東京六大学野球のOBは、現役時代にどんなことを考えてプレーしていたのか。各世代のOBの方々にリレー方式で繋いでいただきならが、語って頂きます。今回は大須賀勉さんからご紹介いただきました、川島毅洋さんです!


・名前:川島毅洋
・出身校:立教大学(神奈川県立座間高校)
・卒業年度:2001年度(平成13年度)
・ポジション:投手
・卒業後の進路:スポーツニッポン新聞社
・現役時代の得意プレー:ランニング

 
——当時大学に入学された際、1番驚いたのはどのような点ですか。

 周囲のレベルの高さには驚きました。上級生の投手のブルペンの球の速さや変化球のキレは凄かったです。1学年上の投手に上野裕平さんがいて、入部してすぐにキャッチボールをする機会があって、凄いボールを投げていました。距離が離れても低い軌道でドーンという球を投げていて、〝自分には無理だな〟と思いました。上野さんは巨人にドラフト指名されましたし、1学年下には上重聡、多田野数人の投手2人もいました。球が速い投手がたくさんいて、自分は2年時にアンダースローに転向しました。当時の監督さんから「このままだと厳しいよ」と言われて、その日のうちに下手投げになりました(笑い)。3年生の秋に初めてベンチに入れてもらって、1試合ではありましたが、アンダースローで投げたので、変えて良かったですね。あとは初めての寮生活では驚きの連続でした。今となってはいい思い出ですが、1年生のころは4年生の先輩と同部屋でしたけど、先輩よりも先に起床する際には目覚ましの音を鳴らしてはいけないので、携帯電話を枕元に置いて寝てバイブの振動で飛び起きていました。慣れてくると、振動する直前に目が覚めるようになりました(笑い)。
 

——新聞社にお勤めという立場から様々な野球の試合をご覧になっていると思いますが、その中でも感じる東京六大学野球の魅力を教えてください。

 神宮球場でリーグ戦ができるのは東京六大学と東都大学リーグだけ。そこが一番の魅力だと思います。六大学は各校の対抗意識が強く、応援団の声援も盛り上がります。土日に試合ができて、あれだけのお客さんや応援の中で野球ができることは、他のリーグにはない部分だと思います。今の現役選手もそうだと思いますけど、各校のチャンステーマとかは何年経っても忘れないくらいですからね。

 
——母校以外で入部してみたいと思っていた六大学の野球部はありますか?

 自分は立教で野球がやりたかったので、他大学は全く考えていなかったです。浪人して大学に合格しましたが、高校3年生の時に六大学の試合を見に行って、その試合で投げていたエースの方が名鑑を見たら浪人した投手でした。格好いいなと。ここで自分もやりたいなと思いました。

 
——ご自身が現役だったころと比較して、いまの東京六大学野球や母校の野球部が変わったと感じることはありますか?

 一番の違いは部員数の多さですね。自分が現役の頃は4学年で70~90人くらいでしたが、今は200人近い部員がいる大学もある。立教は昔は全員が同じ寮で生活していましたが、今は一部の学生しか住めない環境です。あとは、数年前にアスリート選抜の入試制度が出来て、甲子園で活躍した高校生がどんどん入部するようになりました。名鑑をみれば、甲子園出場経験がある選手の方が多いです。昔では考えられなかったと思うくらい、出身高校の顔ぶれが変わりました。

 
——秋季リーグを終えた各大学の4年生に向けてメッセージをお願いします。

 野球に打ち込んだ4年間は、貴重な経験だったと思います。苦楽をともにした同期や先輩、後輩とは、卒業から何年経っても昔話で盛り上がれると思います。野球を続ける人も、そうでない人も、4年間で培った根性が必ず社会に出て役立ちます。