まだ発展途上にある高校年代では、突如、周囲の予想をはるかに超えるほどの急成長を遂げることがしばしばある。今大会の矢板中央(栃木県)は、まさにそのケースに当てはまるだろう。 なぜなら、彼らは栃木県予選を勝ち上がるのもギリギリだった「無印…

 まだ発展途上にある高校年代では、突如、周囲の予想をはるかに超えるほどの急成長を遂げることがしばしばある。今大会の矢板中央(栃木県)は、まさにそのケースに当てはまるだろう。

 なぜなら、彼らは栃木県予選を勝ち上がるのもギリギリだった「無印」のチームだったからだ。



四中工戦で2ゴールを決めた2年生の多田圭佑

 3年連続10回目の出場と、矢板中央は全国でも名の知れたチームである。2009年と2017年には4強入りを果たし、昨年も8強まで駒を進めている。近年の高校サッカー界ではコンスタントに結果を出しており、その実績を考えれば優勝候補に挙げられても不思議ではない。

 ところが、メンバーが揃っていた昨年とは違い、今年はタレント不足が否めず、周囲からは「今年は難しいだろう」という評価を受けていたという。実際に栃木県予選では薄氷の戦いが続き、決勝ではPK戦の末に勝利を収め、からくも全国の舞台へと駒を進めている。

 プリンスリーグ関東でも10チーム中10位と、最下位に終わった。プリンスリーグ関東を制し、選手権の優勝も狙えた昨年のチームと比べれば、どうしても見劣りしてしまう。いわば彼らは”谷間の世代”だったのだ。

「去年はメンバーも揃っていたし、日本一を狙っていた。今年は去年出ているメンバーがひとりもいないので、誰もが難しいだろうと思っていた」

 高橋健二監督がそう評すように、周囲からの期待度は決して高くはなかった。

 しかし、全国の舞台で彼らは、下馬評を覆す快進撃を披露する。1回戦で大分(大分県)をPK戦の末に下すと、2回戦では大手前高松(香川県)を2-1で撃破。3回戦では鵬学園(石川県)に2-0と快勝を収め、3年連続でベスト8進出を果たした。

 そして迎えた準々決勝。相手は2度の選手権優勝を誇る名門・四日市中央工業(三重県)である。高い攻撃スキルを備えたMF森夢真(ゆま)を擁するテクニカルなチームに対し、矢板中央は強度の高い守備から鋭い攻撃を仕掛け、相手を押し込む戦いを実現した。

 とりわけ風上に立った前半は、矢板中央の独擅場だった。

 相手の縦パスをことごとくつぶし、シンプルなロングボールで背後を突く。12分に2年生ストライカーの多田圭佑がクロスに合わせて鮮やかな先制ゴールを奪うと、20分には再び多田が相手のミスを突いて2点目をマーク。風下となった後半は四中工に押し込まれる展開となったが、人数をかけた守備で隙を与えず、ゴールを許さなかった。

 テクニックの部分では、四中工のほうが勝っていただろう。しかし、プレー強度や運動量、あるいは戦う姿勢で上回ったのは矢板中央のほうだった。

「彼らの成長はびっくりしますね。長年指導者をやっていますけど」

 1994年からこのチームを指揮する高橋監督は、驚きを隠せないようだった。

「決していい選手はいない。代表選手もいない。全国に出ることが目標だった。それが年越しできて、まさか(準決勝の)埼スタまで行けるとは思っていなかった。うまくいかなかった選手たちがここまでがんばってくれる姿に感動しています」

 劇的な成長を続ける選手たちの姿に、指揮官は感無量の様子でそう話した。

「最後まであきらめない、高校サッカーらしい選手ばかり」

 高橋監督が言うように、矢板中央の強みはその精神力にあるのだろう。相手にボールを持たれても粘り強くしのぎ、ボールを奪えば一気に前へと走り出す。足りない技術は、球際の争いや走力、そして団結力で補っていく。そのひたむきな姿勢こそが矢板中央の快進撃の要因であり、それは高校サッカーの本質でもある。指揮官は言う。

「技術がないのは選手たちも認めているところ。とにかく走り負けないひたむきさを、去年より意識してやってきたことが、ここへきて実を結んだと思います」(高橋監督)

 もちろん、メンタルだけではない。大会を通して成長してきたポイントは、守備面に見出せる。県大会の4試合すべてで失点し、全国の舞台でも失点が続いていた。しかし、3回戦で完封勝利し、この準々決勝でもクリーンシートを演じた。

「ボールを握られるのはわかっていたので、しっかり守ってカウンターを狙う。逆に思い切って前に出て、攻撃的な守備をやろうという時間もあった。ここ1、2試合で耐える時と行く時の判断が明確になっている」(高橋監督)

 難しいと思われていたチームが、優勝も狙えた昨年のチームを超えてしまうとは、誰もが予想できなかったに違いない。運や組み合わせの妙もあるだろうが、その事実が揺らぐことはない。

 矢板中央が次に目指すのは、同校史上初となるファイナルの舞台だ。

「過去(2009年)に我々は準決勝で山梨学院大付に0-2で負けて、一昨年は流通経済大柏に0-1で負けている。まだ準決勝で1点も獲っていないんですよ。だから、(次の準決勝では)ゼロで抑え、得点をして決勝に行きたい。そんな夢というか、想いがあります」(高橋監督)

 準決勝の相手は、圧倒的な攻撃力で勝ち上がってきた静岡学園(静岡県)だ。ひたむきな姿勢と揺るぎない団結力を武器に、神がかり的な勝ち上がりを見せる矢板中央の”谷間の世代”は、果たして歴史を塗り替えられるだろうか。