才能というものは、時に残酷な現実をあぶり出すものだ。 ちょうど1年前。東邦(愛知)・石川昂弥(たかや)の話を聞いていて、ぞっとしたことがある。自身の打撃について語ってもらうなかで、石川は「基本的に打席では変化球を待っている」と教えてく…

 才能というものは、時に残酷な現実をあぶり出すものだ。

 ちょうど1年前。東邦(愛知)・石川昂弥(たかや)の話を聞いていて、ぞっとしたことがある。自身の打撃について語ってもらうなかで、石川は「基本的に打席では変化球を待っている」と教えてくれた。

 高校生ならほとんどの打者はストレートに照準を合わせつつ、変化球にも対応していくものだ。なぜ石川は最初から変化球を狙うのか。そう聞くと、石川は平然とこう言ってのけた。

「ストレートがこないので」

 決して「直球勝負=真剣勝負」というわけではない。だが、石川の言葉には、幼少期からまともに勝負をしてもらえなかった者の諦観さえもにじんでいた。



投打の大黒柱としてチームを引っ張る東邦・石川昂弥

 エリートの中のエリートである。小学生時にはNPB12球団ジュニアトーナメントの中日ドラゴンズジュニアに選出され、中学時代にはNOMOジャパンに選出されてアメリカ遠征を経験。名門・東邦でも入学直後から右へ左へ長打を放って注目されてきた。今秋のドラフト会議では上位指名候補に挙がっている。

 ただ、最上級生になった石川を見ていて、思うことがある。それは「投手・石川」は邪魔ではないのか──ということだ。

 石川の本職は三塁手である。同僚の好選手・熊田任洋(とうよう)がいなければ、遊撃手ができるだけのポテンシャルがあると見るスカウトもいる。そんな石川は高校2年秋から投手を兼務するようになった。

 大谷翔平(エンゼルス)の例を出すまでもなく、高校野球で「エースで主軸打者」という選手は歴史的に珍しいことではない。それでも、石川の投手としての役割が「邪魔」と感じてしまうのは、本人に投手としてのこだわりがほとんど感じられないからだ。

 石川に「できることなら打者に専念したいですか?」と聞くと、石川はこう答える。

「もちろんそうです。でも、チームとしてしょうがないので……」

 そう語る石川の表情からは無念さは感じられない。できることなら打者に専念したいが、チーム事情と割り切って投手も兼務している。そんなふうに受け取れる。

 昨秋の石川はエースとして公式戦43回2/3に投げた一方で、打者としては打率.474 、7本塁打と申し分ない数字を残した。だが、一部でまことしやかにささやかれていたのは、「石川は投手として出場時に打撃成績が落ちる」ということだった。

 本人は「意識はしません」と強く言い張るものの、自覚はあるのだろう。こんなことも漏らしていた。

「ピッチャーをやっていても、打席で集中できないことはないと思っています。でも、ピッチャーはどこかで神経をたくさんつかっているので、無意識のうちに打席で集中力が落ちているのかもしれません」

 昨年の秋から今年の春にかけて、石川は投手としてのトレーニングはほとんどしていない。基本的に野手の練習メニューをこなし、打撃練習の合間に投球練習を70球ほどこなすだけだった。

 もちろん、チーム内には石川の負担を減らすべく、また自身の投手としての誇りをかけて投手メニューに励んだ者もいる。だが、ひと冬を越して東邦の森田泰弘監督が出した結論は「試合で投げられるピッチャーはいない」。つまり、石川を投打の大黒柱として起用するということだった。

 速球派サイドスローの奥田優太郎に、本格派左腕の植田結喜(ゆうき)のようなプロスカウトも注視する好素材もいる。だが、東邦は平成最初のセンバツ覇者であり、平成最後のセンバツ覇者を狙う名門である。エースに求められるハードルは当然高くなる。そして、それをあっけなく越えてしまったのが石川だった。

 昨秋、投手・石川の投球フォームは定まらなかった。愛知県大会まではサイドスローに近い腕の振りで、東海大会以降はオーバースローに変わった。その理由がまた、石川の才気を示すものだった。

「上から投げていると、上半身と下半身が連動できなかったので横から投げていたんです。最初は『野手投げ』という感じだったのが、だんだん木下(達生)コーチから『ピッチャーっぽくなってきたな』と言われるようになって。でも、ピッチャーっぽくなるにつれて、ヒジへの負担も大きくなってきたんです。それでまた上投げに戻したら、今度は体に合いました。ボールに角度がつくようになって、球速も上がって回転もよくなりました」

「ピッチャーっぽさ」を回避していくうちに、皮肉にもより「ピッチャーっぽく」なってしまう。もちろん、石川の探究心と努力があってのこと。だが、東邦のチームメイトからすれば、自分の無力さを教わる残酷な存在に違いない。

 今春センバツ、石川はここまで4試合すべてに先発登板し、31回を投げて防御率1.16と安定感抜群の成績を残している。その反面、打撃面では広陵(広島)との2回戦で高校通算43号本塁打を放ったものの、準々決勝以降は無安打。4試合で16打数3安打、打率.188にとどまっている。富岡西(徳島)とのセンバツ初戦では最終打席で甲子園初安打を放ち、「本当にやっと……という感じです」と苦笑したのが印象的だった。

 東邦の森田監督に、石川は登板時に打率が落ちることについて質問してみたことがある。意外にも、森田監督は「それは聞いたことがないです」と答えた。

 これは勝手な推測でしかないが、森田監督が知らないはずがないだろう。それでも、あえて「知らない」ということにしているのは、この壁を石川に突き破ってほしいという親心からではないか。森田監督はこうも付け加えている。

「藤嶋(健人/中日)もそうでしたが、石川も(エースと主軸打者の両立を)やれる人間だと思っています。それぞれタイプは違いますが、石川はおおらかで責任感があって、辛抱強く愚痴も言わない。主将になったことで精神的なリーダーシップを取れるようにもなりました。人間的に大きく成長してほしいと思っています」

 石川には、間違いなく打者としての未来が広がっていることだろう。高校野球でさまざまなものを一身に背負い、戦った経験はいつか石川の大きな支えになるように思えてならない。

 そして春に残された最後の1試合。石川昂弥が森田監督の期待通りに人間的にひと回り大きくなった姿を見せられれば、東邦の平成最後の悲願は成就するに違いない。