コパ・アメリカがブラジルで開幕したのは、2週間前のことだ。 初戦でボリビア相手に攻めあぐんだブラジル・イレブンに対し、ファンは応援するのを止め、モルンビー・スタジアムはシーンと静まり返った。そして、0−0のまま前半が終えることを告げる…

 コパ・アメリカがブラジルで開幕したのは、2週間前のことだ。

 初戦でボリビア相手に攻めあぐんだブラジル・イレブンに対し、ファンは応援するのを止め、モルンビー・スタジアムはシーンと静まり返った。そして、0−0のまま前半が終えることを告げる笛を主審が鳴らした瞬間、ものすごいブーイングが場内に響き渡った。これに奮起したのか、ブラジルは後半3点を固め取りして3−0で勝ったのだが、快勝ムードからは程遠かった。



PK戦の末にパラグアイを下したブラジル

 第2戦のベネズエラ戦は、ブラジルに3度、ゴールが取り消される不運があった。そのうち、87分のシュートはVARのない時代だったら、敵チームですらゴールと納得していただろう。だが、不運なことに映像には、フィリペ・コウチーニョ(バルセロナ)のシュートコースに立っていたロベルト・フィルミーノ(リバプール)のポジションが、オフサイドであることを映していた。

 運がなかったとはいえ、セレソンがベネズエラ相手にノーゴールのまま引き分けることが許されるわけはない。温かな応援で知られるサルバドールのサポーターも、さすがに厳しい反応をしていた。

 開幕から2試合、停滞ムードが漂っていたブラジルだったが、エベルトンはスーパーサブとして規格外のプレーを連発していた。

 ボリビア戦で決めた85分の得点は、左からカットインで切れ込みながら、ゴールから遠ざかるようにドリブルのコースを変えてバイタルエリアにポジションを取り直し、ゴールネットの上段に突き刺す強烈なシュートだった。また、ベネズエラ戦で取り消されたコウチーニョのゴールは、自陣から長距離ドリブルを開始したエベルトンがワンツーを交え、左サイドを突破して生まれたものだった。

 ブラジル人の総意は、「エベルトンを先発に――」だった。第3戦のペルー戦でスタメンが発表された時、エベルトンの名前が告げられると、誰よりも大きな歓声がコリンチャンス・スタジアム(サンパウロ)に轟いた。そして、エベルトンはファンの期待に見事に応え、32分にカットインからシュートを決めた。

 その後、ダニエウ・アウベス(パリ・サンジェルマン)、アルトゥール(バルセロナ)、エベルトンのダブルワンツーからこの試合4点目のゴールが決まると、ブラジルの士気はより一層高まった。結果は5−0。開幕当初の沈滞ムードをこのペルー戦で見事に吹き飛ばし、ブラジルは2勝1分・8得点0失点という好スタッツでグループステージを首位突破した。

 6月27日、グレミオ・アレーナで行なわれた準々決勝。ブラジルと対戦したパラグアイは、老獪なチームだった。

 パラグアイは、それまで右サイドハーフで攻撃を牽引してきたデルリス・ゴンサレス(サントス)を偽ストライカーとして1トップに抜擢し、ブラジルの守備を撹乱した。また、左サイドバックのサンディアゴ・アルサメンディア(セロ・ポルティーニョ)をFWに近い位置まで上げて、ダニエウ・アウベスの攻撃参加を見張らせたのも効果的だった。

 これでブラジルの右サイドのリズムが狂ったのか、ガブリエル・ジェズス(マンチェスター・シティ)は技術的なミスと判断ミスを繰り返した。攻守をつなぐ中盤のリンクマンとして存在感を放つアルトゥールも、彼にしては珍しいイージーなミスが散見された。

 バランスゲームの様相を呈した前半は、0−0のまま終わった。すると、かすかに非難のブーイングが聞こえてきた。だが、そのブーイングの上から被せるかのように、大きな拍手がロッカールームに戻るブラジル・イレブンに贈られた。

 グループステージの3戦を通じて、ブラジルのサポーターにもいろいろ思うところがあったのかもしれない。もしかすると、グレミオでプレーするエベルトン、グレミオからバルセロナへ羽ばたいていったアルトゥールがピッチに立っていることで、シンパシーを感じたのかもしれない。この夜のスタジアムには、青・黒・白の縦縞で彩られたグレミオのユニフォームを着たサポーターも少なからずいた。

 そんな彼らは、0−0のまま進んだ後半もブーイングをすることなくゲームを見守り、やがて「ブラージウ! ブラージウ!」と歌い出した。ブラジルは苦しい時に、ようやく自国のサポーターの声援を背に受けて戦うことができたのだ。

 その後、アルトゥールのフリーランが中盤にスペースを生むようになり、最終ラインのマルキーニョス(パリSG)からFWへのコースができ始めた。パラグアイDF陣に対してブラジル攻撃陣の圧が高まり、54分にはロベルト・フィルミーノを倒したファビアン・バルブエナ(ウェストハム・ユナイテッド)にレッドカード。ブラジルが数的優位に立った。

 ここからは、エベルトン、ロベルト・フィルミーノ、コウチーニョ、アルトゥール、ウィリアン(チェルシー)がシュートを乱れ打ち。だが、パラグアイは身体を張ってブラジルの攻撃を防ぎきり、0−0のままタイムアップ。狙いどおりにPK戦まで持ち込んだ。

 1巡目、パラグアイのグスタボ・ゴメス(パルメイラス)のシュートをGKアリソンがストップ。すると、徐々に熱気が高まっていき、ブラジルサポーターは「アリソン! アリソン!」「(3巡目のPKを決めた)コウチーニョ! コウチーニョ!」と名前を連呼し始めた。

 ブラジルは4巡目のロベルト・フィルミーノが失敗するも、5巡目のパラグアイもデルリス・ゴンサレスがゴールできず、あと1本と迫る。そして、ブラジルの5番手のガブリエル・ジェズスが勝利のPKを決めた瞬間、スタジアム中に大きな声が鳴り響いた。

 サッカー王国らしい会心の試合内容ではなかった。だが、チームとファンのムードを高める勝利だった。2週間前の冷めたスタジアムだったら、ブラジルはこのPK戦を落としていたかもしれない。本命ブラジルにとって、大会の転機となるゲームになりそうなポルト・アレグレの激闘だった。