている地域に物資を運ぶことができました。

「何かできることはないか」と他県のサッカークラブから連絡が来ることもありました。クラブが拠点となって、支援物資を受け入れて地域の方々に提供しました。サッカー界は狭い分、横のつながりが強く信頼関係ができているので、そこを災害時に活かしていければと思います。

ただサッカーをするだけではなく、地域が求めていることを把握して、スポーツクラブとしてできることを地域に恩返ししていきたいですね。そして、それは災害に限らず、経済面でも同じことが言えます。

ー経済面、というと。

もし木更津市が雇用に困っているのなら、クラブが認知度の高い選手を呼んで、とにかくこの地域について発信してもらう。そうすれば人が来てくれて、経済の安定につながるのではないかと。「地域のお祭りを発信してほしい」など、地域がクラブに求めていることを受け取って、お返ししていくことが大切です。

とはいえ、木更津ではまだまだサッカーの人気は高いとはいえません。木更津市内にはサッカーグラウンドがほとんどないんです。特にJリーグと親しみが薄い40代後半や、それより上の世代では、ゴルフや野球のほうが人気のようです。

ーその中で地域の人から受け入れられていく必要がありますね。

そうですね。例えば県内にローヴァーズ仕様の自販機を置いたりと、まずは千葉県の方々にクラブのことを知ってもらうことに力を入れています。

ーふるさと納税のお礼の品にユニフォームを出す、といった取り組みもされています。

とにかく地域に入り込もうと(笑)。まだ「ローヴァーズと言えば木更津」とはならなくて、「ローヴァーズと言えばカレン・ロバート」で終わってしまいます。僕の名前が出てこないくらい、地域のシンボルとしてクラブの存在価値を高めたいですね。

もともとは地元の行政にもほとんど知られていませんでした。それが、2019年1月でのある動きをきっかけに、木更津の皆さんから徐々に応援されるようになったんです。クラブの名前に地名を入れて、「房総ローヴァーズ木更津FC」に変更しました。ここから「Jリーグに向けて頑張ってね」と応援されることが増えました。

ー廃校の再利用先にも選ばれていますよね。

サッカーグラウンドが欲しいなと思っていたタイミングで、たまたま募集があることを知りました。私はその時イギリスにいたので、副代表がプレゼンをして、勝ち取ってくれました。

校舎、体育館、グランドを使えるようになり、中学校の跡地を2.5億かけて改修します。校舎を宿泊施設、グランドを人工芝に整備、体育館を緊急事態避難場所にするため冷風機、ヒーターを入れる予定です。

木更津にローヴァーズを根付かせて、将来的にはスタジアム建設に繋げられればと思います。どういった計画になるかはまだ決まっていませんが、まずはここを拠点に、木更津市民の方々にサッカーの可能性を理解していただけるようにしたいです

〜中郷中学校跡地活用に関する貸付契約〜

木更津市のウェブサイトでも事業の概要や将来イメージ図が公表されました。

木更津市HPhttps://t.co/XW0QCF0C4G

ここまでサポートしてくださった木更津市役所の皆さま、
本当にありがとうございます。

責任を持って事業に取り組んでまいります。 pic.twitter.com/m8gJHS8adE

— 房総ローヴァーズ木更津FC (@RoversKisarazu) March 4, 2020

現役選手×営業。一人二役での経営

ー今のカレンさんの具体的な業務を教えてください。

スポンサー営業をしながら、トップチームの選手としても活動しています。あとはアカデミー、トップチームのスカウト、交渉やイベント企画、参加などになります。

ー営業も自らされているんですね。

そうなんです。千葉県内をグルグル回っています(笑)。だからクラブのSNSにも、私はよく登場しています。トップがやったほうがスピード感を持ってできるので、今は私がやっています。もちろん仕事量は多いですが、やりがいはあります。

市役所などの行政施設や、地域のイベントにも積極的に顔を出しています。目的は、地元の方々と交流して情報を得ることと、会社にとってプラスとなる新しい出会いを探すことです。こうやって足を運ぶことが、少しずつ地域のスポーツ文化の形成へとつながっていくと感じています。現に地元での交流をきっかけに、フットサル場の拠点を増やすことができています。

【ローヴァーズ自販機第7号機】
第7号機は、千葉市にあります京葉エナジー本社前に設置頂きました!

【地球のために働く会社】
完全リサイクル・再資源化の取組みで、地球環境保護の重要な役割を担っている会社です。

京葉エナジーさん、設置頂きありがとうございます!!https://t.co/tAFeJnBhfN pic.twitter.com/4Hc6nt5f8I

— 房総ローヴァーズ木更津FC (@RoversKisarazu) February 14, 2020

ー経営のノウハウは、どこから得ているのでしょうか。

わからないです(笑)。ネットでフットサル場のビジネスについて調べたり、地元で経営している店長に聞いてみたりと、手探りです。地域によってお客さんが求めているものが全然違うんです。そこを把握して、木更津のニーズに応えられる場所にしていきたいです。

まだ駆け出しですが、やりたいことは早めに実現するようにしています。ジュニア・ジュニアユース・ユース・トップといったカテゴリーを全て揃えたり、良い選手を発掘するためにも2018年に県内2施設目となるフットサル場を開設しました。

ー今後10年の計画を教えてください。

2019年から12年計画で動いています。まずはJ3を目指して、トップチームの強化をしつつ、アカデミーからトップチームへと選手を育成していくことを考えています。

今シーズンは、とにかく関東2部リーグへの昇格。関東2部に昇格すれば、試合がホーム戦とアウェー戦に分かれます。その辺りから入場料をとって、“観戦”ができる仕組みを作って、ローヴァーズを木更津に根付かせていきたいですね。