氷上では、わずかな角度やタイミングの差が、そのまま結果に直結する。フィギュアスケートは、芸術性と技術が同時に求められる…
氷上では、わずかな角度やタイミングの差が、そのまま結果に直結する。フィギュアスケートは、芸術性と技術が同時に求められる競技だ。巧みなステップ、空中での回転、加速するスピード。そのすべてが、数分間に凝縮される。
4年に一度の大舞台・ミラノ五輪を目指す戦いが幕を閉じた。
満員の観客席、張り詰めた空気。リンクサイドでは、選手の息遣いや氷を削る音までが、はっきりと伝わってくる。選手たちの重圧は、想像を超えるものだったはずだ。
今季限りでの引退を表明している坂本花織(25)。彼女の代名詞は、誰もが知る「笑顔」だ。
フリー当日の朝、練習に向かう坂本と通路ですれ違った。
思わず「頑張ってください」と声をかけると、彼女は足を止め、「ありがとうございます」と笑顔を返してくれた。
ウィンタースポーツ取材歴はまだ3か月。フィギュアの現場では、私は紛れもなく“一見さん”だ。
それでも坂本は、飾らずに自然体で向き合ってくれた。
大一番を目前にしてなお、周囲と視線を交わし、言葉を返す。そんなたたずまいだけで、彼女が多くの人に愛される理由が伝わってきた。
大会を重ねるごとに、坂本は“今”を確かめるように振る舞っていた。
演技はもちろん、セルフィーを撮り、製氷スタッフに声をかけ、観客席へ視線を送る。その一つひとつが、競技人生の残り時間を刻み込んでいるようだった。
迎えた、五輪選考を兼ねる全日本選手権。割れんばかりの声援を背に、坂本は彼女らしく滑り切った。
安定感のあるジャンプ、スピードに乗ったスケーティング。積み重ねてきた経験の厚みが、そのまま演技に表れていた。結果は5連覇。数字以上に、内容がそれを裏付けていた。
表彰式で、私は坂本を追い続けた。頬を伝ううれし涙と、坂本らしい笑顔。レンズ越しに見た彼女は、勝者として立っているのに、どこか肩の力が抜けているようにも見える。
その瞬間は、今年の坂本花織を象徴しているように映った。(記者コラム・宮崎 亮太)