母国レースの3年連続優勝がかかった、千葉・幕張海浜公園でのレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第3戦から、およそ1カ月。室屋義秀は、すでに次なる戦いに踏み出していた。

「(千葉での結果は)あまり気にしてないというか、そんなことを言うと期待してくれた人に怒られてしまうかもしれないけど、レビューは十分にしたし、もう終わったことなので」

 ハンガリーの首都、ブダペストでの第4戦を前に、そう語る室屋の表情は思いのほかスッキリとしていた。




千葉大会の敗戦を引きずらずに第4戦に臨んだ室屋だったが......

 ラウンド・オブ・14でオーバーGによるDNF(途中棄権)という惨敗に終わった第3戦の悔恨を、いまだ引きずっていることはさすがにないとは思いつつも、少なからずピリピリとした雰囲気を漂わせているのではないかと想像していた。

 予選を前にした室屋にそんなことを伝えると、あっけなく笑い飛ばされた。

「正直言って、千葉戦もブダペスト戦も僕らチームスタッフのテンションは一緒なので何も変わらない。千葉だったから特別に落ち込むわけでもないし、ブダペストだからリラックスしているわけでもない。レースは常に続いているので、千葉戦はそのなかのひとつであって。

 もちろん、結果は残念だったけど、それはそれ。きちんとレビューしてトレーニングをすれば、次の成果につながると思うし、そうやってプロセスを進めていくことでしか、(残念な気持ちを)本当に乗り越えることはできないから」

それに、と言って、室屋は続けた。

「悔しいレースの後のほうが、トレーニングをしていてもモチベーションが上がる。やっぱり勝っているときは、無意識のうちに若干(気持ちが)緩むし、フライトのデータを見るにしても、『ここで100分の1秒、タイミングがズレているな』ということに気づかなかったりする。だから、千葉はいい勉強になった。そう思っている」

 地元の大きな期待に応えられなかった無念の敗戦から、ディフェンディングチャンピオンは気持ちを完全に切り替えていた。しっかりとファイティングポーズを取り、戦いの舞台に戻っていた。

 だからと言って、第3戦でノーポイントに終わった成績が消えてなくなるわけではない。チャンピオンシップポイントでは、トップのマット・ホールとマイケル・グーリアンから17ポイントも離された。その事実は動かしようがない。

「他(のパイロット)のポイントは気にしていない」という室屋も、「(年間総合の)優勝ラインを70~80ポイントとすれば、(第3戦終了時で19ポイントの室屋は残り5戦で)あと50~60ポイントを取らなくてはならない。1戦あたり10ポイント以上というのは簡単ではない」と話していた。

 だからこそ、室屋にとって今回の第4戦は、絶対に落とせない大一番だった。とりわけ、ラウンド・オブ・14でグーリアンとの直接対決が実現したことには、非常に大きな意味を持っていた。

 もしも室屋がグーリアンをラウンド・オブ・14で下し、そのまま優勝できれば、一気にポイント差をつめることができる。と同時に、千葉戦の悪い流れを変えるきっかになる。

 加えてブダペストのレーストラックは、直線的なレイアウトの高速コースで「うちの飛行機とは相性がいい」。実際、室屋の予選成績は2位。昨年のレースでも、表彰台(3位)に立っている。

「ここが大きなチャンスでしょうね」

 室屋はそう語り、必勝を期してこのレースに臨んだはずだった。

 だがしかし、結末はあまりに残酷なものだった。

 あたかも第3戦のリプレーを見るかのような、オーバーGによるDNF。そして、またしてもラウンド・オブ・14敗退。浮上のきっかけをつかむどころか、悪い流れにさらなる拍車をかける結果となった。

 まさかのアクシデントに、なかなか言葉が見つからない室屋。血の気を失った顔には、ショックの色がありありと浮かぶ。

「レーストラックは風が弱かったが、上空は風が吹いていて(バーティカルターンで垂直方向へ)上がった瞬間にガスト(突風)に当たったという感じ。操作自体は予選から変わっていないし、問題はなかった。あれでオーバーGになってしまうとなると、ちょっと……」

 スタート後、最初に迎えるバーティカルターンはスピードに乗った状態で入るため、「オーバーGのリスクが最も大きい」と、室屋はレース前からかなりの注意を払っていた。しかし、それは起きた。

 2戦連続でノーポイントに終わった室屋は、ポイントランキングでもふたつ順位を落とし、5位に後退。トップに立つホールとのポイント差は、実に26にまで広がった。残り4戦での逆転は極めて困難。そう認めざるを得ない。

 第4戦の結果は、マルティン・ソンカが優勝。以下、ミカ・ブラジョー、ホール、グーリアンと続いた。ソンカは今季初優勝、ブラジョーは自身初の表彰台とあって、室屋は「ふたりが(ポイントランキングで1、2位の)マットとグーリアンの上に入ってきてくれたので、まだよかった」と語っていたが、十分すぎるほどに開いたトップとのポイント差を考えれば、それが”焼け石に水”であることはよく分かっていたはずだ。

 それでも、どんなに些細なことであろうと、何かポジティブな材料を見つけなければ冷静さを保つことができない。憔悴(しょうすい)しきった室屋は、もはやそんな心境だったのかもしれない。

 昨季の世界チャンピオンは、千葉での無情の敗戦から立ち直ろうとしていた。それまでの悪い流れに終止符を打ち、再びポイントランキングでトップ争いに加わろうとしていた。

 にもかかわらず、不運なアクシデントが追い打ちをかけた。すでに遠ざかり始めていた年間総合連覇の夢は、もはや遥か彼方に霞んで見える。

「チーム状態が悪いわけではないので、絶望的な状況ではないが、このところ、いろんなことがかみ合わないというか、どうにも”引きが悪い”。まあ、気持ちを切り替えるしかないでしょうね。こういうときこそ勝負だと思う」

 室屋の重い口からかろうじて発されたその言葉は、文字にすれば前向きでも、悲しいまでに力がなかった。