3月8日、東京・味の素ナショナルトレーニングセンターのレスリング場にて、東京オリンピック代表選考会が行なわれた。



ケガを乗り越えて東京五輪の切符を掴んだ土性沙羅

 今回のプレーオフは、昨年9月の世界選手権で日本がオリンピック出場権を獲得した階級で、代表選手が決まっていない女子68キロ級と男子フリースタイル74キロ級の計2試合。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で原則非公開とされ、会場への立ち入りは出場選手、セコンド、練習パートナー、協会関係者ら約60名のみ。試合会場での取材もテレビ局1社、通信社2社に限られた。

 試合の模様は、日本レスリング協会がSNSでライブ配信を実施。試合後、報道陣への会見は隣接する味の素フィールド西が丘で、全員マスク着用、選手から2メートル離れて行なうという異様な雰囲気のなか、2試合とも白熱した一騎打ちとなった。

 女子68キロ級は、リオデジャネイロオリンピック金メダリストの土性沙羅(東新住建)と、20歳の新鋭・森川美和(日体大)が対決。

 16歳で全日本選抜選手権を初めて制した土性は、21歳でオリンピック金メダルを獲得。2017年もアジア選手権と世界選手権で優勝し、吉田沙保里や伊調馨(ALSOK)の跡を継ぐエースとして日本女子レスリングをリードしてきた。

 だが2018年、日本で行なわれたワールドカップ国別団体戦で左肩を負傷。手術後は復活を果たし、2018年全日本選手権、2019年全日本選抜選手権を制したものの、吉田沙保里の父・栄勝直伝の鋭いタックルは影を潜めるようになった。

 2019年9月の世界選手権では、オリンピック出場権は死守したものの、まさかの5位。12月の全日本選手権でも準決勝で森川に2-9という大敗を喫してしまった。

「どん底まで落ちた」

 そう語っていた土性だったが、今回のプレーオフは左肩に加え、全日本選手権で負傷した左ひざに痛み止めの注射を打っての出場となった。だが、「自分で取ってきた枠を、ほかの人に渡してなるものか。死にもの狂いで練習してきました。人生をかけて戦います」と、気合十分で試合に臨んだ。

 土性のセコンドは至学館大監督に復帰した栄和人氏ではなく、リオでともに戦った登坂絵梨(東新住建)が第1セコンド、川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)が第2セコンドを務めた。ふたりは土性に「タックルに入ったあとの処理。気持ちを強く持つこと」をアドバイスしたという。

 対する森川は、女子レスリングの名門・安部学院高時代にインターハイ3連覇を成し遂げた逸材。日体大へ進学後は、復帰した伊調馨のかたわらで練習し、田南部力コーチに実力を磨かれた。そして12月、全日本選手権で初優勝。東京オリンピック代表争いに名乗りを上げた。

「田南部コーチの指導は厳しいですけど、細かくて丁寧。自分自身、強くなっていると実感できます。伊調さんから受けた影響も計り知れません。超人というか、正直、化け物みたい。どんな練習でも一切妥協せず、レスリングに対する意識はズバ抜けています。

(昨年)7月のプレーオフで梨紗子さんに負けた翌日も道場に来て、私たちの練習に付き合ってくれました。オリンピック代表となって、おふたりに恩返ししたいです」

 伊調が川井と対戦したプレーオフでレッドカードを受けて、3月末まで試合アップ場への出入りやセコンドに就くことを禁止されている田南部に代わり、森川の第1セコンドには伊調が入った。

 試合前、伊調が授けた戦術は「前半から攻めること。テイクダウンを取ること」。第2セコンドに入った北京オリンピック銀メダリストの湯元健一コーチと松本慎吾監督も見守り、日体大が総力を結集してプレーオフに臨んだ。

 第1ピリオドは、森川の消極的姿勢からの30秒間アクティビティタイムで、土性が1点を獲ったのみ。全日本選手権で森川に豪快に返された土性は、低いタックルに入らない作戦のようだ。

 その後、両者にらみ合いが続いたが、第2ピリオドに入って森川が仕掛けた。30秒過ぎ、タックルに入ってグラウンドにもつれ込む。しかし、パワーで上回る土性が巧みにバックへ周り、2点を獲得して3-0となる。

 残り1分、森川はあきらめずに土性を場外へ押し出して1点を加算。だが、最後は土性が森川の追い上げをかわし、3-1でプレーオフを制して東京オリンピックへの切符を掴んだ。

 試合後、ホッとした表情で会見に臨んだ土性だったが、すぐさま、オリンピック2連覇へ向けて決意を固めた。

「リオの時を10とすると、まだ半分。体力、筋力、スタミナをつけていかないと、世界では勝てません。でも、ここまでやってきたから、気持ちはリオより強いです」

 一方、敗れた森川に対し、セコンドに就いた伊調は「明日につながる試合をしました。これからもっと強くなる選手です」と評価。森川の肩を抱きながら、「明日からもっと厳しい練習をしていこう!」と声をかけた。

「自分が教えてきてもらったことを、伝えないのはもったいない」

「レスリングはやめたくない。でも、いつかはやめなければならいないから、コーチになってレスリングを追及するというのもいいかな」

 常々そう語ってきた伊調は、いよいよ本格的に指導者としてスタートするのかもしれない。

 SNSで観戦した田南部コーチも、笑顔で次のようにコメントした。

「挑戦者らしく、最後まで積極果敢に攻めていました。まだ大学2年生なので、これから世界で勝負できるように、選手とともにコーチ陣も成長していきたいと思います。日体大に女子チームが創部されて4年。オリンピックに絡める選手が出てきました。部員たち全員、伊調のようにレスリングに対して真剣な、純粋な気持ちを大事にできる選手になってもらいたいです」

 そして、最後に力強く語った。

「伊調馨のオリンピック5度目の優勝は、森川たちが達成してくれます」

 一方、男子フリースタイル74キロ級は、世界選手権でオリンピック出場権を獲得した奥井真生と、全日本選手権優勝の乙黒圭祐による「自衛隊体育学校・同門対決」となった。

 奥井は4週間前、右足の前十字じん帯を損傷。手術を受けずに強行出場したが、スピードやパワーは本来と程遠いものだった。

 乙黒の弟は、すでにオリンピック代表に内定している男子フリースタイル65キロ級の乙黒拓斗(山梨学院大)。その弟から「自分の強みを出せば負けない」と背中を押された兄・圭祐は、試合を終始コントロールして5-2と勝利。兄弟同時オリンピック出場を決めた。

 自衛隊体育学校はこれまで、数多くのオリンピックメダリストを輩出。2012年ロンドンオリンピックでも米満達弘(フリースタイル66キロ級)と小原日登美(48キロ級)が金メダルに輝いた。

 だが、前回のリオデジャネイロオリンピックでは、屈辱のレスリング選手出場ゼロ。8年ぶりのオリンピックへ向けて期待が膨らむなか、乙黒はメダル獲得への意欲を語った。

「代表争いでは先を越されましたが、オリンピック本番では拓斗に負ける気はありません。ふたりで金メダル獲得を目標にやっていきます」

 レスリング日本代表は今回のプレーオフを制した2名を加え、女子5名、男子フリースタイル2名、男子グレコローマンスタイル1名が内定した。

 残るはアジア予選、世界予選で出場権獲得を目指すが、3月末に予定されていたアジア予選は中国・武漢からキルギスに変更。さらに、それも中止となり、開催時期・場所は未定である。