カンプノウ改修と日本企業(後編)

 FCバルセロナの本拠地、カンプノウの改修コンペを審査員全員一致で勝ち取った日建設計。以下に記すのは審査講評の一部だ。

「日建設計とパスカル・アウジオの提案は、最初の段階から一番ユニークでした。他案とは全然違いました。オープンで開放的。そしてエレガントです。気品があります。静謐な空間も備えています。時間も超越しています。これから50年経っても価値が失われることがない、消費されないデザインだと考えられます……」



全面改修後のカンプノウを正面からとらえたイメージ図

 日建設計はこれまで、スポーツファンにはおなじみの施設を数多く手がけてきた。カシマサッカースタジアム、新潟のビッグスワン、さいたまスーパーアリーナ、東京ドーム、大阪の京セラドーム。そして、完成したばかりの有明体操競技場。現在、進行している渋谷駅周辺の巨大な再開発でも中心的な役割を担っている。

 新国立競技場にも絡んでいた。

 コンペで優勝したザハ・ハディド案で進行していた計画が、一転して流れた件を記憶している人は多いはずだ。コンペで勝った設計者はその後、(カンプノウにおける日建設計とパスカル・アウジオの関係のように)日本の設計会社と組んで実際の計画を進めなければならないという規定になっていて、その日本側のアーキテクトとして選定されていたのが日建設計を中心としたチームだった。ザハ案を受けた具体的な建設計画には、日建設計の英知が注がれていた。

 さらに言えば、日建設計は、新国立競技場の最初のコンペにおいて、ザハ・ハディドではなく、SANAA(妹島和世と西沢立衛による建築ユニット)と組んで作品を応募していた。ポテトチップのようなヒラヒラした形状の屋根が印象的な開放感のあるスタジアム案で、コンペの成績は3位。優秀賞に終わっていた。

 結局、新国立競技場のコンペはもう一度行なわれ、現在建設中の案が採用されることになったが、日建設計はそれには関わらなかった。そしてカンプノウのコンペには、ザハ案の実施設計をまとめあげたメンバーを、そのまま送り込むことになった。日建設計の村尾忠彦バルセロナ支店長は、コンペを制した要因のひとつに、新国立競技場のプロジェクトにその寸前まで携わっていたことを挙げた。

「ザハ案の実施設計に携わっていたので、屋根やピッチ、ロッカールームから、メディアと選手が交わるミックスゾーンの作りに至るまで、スタジアムの設計に必要な最新の情報を、我々はすべて把握していました。FCバルセロナが世界から集めた審査員や技術アドバイザーの問いかけに、すべてその場で答えることができたのも、ついこの前までその設計をやっていたからです」

 FCバルセロナ側から提案された外装では、思い切った手段に出た。どんな外装にするかと問われていたにもかかわらず、「それは不要です」と、逆に提案し返したのだった。

「私たちはコンペでは8番目の候補。失うモノはないとばかり、『外装をやめませんか』と提案しました。外装をやめる代わりに、そのお金を使って、『1階、2階、3階とすべて10メートルずつコンコースの幅を広げて、テラス風のバルコニーにしませんか』と提案しました。コンコースがもう10メートルあれば、人の流動がものすごくよくなるし、その空間でコーヒーやワインを飲んだり、食事を楽しむことができる。試合後にそこで感想をお喋りしながら休憩していけば、公共交通の混雑も緩和される。

『スタジアムの中に公園をつくりませんか』という着想です。試合がない日もこの場に年間180万人が訪れる。試合のある日は10万人がコンコースを使う。もうそれ自体が外装になっているという考え方です。『オープンなスタジアムこそがバルセロナに一番似つかわしいのではないですか』と言いました」(村尾氏)

 そして亀井忠夫社長と村尾支店長は、しみじみとこう語るのだった。

「SANAAと一緒に応募した新国立競技場の案では、神宮の杜という公園と一体化したスペースをスタジアムの中に作ろうとしました。圧迫感をなくそうと屋根がヒラヒラとした薄い形状として、隙間を空けて、そこから人が出入りできるような、スタジアム周辺との関係性を生み出そうとしたのです。外と観客席、周辺環境とスタジアムの景観とが一体化して、スタジアムは外と切り離されていなくて、外側の公園から内側に、あるいは内側から外側の公園へと人が染み出していく」(村尾氏)

「スタジアムはこうありたい。そう思いながらSANAAと一緒にやったのですが、カンプノウで僕らがやろうとしていることも、これと似通ったアプローチなのです」(亀井氏)

 改修後のカンプノウは、1階から3階まで広々としたバルコニー風のコンコースが、外に広がるように3層に折り重なっている点に加え、それぞれに架かっているシャープな形状の屋根にも目は奪われる。カンプノウはUEFA認定の5つ星スタジアムながら、その手のスタジアムが備えているべき屋根が、正面スタンドにしかかかっていない。しかし新スタジアムは、全面屋根付きに改修される。現在の正面スタンドの屋根も取り壊されることになる。

「エッジが薄くてシャープで、斜めに切れ上がっている屋根は、現在のカンプノウの中で最も特徴的な部分です。この屋根の記憶をどこかに残せないものかと考えた時、思いついたのが先ほど述べたオープンなスタジアムというアイデアです。その切れ込んだシャープな形を反転して、1階から3階までの各層に設けるコンコースのデザインとして使ってしまえと。普通、こうした場所は暗くなりがちですが、斜め上方向に切れ上がっているので光が入ってくる。風も流れる。最終的にはピッチの芝にも好影響を及ぼします」(村尾氏)

 現在のカンプノウは、1、2階席は前後左右対称だが、3階席は非対称だ。正面スタンドとバックスタンドで高さが違う。バックスタンドの「ヘネラル・ラテラル」と言われる場所が最も高い造りになっている。その高さに3階席のスタンドすべてを均(なら)し、屋根を平らに架けると言う。

「平らになった3階席にきれいな屋根がスパッと乗るイメージです。シンプルですが、ものすごく美しい。FCバルセロナからは屋根について、『FIFAの規定に従おうとして屋根を設けるのではありません。カンプノウはカタルーニャの人たち、ソシオの人たちの心の聖地です。いったんカンプノウに入れば、ゴール裏であろうがどこであろうが、心をひとつに保つ場所になります』という話を聞かされました。”ひとつ屋根の下”というコンセプトで捉えている点に、なにより感動させられました」(村尾氏)

 屋根の上には大きな太陽光発電や集水施設を設置することになるという。芝を育成するための人工照明の電力や芝の撒水、トイレの洗浄水など、屋根の上の施設でまかなおうとしているのだ。

「現在のカンプノウは1階席の勾配が緩いんですが、それを立てて急傾斜にします。そしてその後方の席はスタンド一周、すべてVIP席にします。客席は減らしてボックス席を増やす。スタンドを立てて急傾斜にすると、その下にスペースが生まれます。そこにもビジネスプランに従いVIP用のスペースをつくります」(村尾氏)

「もともと観戦環境がいい2階の客席はほぼそのままで、3階席は増えます。1階席が2万席、2階席が4万席、3階席が4万5000席。完成後には全部で10万5000席になります」(亀井氏)

 3階席にいても近くに感じられるスタジアム。並みいる強敵を抑えてコンペを制した理由のひとつに、傾斜が急な3階席の作りが挙げられるという。

「ファンはできるだけ近くで試合を見たがっていますから」(村尾氏)

 カンプノウ改修計画はスタジアムだけでは終わらず、カンプノウ周辺の再開発も兼ねている。主にバルサBや女子サッカーが使用していた通称ミニ・エスタディを撤廃。練習場にあるヨハン・クライフスタジアムにその機能を移し、その空いたスペースを活用しながら再開発を図る計画だ。

「玉突きに移動して再開発する、都市デザイン開発です。その空き地には、これまでスタジアムの近くにあった体育館やスケート場を移転させます。その空いた場所には、オフィスやホテル、商業施設などを設けながら、公園のようなつくりにします。普段は公園の中を歩いている感じで、吸い込まれるようにバルサストアやミュージアムに入っていく。そこに市民の皆さんのためのスペースをつくっていくのです。緑を多くして、市民が集まりやすい環境にする。いまのカンプノウにはフェンスがあるのですが、そのセキュリティラインの位置が改修によりチケットゲートの近くになり、敷地を公園のように開放できます」(村尾氏)

 その光景はスタジアムの広いコンコースのバルコニーから、見下ろすことができる。

「折れ曲がった形をしているバルサストアやミュージアムの入り口を、FCバルセロナは『折り紙のようだ』と言うのですが、こちらのイメージは”さざ波”です。バルコニーから地中海を眺めるような、そんなイメージでデザインしています。バルセロナ市民も僕らのこの一連のプランを本当に喜んでくれている様子で、アンケート調査すると、ほとんどの人が好きだと言ってくれています」(村尾氏)

 そして”使いながら造る”問題だ。8万5000人の観衆でスタジアムを満たして試合を行ないながら、建設工事を進める。素人目にも難解なテーマに見える。

「いろいろ考えて行き着いたのが、既存のスタジアムの外に、エレベーターとエスカレーターと階段の縦動線をセットにしたコアを12本、先に作ってしまうという方法です。外コアと言うんですけれど、オフィスの設計ではこういう手法をとることがあって、それをスタジアムに応用しようというわけです。自分のチケットに1番と印刷されてあれば、1番と表示されたエスカレーター、エレベーター、階段が集合している場所に行けば、該当する席に辿り着ける。一種の”見える化”ですが、避難のサインにもなるので、防災上のメリットもあります

 そしてコアを作ったら、コアがあるところにタワークレーンを12本設置し、全体の工事に入ります」(亀井氏)

 亀井社長と村尾バルセロナ支店長の話から伝わってくるのは、FCバルセロナ側の圧倒的な熱意だ。バルサは7月末、親善試合のため来日した。ジョゼップ・マリア・バルトメウ会長は、到着したその翌朝9時きっかりに、スタッフとともに日建設計の本社を訪れたという。両者はいま、固い絆で結ばれた状態にある。完成する2024年がいまから待ち遠しい限りだ。