ヴィレムⅡがPSVの本拠地アイントホーフェンで勝ったのは、35年以上も前の1983年9月3日までさかのぼる。だが、巷では「今回のブラバント・ダービーはヴィレムⅡのほうが本命かもしれない」とささやかれていた。ヴィレムⅡ戦でも堂安律の出場…

 ヴィレムⅡがPSVの本拠地アイントホーフェンで勝ったのは、35年以上も前の1983年9月3日までさかのぼる。だが、巷では「今回のブラバント・ダービーはヴィレムⅡのほうが本命かもしれない」とささやかれていた。



ヴィレムⅡ戦でも堂安律の出場時間はわずかだった

 今年に入ってからヴィレムⅡは2勝1分と好調で、現在4位と大健闘を見せている。一方、5位のPSVはリーグ戦で2分け1敗。カップ戦でもラウンド・オブ16で敗退と、今年に入ってからまだ白星がなく、不振にあえいでいた。

 しかし、PSVはあっけなく3-0でブラバンド・ダービーを制した。中盤のコントローラーふたり(ヨリト・ヘンドリクスとパブロ・ロサリオ)の出来が悪かったのは今後の不安要素だが、ポジティブな材料のほうが多かった。

 長いこと懸念されていた左サイドバックのポジションには、この冬にミランから借り受けたリカルド・ロドリゲスが機能し、トップ下に抜擢したニュージーランド代表のライアン・トーマスも、チームに新たなエネルギーを加えていた。

「次の試合もメンバーを変える必要はなさそうだ」

 アーネスト・ファーバー監督は試合後にそう語り、ヴィレムⅡ戦のシステムとメンバーをベースにチームの底上げを図っていく考えを示した。

 ファーバー監督によれば4-4-2だが、実際は4-4-1-1と捉えたほうが理解しやすいだろう。このシステムの肝は、トップ下に入ったトーマスだ。

 ビルドアップでは後方と前線をつなぐリンクマンになり、アタッキングゾーンではストライカーのサム・ラマースの周辺を衛星のように動き、パス・アンド・ゴーを繰り返しながら敵陣の嫌なところを突き続けた。

 ヴィレムⅡ戦でトーマスが決めた2点目は、パスを縦に出したあとにフリーランニングで抜け出し、味方からのリターンをスライディングシュートで決めたもの。彼の特徴が存分に出たゴールだった。トーマスが78分にベンチに戻る時には、盛大なスタンディングオベーションが贈られた。

 早くシステムを固めたいファーバー監督は、交代枠2枚を残したまま試合を終えようとした。だが、モハメド・イハターレンの負傷により、90分に堂安律がピッチに入った。

「イハターレンがケガしなかったら、出てなかったと思います」

 今年に入ってからの堂安は、リーグ戦で2試合12分間、カップ戦で1試合25分間しかプレーしてない。2016年夏に堂安がオランダに渡った時にフローニンゲンを指揮していたファーバー監督は、ヴィレムⅡ戦後にこう語った。

「堂安は今より、当時のほうがよかった。PSVではフローニンゲン時代より、もっと決定的なプレーをしないといけない。我々は彼のことをサポートしているし、彼も我々が何を期待しているか尋ねに来ている。彼は複数のポジションをこなせるプレーヤーだ。ハードワークをいとわない忠実な選手なので、いずれチャンスを与えられるだろう」

 今年に入ってプレーしたわずか37分間で、堂安はチーム事情によって右サイドハーフ、セントラルMF、左サイドハーフと、目まぐるしくポジションを変えている。しかし、本人は「最初から試合に出るとなると、トップ下になると思います」と、1月24日のNAC戦後に語っていた。

 マルク・ファン・ボメル前監督のもとでは、堂安は主に右サイドハーフを努めていた。だが、ファーバー監督はサイドに機動力のある選手を置きたいようで、今年はブルマが右サイドでチャンスを頻繁に得ていた。

 しかし、ブルマはそれを生かせなかった、さらに、トップ下のイハターレンが「感覚でプレーしてしまい、真ん中にいてほしい時にいないことがあった」(ファーバー監督)こともあって、イハターレンは右サイドにスライドした。そして、トーマスをトップ下に起用したところ、やっとPSVの前線のパズルがハマった。

 ただし、チームの層が厚くなっているかというと、ファーバー監督の手はそこまで回ってない。

「今も(不振の)チームに対するプレッシャーがすごいので、監督もスタッフもスタメン組にしかケアできていない。サブにまで目が届いていません。それは自分も理解しています」

 このような状況を、堂安は「ガンバ大阪のU-23チームでプレーしていた頃の感覚に近い」と言う。

「高校2年生でトップチームに上がらせてもらったが、そのあとはトップチームに絡めずにずっとU-23チームのほうで練習していました。トップチームが20数人で練習していた時、(U-23チームは)3、4人しかおらず、リフティングしかしない練習とかもあった。そういう感覚に近いですね」

 さすがにPSVでは紅白戦もやっているが、「控え組を見てもらえてない」という心境は、堂安が17歳の時に感じたものに近い。だが、壁の乗り越え方は大きく異なる。

「あの時は正直に話すと、別にサッカーにすべてを注いでいなくても勝手に乗り越えられた感じがありました。けど、今はそうじゃない。もう子どものままじゃないので、プロとしての壁の乗り越え方は知っています。こういう時に人間の本質が現れてくると思うので、踏ん張って根気強くやっている状況です」

 心を鎮めて穏やかに話す堂安だが、悔しくないわけがない。本人もメンバー発表で自分の名前がスタメンにないと、「そのへんの壁を壊したいくらい、イライラしています」と打ち明ける。

「言い訳したり、人のせいにしたりするのは簡単ですが、すべては自分が悪い。『こういう状況を作り出したのは自分だ』という気持ちで僕はやっています。

 悔しさもあるし、人間なので人のせいにしたくなるし、監督のせいにしたくなるし、チームメイトのせいにもしたくなる。だけど、それでは成長できないので、この立場を噛み締めて『絶対、この場所(控え)には戻ってこない』って思いながらトレーニングしています。人間として成長できている気がします」

 ヴィレムⅡ戦でスポットライトを浴びたトーマスは、ズヴォレからPSVにステップアップを果たした2018年、ひざのじん帯断裂でシーズンを棒に振り、昨年10月にようやく復帰したが、なかなか能力を発揮できなかった。今の堂安にとって、トーマスこそ模範となる存在なのかもしれない。