サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニ…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、ほどけちゃうとプレーに参加できなくなってしまう、アレのお話。

■ノースパイクなら「ノーゴール」?

 ときおり、プレー中にシューズが脱げてしまう選手を見ることがある。たいていは相手にシューズを踏まれるなどして脱げてしまうようだが、恥ずべきことだと私は思っている。

 現在のサッカールール(サッカー競技規則2025/26)では、第4条「競技者の用具」の第2項「基本的な用具」に、「袖のあるシャツ」「ショーツ」「ソックス」「すね当て」とともに、「靴」が挙げられている。シューズ着用は、試合に出場する選手の義務なのである。シューズが脱げてしまったら、原則としてプレーに加わることはできないということになる。

 私の大好きな本『YOU ARE THE REF』(ポール・トレビリオン/キース・ハチェット著、英国Observer Books刊、2010年)には、こんな設問がある。

「あるストライカーが、プレーの小休止に乗じて、緩んだシューズを直そうとした。しかし、シューズを外した瞬間、ボールが突然自分のほうへ飛んできた。ストライカーはシューズを投げ捨て、スピードを上げて相手を抜き、ストッキングだけの足でボールをネットに叩き込んだ。ストライカーは喜びを爆発させたが、ディフェンダーたちは怒号し、彼が正しく用具を着用していなかったため、ゴールは認められるべきではないと主張した。あなたの判定は?」

 元国際審判員であるハチェットの解説はこうだ。

「ノーゴール。ケガの危険性を考慮する必要がある。この選手は明らかに危険な状態だった。試合再開はドロップボールで行う。(中略)選手がスパイクを脱いでいるのを見たら、すぐに笛を吹いてプレーを止めるか、プレーを続行するため、すみやかにフィールドから退出するよう指示しなければならない」

■シューズ着用が「義務」となったのは

 日本サッカーリーグ(JSL)時代の1974年に、珍しいゴールがあった。藤和不動産(後のフジタ工業、ベルマーレ平塚、現在の湘南ベルマーレ)のFW渡辺三男が、シューズが脱げたままプレーし、ゴールを決めてしまったのだ。

 このシーズンの第4節、4月29日に大阪の長居競技場で開催されたヤンマーディーゼル×藤和。開幕から負け知らずの2勝1分けで勢いに乗る藤和は、前半26分にセルジオ越後が振り向きざま、ヤンマー守備陣の頭上を越すシュートを決めて先制(セルジオは当時のJSLのレベルを凌駕する圧倒的なテクニックの持ち主だった)したが、ヤンマーも後半2分に釜本邦茂が左の角度のないところから左足で強烈なシュートを叩き込み、同点に追いつく。

 その後はヤンマーが猛攻。しかし、後半35分、藤和がカウンターをかける。ボールを持って突進したのは、この年に日本代表にデビューしたばかりの新星、20歳の渡辺。ヤンマー選手ともつれた際に左のシューズが脱げてしまったが、そのまま突進して、その左足を強振、決勝ゴールを決めてしまったのである。

 ゴールは認められた。この当時のルールでは、シューズは必須ではないと、明確に書かれていた。ただし、公式戦では、多くの選手がシューズを履いている中で、1人あるいは数人の選手が履かない状態を許してはならないとだけされていた。渡辺の場合は偶発的に脱げてしまっただけであり、まったく問題なく得点は認められた。この勝利で藤和は首位に立った。

 シューズ着用が「義務」となったのは、1989年のことである。しかし、その後も、偶発的にシューズが脱げた状態でプレーを続けても、違反とはならない。現在のルールでも、「競技者の靴やすね当てが偶発的に脱げてしまった場合、次にボールがアウトオブプレーになる前に、できるだけ、すみやかに着用させなければならない。着用する前に競技者がボールをプレーする、または得点をした場合、得点を認める」と明記されている。

Jリーグでも生まれた「靴なしゴール」

 渡辺の例に非常によく似たゴールが、2022年のJ2リーグでも生まれている。

 3月6日、第3節の大分トリニータ×横浜FC。横浜FCのFW山下諒也は左サイドを突破しようとして大分のDF小出悠太と競り合った際、右足のシューズが脱げてしまった。しかし、かまわずそのままドリブルで進み、中央にパスする。パスした後、山下は、はるか30メートルも後ろに残してきたままのシューズを一瞬振り返ったが、すぐにボールに目を戻しながら右足の足先のストッキングを少し直した。そこにボールが戻ってきた。

 ペナルティーエリアの左、山下はワンバウンドしたボールを胸でコントロールすると、ストッキングのままの右足でボールを小さく置き直し、右足でシュート。ボールは美しいカーブを描き、右ポストの内側に当たって決勝ゴールとなった。横浜FCは開幕から3連勝で首位を守った。

 1-1の状況から後半に生まれたビジターチームの決勝ゴール、チームを首位に導くゴールという面など、渡辺と山下のゴールは状況がよく似ていた。そして渡辺が着用していたのは、黒に白い3本線が入ったアディダスのシューズであり、山下のシューズは水色だったが、やはりアディダスのシューズだった。

 ただ、渡辺の場合にはシューズをしっかりと履いていなかったために脱げたのだが、山下の場合、ヒモはしっかり結んであったのだが、シューズのアッパー部分が破れたため、脱げたことが後にわかった。ベンチ前まで走って歓喜の輪に包まれた山下は、少し右足が痛そうな顔をしていたが、用具係が交換の白いシューズを持ってくると、すぐに履き替えてプレーに復帰した。

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