蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.74 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.74

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎--。この企画では、経験豊富な達人3人が語り合います。今季序盤のビッグクラブのパフォーマンスについて考察している今回のシリーズ。ここでは、フランスのパリ・サンジェルマンとイタリアのユベントスについて取り上げます。



シーズン後半戦の爆発に期待がかかる、パリ・サンジェルマン

--前回は、今季のチャンピオンズリーグ(CL)の優勝候補6チームのなかから、プレミア勢のリバプールとマンチェスター・シティについて話していただきましたが、今回はパリ・サンジェルマンとユベントスについて、お三方に掘り下げていただきたいと思います。まずはパリからお願いします。

<CLを獲りにいきたいパリ・サンジェルマン
悩ましいのは贅沢な前線だけ>

倉敷 では、パリからいきましょう。中山さん、パリは国内リーグ戦ですでに2敗を喫しています。しかも、そのうちひとつはホームでの敗戦ですね。

中山 まだエンジンがかかっていないのが現状です。結局、今夏はバルセロナ同様にネイマール問題で振り回されてしまったことが、スタートダッシュ失敗の最大の原因になりました。ネイマールが去るか残るかで強化プランは大幅に変わってしまうので、トーマス・トゥヘル監督も半分さじを投げた格好で、チーム作りの作業を保留にしたまま8月を過ごした印象です。

 結局、ネイマールは残留することになったわけですが、いよいよ9月から本格的なチーム作りが始まるかと思った矢先、エディンソン・カバーニとキリアン・エムバペが揃って負傷離脱。そんななかでCLが開幕して、やっとカバーニとエムバペが復帰したら、今度はネイマールが10月の代表ウィークで約4週間の負傷をしてしまいました。

 ですから、今季のパリは実質的なチーム作りはまだ始まっていないんです。この調子でいくと、11月にならないとMCN(エムバペ、カバーニ、ネイマール)が揃ったときの新戦力を含めたチーム編成が見えてこないでしょう。でも、個人的にはこれでもいいと感じています。昨季は前半戦に飛ばしすぎたために後半戦は急激に失速したので、逆に今季は後半戦に期待できるのではないかとポジティブに受け止めています。

倉敷 トゥヘルは就任2年目を迎えましたが、何か変化は見られますか?

中山 ここまでを見て感じるのは、明らかに昨季と比べてテンションが違うということです。先ほど話したような背景もあって、まだ選手の能力の見極めやベストな配置を考えている程度で、戦術の植え付け作業はほとんど手をつけていません。トゥヘル自身も、後半戦に鞭を入れるために前半戦は手綱を緩めているような感じがします。

倉敷 新戦力についてはいかがでしょう? たとえば新戦力のマウロ・イカルディは3人に割って入ることができるのか。またパブロ・サラビアをどのように使うのか。

中山 選手層は確実にアップしたと思います。イカルディ、アンデル・エレーラ、サラビア、イドリッサ・ゲイェ、アブドゥ・ディアロ。そして何といっても正GKにケイロル・ナバスを迎えたことが最大の補強です。また、シーズン序盤戦でカバーニとエムバペを欠いたなか、イカルディの加入で3番手に降格したかに思われたマキシム・シュポ=モティングが予想外に大活躍しました。明らかに昨季より駒は豊富になっています。

小澤 ナバスの加入は大きいですね。CLを3連覇したときのレアル・マドリーの正GKですから、経験値も高い。今年で33歳になりますがシュートストップ時の反応はまだまだいいですし、チームに勝ち点をもたらすビッグセーブもコンスタントにあります。逆に彼を失ったマドリーはティボー・クルトワが当たらないこともあって、早くも”ナバス・ロスト”を嘆く声が出ています。

中山 ただ、そのナバス以外でいうと、新加入選手でスタメンを張れる選手がいるかというと、意外といないんです。ここまで大活躍しているゲイェにしても半レギュラーで、本当はトゥヘルとしてはナポリのアランのようなクラスの守備的MFがほしかったんです。そうすれば、大一番でマルキーニョスをボランチではなく最終ラインで使えますから。

倉敷 パリはCLのマドリー戦で完勝しましたが、本来のトリデンテであるカバーニとエムバペがケガ、ネイマールもサスペンションで3人が揃って欠場していました。トゥヘルにとってはやや扱いにくそうな3人がいなかったことで、自身の考える戦術をチームに落とし込みやすかったように見えました。イカルディもサラビアも忠実だった。しかし、ここで結果を出してもフロントはトゥヘルの好きにはやらせないでしょうから、前線のトリオが戻ってきたらどうなるのか。いかがですか?

中山 そこも含めて、全員が揃いそうな11月にならないと本当の姿は見えないでしょうね。少なくとも、ここまではチームとして戦術の構築とブラッシュアップはそれほど進んでいません。たとえば、昨季はシーズン前半戦から4-3-3、4-2-3-1、3-4-2-1など、試合ごと、あるいは試合中にシステム変更をするのが頻繁にありましたけど、今季はほぼ4-3-3で放置した状態で、どちらかといえばトゥヘルが選手に自由を与えて、それぞれの能力を見極めているように見えます。

倉敷 なるほど、柔軟ですね。

中山 そうなんです。それだけに、トゥヘルは昨季の失敗から何かを学び、シーズン前半戦は鞭を入れずに戦おうとしているのではないかと。

倉敷 小澤さんは今季のパリをどう見ていますか?

小澤 ここまではMCNがいないほうが機能しているように見えますし、本来トゥヘルはこういうサッカーをやりたいんだろうなと思って見ています。3人が戻ってきた時には、トゥヘルは一歩引いて、自分が出すぎず、ある程度彼ら3人に自由を与えてピッチに送り出している印象を受けますしね。

 そうなったとき、本当に監督としてそれでいいのかという疑問があります。少なくとも、いまはアンヘル・ディ・マリア、サラビア、イカルディが機能していて、なおかつサイドバックのトーマス・ムニエとフアン・ベルナトが効果的なプレーをできているので、しばらくこのチームでどこまでやれるのか見てみたいとは思います。選手の自由度はMCNほど高くないですが、規律と狙いがはっきりとありますし、相手にとっては非常にやっかいなポジショナル・プレー、厚みのある攻撃を実践しています。そこに後方からゲイェが絡んでくる、マルコ・ヴェッラッティがさばきを見せる、となると相手にとってはとてもやっかいです。

倉敷 中盤にはゲイェ、ヴェッラッティ、マルキーニョス。センターバックもプレスネル・キンペンベとチアゴ・シウバ。それでキーパーがナバスなわけですから、何の問題もないですね。悩ましいのは贅沢な前線だけ!

小澤 そういう意味でも、戦力的には優勝候補と見ています。

倉敷 間違いなく優勝候補ですが、でも毎度「なぜ?」の負け方をしてしまうのがパリ。昨季もまたマンチェスター・ユナイテッド戦でいつもの逆転負けを喫し、負の歴史を重ねました。もはやトラウマなのでは?

中山 結局、今季最大の見どころはネイマールが後半戦の大事なときにピッチに立っていられるかどうかでしょうね。過去2年は大事な時にネイマールが負傷してしまい、フロントの投資に対する費用対効果は最低ランクだったわけです。そのネイマールが残留した以上、今季こそフルメンバーでCLベスト8の壁に挑戦して、何らかの結論を出さないといけません。

倉敷 リバプールのように攻撃は前の3人で担当してもらって、後ろがガッチリ守るという方法で十分に優勝を狙えそうな気もしますが、トゥヘルはあまりそういうスタイルを好まないでしょうからね。

中山 トゥヘルの理想は、昨季のCLグループステージ、ホームでのリバプール戦(2-1パリが勝利)でしょうね。ネイマールにもしっかりと守備のタスクを与え、選手全員がハイテンションで与えられた戦術を遂行する。でもそれは、崖っぷちに立たされた状況でないと、なかなかやってくれないというのが悩ましいところです(笑)。

小澤 あの試合では、相当に粘りの守備をしていましたよね。ネイマールでもあれだけのプレスバック、守備のハードワークができるのだと驚きました。

中山 しかも、相手の3トップを封じながら電光石火のカウンターもはまりました。個人的には、あの試合がMCNプラスD(ディ・マリア)を戦術的に最も有効に使ったトゥヘルのベストマッチだったと思います。

倉敷 パリはどこかマドリーと似たところがあって、適当に流しても普段は勝ててしまうポテンシャルがあるので、どこかで選手も依頼心が出たり飽きてしまうことがありますね。ベスト8を突破すれば選手たちは特別なモチベーションを得て、戦う集団になることは間違いないのですが。

中山 そこからどこまで勝ち上がれるかは、監督力ですよね。ジダンはその辺のコントロールが抜群に上手です。手綱を緩めておきながら、ここぞというタイミングで選手に鞭を入れる。果たしてトゥヘルにそれができるのか、そこも今季の見どころですね。もっとも、パリにとってはベスト8に辿り着くことが最初のハードルですけど。

<駒は十分のユベントス
サッリ監督がどのように進化させるか>

倉敷 不本意ながらパリに残留することになったネイマールの活躍も含めて、今季のパリはいろいろな注目ポイントがありますね。

 では次にユベントスに話を移しましょう。ここは、新監督のマウリツィオ・サッリがユベンティーノに愛されるのかどうかが、いちばんの興味ですね。

小澤 倉敷さんはどう見ていますか?

倉敷 就任当初はきっと居心地はよくなかったと思います。ユーベのライバルである元ナポリの監督だったサッリをユベンティーノが暖かく迎えたとは思えないからです。ですから、サッリは勝つことでチームを自分の色に染めるだろうと見ていました。そのうえで、チームのボス的存在のジョルジョ・キエッリーニやレオナルド・ボヌッチが自分の言うことを聞いてくれれば、手腕を発揮する環境が整います。

 現在のユーベにはサッリが好きなタイプの選手が何人もいます。中盤でいえばサミ・ケディラ、ロドリゴ・ベンタンクール、ブレーズ・マテュイディたちですね。ナポリで見せた中盤の構成もある程度計算できると思います。前線ではパウロ・ディバラも甦りつつありますし、ゴンサロ・イグアインも復活しています。個人的にはアドリアン・ラビオとアーロン・ラムジーの補強が大きいと思っています。彼らがいることによってマッシミリアーノ・アッレグリ時代とは異なるサッカーも提示しつつアントニオ・コンテのインテルを倒してみせた。次第にファンの心をつかみつつあるように思えます。

 サッリが頼りにすべきはジャンルイジ・ブッフォンですね。彼がクラブに戻ってきてくれたことは、サッリにとって大きなプラスだと思います。

中山 いろいろな意味で、コンテ監督率いるインテルとの直接対決で勝ったのは大きかったですね。あの1勝で、サッリの信頼度が確実に上がったように思います。

倉敷 「今季のセリエで全勝だったコンテより上なんだ」とティフォージに思わせたことはとても大きい。CLのグループステージで勝つより遥かに重要な勝利だったと思います。

中山 選手層を比べても、現在のインテルよりユベントスのほうが厚いですしね。

倉敷 今季のセリエAはロケットスタートを切ったインテルの優勝もあるかなと思っていた人も多いと思いますが、あの1戦で「ユーベが連覇を続けそうだ」と思い直したのではないでしょうか。ただ、個人的にはマタイス・デ・リフトがまだ馴染んでいないのが心配です。

中山 イタリアのセンターバックは特殊なので、デ・リフトでも少し時間がかかるかもしれませんね。

倉敷 いずれは馴染むでしょうが、どれくらい時間がかかるかですね。1シーズンは見てやらないと駄目かもしれません。それくらいユベントスの最終ラインは難易度が高いし、ユベンティーノも高レベルを求めますからね。

中山 ボヌッチ、アンドレア・バルザーリ、キエッリーニの「BBC」トリオの時代が長すぎましたよね。あの最終ラインのレベルをいきなり求められても、なかなか難しい。

倉敷 GKのヴォイチェフ・シュチェスニーも長い時間ベンチからブッフォンを見て勉強し、満を持してバトンを受け継ぎました。偉大なクラブに加入したら技術以外に謙虚さと忍耐力も必要なのでしょう。オランダ代表のキャプテンであっても時間は必要です。横にいるアレックス・サンドロを見ていても努力しているのがわかります。前にいるマテュイディの力も借りながら進歩しようとしています。

中山 新戦力でいうと、最近になってようやくアドリアン・ラビオが出場機会を得られてきたので、彼がイタリアでどこまで逞しく成長するのか楽しみに見てみたいと思っています。あんな形でパリから出て行ったので、何としてもイタリアで成功を手にしないとフランス代表にも戻れませんしね。

倉敷 ラビオがいることによって、ミラレム・ピャニッチを使わない選択肢も生まれます。意外とケディラは好き勝手に上がりますし、ベンタンクールもまだ計算できないところがあるので、サッリにとってラビオは使い勝手のいい駒になりそうです。こうしてみると、意外と今季のユーベはメンバーも変わってきていて、サッリとしてもやり甲斐があるのではないでしょうか。

 アッレグリを追い出したパベル・ネドベド(副会長)が、サッリにはそれだけの環境を用意してあげなければいけないと、気を使っていると僕は思っています(笑)。

中山 僕が見ていて面白いと思ったのは、最近サッリが右サイドバックにフアン・クアドラードを使っていることです。あの発想は、サッリならではですよね。

小澤 クアドラードはいいですね。1対1にも強いですし。

倉敷 ダニーロ、フェデリコ・ベルナルデスキ、それにエムレ・ジャンもいますから選手層は厚いですね、バリエーションも豊富と言えそうです。課題は、クリスティアーノ・ロナウドの使い方です。マドリーがやっていたように、ロナウドを完全なゴールマシンにしたほうがよいのではないでしょうか?

 個人的にはセンターフォワードはイグアインやディバラではなく、ロナウドにするべきだと思っています。それを支えるだけのメンバーもいるので、サッリがどのように考えるかを興味深く見ています。

中山 サッリはメンバーを固定する傾向がありますけど、さすがにユーベでそれはできないでしょうから、ある程度の使い分けをするでしょうね。そうすると、監督としてのサッリがまた進化する可能性はありますよね。

倉敷 ナポリ時代のアランやジョルジーニョの代わりは見つけられそうですが、サッリはまだマレク・ハムシクの代わりを探していると思っています。果たしてそれが誰になるのか? ユベントスは中盤の構成力や強度という部分では、他に引けを取らないのでロナウドがゴールを量産するようになったらCLベスト4以上の力がありますね。

 サッリとユーベがこれからどのような進化を遂げていくのか楽しみに見ていきましょう。