勝てば勝ち点9差に縮まるが、負ければその差は15に広がり、絶望的な状況に追い込まれてしまう。サンフレッチェ広島にとって、首位・FC東京との一戦は、今季の運命を決するほどの重要な戦いだった。 広島はここまで8戦負けなし。調子を上げていた…

 勝てば勝ち点9差に縮まるが、負ければその差は15に広がり、絶望的な状況に追い込まれてしまう。サンフレッチェ広島にとって、首位・FC東京との一戦は、今季の運命を決するほどの重要な戦いだった。

 広島はここまで8戦負けなし。調子を上げていたものの、FC東京は3連勝と勢いでは上を行く。しかも、熱狂的なサポーターが詰めかけるFC東京のホームゲームである。旗色の悪さは否めなかった。



広島はアウェーの環境に屈せずFC東京から勝利を奪取

 ところが、試合は立ち上がりからアウェーの広島が主導権を握った。

 最終ラインから丁寧につなぎポゼッションを高めると、相手陣内でボールを動かして隙をうかがっていく。たとえボールを奪われても、すぐさま奪い返す果敢な守備も披露。開始から20分ほどまでは、ほとんどハーフコートマッチと言えるほどに、首位チームを押し込んだ。

 もっとも、永井謙佑とディエゴ・オリヴェイラの強力2トップを前線に残し、自陣に堅牢を築いたFC東京の守備を崩すことができない。ボールを回しながらも、シュートすら打てないもどかしい展開に陥った。

 20分を過ぎたあたりからは、パス回しにミスが生じ、相手が得意とするカウンターを浴びる機会も増えていく。支配しているようで、実は相手にペースを握られている。そんな展開に陥りかけていた。

 それでも広島は、このスタイルを貫いた。

「(ボールを回し続け)疲弊させることが、相手のカウンターへの最大の対策になると思っていた。ボールを奪われたあとの守備も含め、選手はよく対応してくれました」

 城福浩監督が振り返ったように、広島はボールを支配することで、相手のストロングポイントを打ち消す戦いを選択したのだ。

 もちろん、リスクを取ったスタイルである以上、ミスが生じればカウンターの餌食になりやすい。実際に何度かスピーディな攻撃を浴び、ゴール前に迫られた。だが、終始スタイルを変えることなく、首位チームに真っ向勝負で立ち向かっていった。

 その意思が結実したのは、61分のこと。左サイドを連係で切り崩すと、この日、スーパーな活躍を示し続けた柏好文が角度のない位置から叩き込み、先制ゴールをマーク。その後は相手の猛攻を、身体を張った守備でしのぎ、敵地でこれ以上ない最高の結果を手に入れた。

「今日のサッカーは、我々の目指すサッカーの自信になるものだった」

 指揮官は、やや興奮した面持ちで試合を振り返った。

 今季の広島は、昨季終盤の失速の反省を踏まえ、3−4−2−1の布陣に変更してポゼッションを重視したサッカーを標榜。だが、実際のところは、守備的な戦いから脱却できないでいた。開幕から7戦無敗と結果を出したものの、その後にまさかの5連敗。昨季と同じような状況に陥っていた。

 そこで、指揮官は決断する。第14節の北海道コンサドーレ札幌戦で敗れると、さらなるポゼッションスタイルへと、あらためて舵を切ったのだ。

 その決断は奏功する。第15節の湘南ベルマーレ戦に2−0と快勝すると、その後はひとつの黒星も喫していない。まだまだその精度には改善の余地があるものの、あくまで能動的な戦いを演じるなかで、着実に進化の兆しを見せている。

 そのなかで、若手の台頭も促した。

 開幕からスタメンの座を勝ち取った新守護神の大迫敬介だけでなく、レンタル復帰2年目の川辺駿は中心選手として中盤に君臨。今季途中よりシャドーに抜擢された森島司は鋭いドリブルでパスサッカーにアクセントを加え、質の高いプレースキッカーとしてもゴールに絡む仕事を連発する。

 この日、もうひとつのシャドーで起用された東俊希も含め、彼らはいずれも20歳前後の選手たちである。結果を出しながら、世代交代も推し進めていく――。今の広島には、理想的な状況が生み出されているのだ。

 なかでも目を引いたのは、3バックの中央を務める荒木隼人の存在感だ。大卒1年目の大型CBは、とりわけ押し込まれた終盤にその能力の高さを示した。アバウトに放り込まれてくるクロスをことごとく跳ね返し、逃げ切りに大きく貢献した。

「跳ね返すところでは、今日はすごくいい対応ができたと思います。放り込んできてくれて、ありがたかった。自分のストロングが出せたと思います」

 そう笑顔を見せる23歳は、「まずは守備のスペシャリストにならないといけない。もっと声を出すプレーを意識して、守備陣の中心になっていきたい」と、さらなる高みを見据える。求められるビルドアップは改善の余地が残されているが、FC東京の強烈なFW陣を封じ込めたその守備力は、大器の予感を漂わせていた。

 そして何より、広島にとって大きいのは、青山敏弘の復活だ。今年1月のアジアカップで負傷した大黒柱は、半年以上にわたってリハビリ生活を強いられていた。

 満を持して復帰したのは、8月3日の札幌戦のこと。まだフル稼働は望めないが、着実に出場時間を延ばし、このFC東京戦でも57分からピッチに立っている。

 青山が入ると、広島のパスワークが一気にスムーズさを増した。縦だけでなく、幅を使った攻撃も増加。61分の柏の先制点も、青山のサイドへの展開が起点となっている。

 もちろん、まだまだ本調子とは言えない。パス出しやボールを受けるという能動的な動きに違和感はなかったが、相手の動きに対応する守備時の反応は物足りなかった。それでも、この男の特長はやはり攻撃面にある。指揮官も青山に対する期待の大きさを語っている。

「できるだけ多くの時間を使いたいが、(ケガが)ぶり返すことだけは避けたい。(今日も)彼からのパスがチャンスになるとは思っていた。どのタイミングで入れるか。前半から入れられる状況だったが、彼の状態を考えれば、あそこまで伸ばさないといけなかった」

 パス1本で試合を動かせるこの司令塔をどう活用していくかが、城福監督にとって今後のテーマとなるだろう。

 また、青山の存在は現状のレギュラー陣にも刺激を与えている。同じボランチのポジションを務める川辺も危機感を口にする。

「アオくんの存在の大きさは練習からも感じています。今は(自分が)試合に出られていますけど、いつ代えられてもおかしくない。そういう危機感があるからこそ、自分のよさを常に出せるように心がけています」

 絶対的な大黒柱の帰還は、好調を維持する広島をさらなる高みへと引き上げるファクターとなる。

 FC東京の背中は、まだ遠い。しかし、視界にははっきりと捉えられている。残り11試合、広島のこれからが面白くなってきた。