8月23日、サガン鳥栖との一戦に臨んだヴィッセル神戸は、エースのアンドレス・イニエスタが伝家の宝刀を抜いた。

「こんなプレーを見せられたら、勝てない」

 鳥栖の選手たちがそう言って脱帽するほど、イニエスタのプレーは神がかっていた。思い切り飛びかかっていっても、くるりとターンされてしまう。どうにもならない実力差を見せつけられていた。



サガン鳥栖戦では前半45分までプレーしたアンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)

 神戸は3-4-1-2のようなシステムで、「1」のイニエスタは縦横無尽。その存在が、他の神戸の選手のプレーを触発した。

<イニエスタはボールを失わない。必ずパスが出てくる>

 味方はそう確信し、奮い立った。まるで大軍に切り込む豪傑がいっせいに流れを変えるように、稀代の軍師が一瞬にして相手に総崩れにするように、勢いに乗って攻めかかった。

 そして神戸は、イニエスタに触発されるだけの実力の持ち主を擁していた。

 ベルギー代表トーマス・フェルマーレンはバルセロナでイニエスタともプレー。セルジ・サンペールも、同じくバルサで期待されてきた選手だ。そして山口蛍、西大伍、そしてドイツから戻った酒井高徳は日本代表として戦ってきた。鳥栖戦で2得点した古橋亨梧は、初速が驚くほど速く、シュートセンスもあり、日本代表クラスの逸材だ。

 鳥栖戦では後半からピッチに立った元スペイン代表ダビド・ビジャ、さらにウェリントン、ルーカス・ポドルスキを含め、神戸の戦力は整った。

 では、神戸は戦いの形を見つけられたのか?

「ボールを持つというのがチームのフィロソフィー。それを続けたい」(サンペール)

 神戸のビジョンははっきりしている。「バルサ化」を標榜し、そのためにイニエスタをはじめとする人材をかき集めてきた。監督がコロコロ変わるなど、目標に向かって一直線に進んでいるとは言い難いが、戦力は充実しつつある。

 サッカーは資金力の差が出るスポーツだ。大金を出せるクラブは、相応の選手を集めることができる。それは掛け値なしに戦力となる。

 GK飯倉大樹(←横浜F・マリノス)、FW藤本憲明(←大分トリニータ)、DF酒井(←ハンブルガー)など、ここ最近の神戸の補強ぶりは猛々しい。

 とりわけ、フェルマーレンの存在は群を抜いている。左利きのセンターバックとしてはJリーグ史上最高のレベルにある。ケガに悩まされながらも、バルサが手放さなかった理由がわかる。とにかく物事を複雑化しない。ぽんぽんとボールをさばいているだけに見えるかもしれないが、判断力とキックの質の高さは突出。球離れが早いだけに、味方に猶予を与え、次のプレーで先手を取れるのだ。

「フェルマーレンは、パススピードとかがめちゃめちゃ速いです。その分、受け手は余裕を持てる。難しいことをするよりも、どんどんパスをつける感じで、ポジション取りもいいから、練習試合とかでやると、かなりやりやすいですね。『ディフェンダーはシンプルにプレーするのが大切』と自分にも言っていて、とても共感できます」(神戸・渡部博文)

 フェルマーレンは鳥栖戦でも、世界トップレベルのディフェンダーとしての深遠を見せている。73分、左サイドでボールを持つと、左足で一気に右にいた西へサイドチェンジのパス。これが山口、古橋と渡って5点目になった。フェルマーレンのパスは、相手をスライドさせつつ逆サイドにボールを運び、裏を突き、一瞬にしてプレスを無力化していた。戦術的にも、技術的にも非常に高度だった。

 フェルマーレンはセンターバックとして、まさに模範的なプレーをする。真に優れた守備者は極めて静謐(せいひつ)だ。

「6点を取ったことは満足だが、それ以上にすばらしい形を作り出せた。一番印象に残ったゴールは3点目だろうか。自陣の左サイドにいたイニエスタが右サイドを走る古橋を見つけ、ボレーでパスを送ったシーンだ。今後、攻撃はさらに改善するだろう。サンペール、山口の2人はそれほど攻撃的ではないし、ウィングもいない。でも、ハングリーさを保ちながら、いいプレーを続けている」(トルステン・フィンク監督)

 不安があるとすれば、イニエスタの存在が大きすぎるという点だ。

「ケガの程度は明言できないが、次節は厳しいだろう」

 鳥栖戦後、フィンク監督自らが左足を負傷したイニエスタの離脱の可能性を示唆している。イニエスタは、バルサでの晩年から筋肉系の故障を抱えながらプレーしており、全試合フル稼働は望めない。鳥栖戦は盟友フェルナンド・トーレスの最後の舞台だっただけに、その限界点を突破してしまったのだろう。

 神戸はイニエスタ抜きで、真価が問われる。次節は8月31日。残り10試合で12位に浮上した神戸は、本拠地に7位コンサドーレ札幌を迎え撃つ。