台風21号の接近に伴い、雨脚が強まる。しかし、レフェリーにその腕を高く掲げられ、喜びのあまりクシャクシャに顔を歪める村田諒太と、それを見つめる観客の胸の内は、きっと晴れ渡っていた。



日本人ふたり目の世界ミドル級王者に輝いた村田諒太

 試合開始のゴング直前、両国国技館の雰囲気は、どこか異常だった。

 殺気立つ詰めかけた観客。5ヵ月前の不可解な判定でアッサン・エンダム(フランス)に奪われたベルトを、村田が奪い返す瞬間を見るために会場を訪れたことは明らかだった。

 ただ、村田とエンダムを凝視する観客の視線は、コロッセウムで戦うグラディエーターたちを見つめる視線に似ているようにも思えた。生きて会場から出られるのは、ひとりだけ。試合終了のゴングが鳴ったとき、立っているのはどちらか一方だという予感と期待で国技館は膨れ上がっていた。

 村田自身も試合前、「やっぱり倒したいですね、正直」と語っている。

 その発言に、ある世界チャンピオンの言葉を思い出す。

「倒す距離に踏み込むというのは、倒される距離に踏み込むということ。勇気と覚悟が問われる」

 この日、会場に詰めかけた8500人は、新王者誕生の瞬間と、村田諒太の勇気と覚悟を見届けに来ていた。

 試合開始のゴングが鳴る。

 村田はガードを高く上げ、両ひじの隙間から不敵な笑みを浮かべ前進を続ける。前回の対戦で村田は序盤の3ラウンド、ほとんど手を出していない。細かく何度も放つジャブに、早くも村田の覚悟がにじんだ。気迫に圧倒されたか、クリンチを多用するエンダム。2ラウンド、前進を止めない村田の右フックがヒットし、早くも流れは村田に傾く。

 4ラウンド、KOの予感。村田のボディーがヒットし、エンダムがふらつく。5ラウンド、今度は村田の右ストレートがアゴを捕らえ、ふたたびエンダムはぐらついた。6ラウンド、右ストレートが顔面にクリーンヒットし、エンダムの腰が落ちる。7ラウンド、村田の連打にエンダムは防戦一方となっていく。

 8ラウンドのゴング直前、「続ければ大ケガになりかねない」とエンダム陣営から棄権の申し出があり、村田のTKO勝ちが決まった。

 WBA世界ミドル級新王者になった村田は、感情の赴(おもむ)くまま両腕を高く突き上げる。その表情は、間違いなく泣いていた。

 その泣き顔に、偉大な「カンムリワシ」具志堅用高の涙を思い出す。

 この日のセミファイナルは、比嘉大吾(白井・具志堅スポーツ)の初防衛戦だった。比嘉は今年5月、村田がエンダムに敗北を喫した日、WBCの世界チャンピオンになったフライ級の新星だ。ジム開設から22年、比嘉で世界を獲れなければ「ジムをたたむことまで考えた」と語る具志堅会長は、初めての世界王者誕生に、リング上で涙を隠さなかった。

「嬉しいときは泣くの。悔しいときに泣くのは偽物」

 半年後、今度は嬉し涙を村田が流した。

 しかし、勝利者インタビューで「初めて泣いている姿を見ました」とのリングアナの言葉に、赤い目をした村田は「泣いていません」と答えた。具志堅会長の言葉を借りるまでもなく、「泣いた」と言っていいはずだ。だが、村田がそう言わないわけが、すぐにわかる。

 村田はリング上で、まず「今回の試合のTシャツを買ってくれた方もいるかと思うんですけど、(胸部のロゴ)”Make This Ours”、みなさんで作った勝利です。ありがとうございます」と、ファンに感謝の言葉を述べ、こう続けた。

「高校の恩師が言っていたんですが、ボクシングは相手を踏みにじって、その上に自分が立つ。だから勝つ人間は、その責任が伴うんだと言われました。彼の分の責任を伴って、これからも戦いたい」

 日本人が世界ミドル級王座を獲得するのは、1995年の竹原慎二以来ふたり目。その快挙に酔いしれるだけでよかったはずのこの夜、村田の視線はすでにその先を見据えていた。だから、「泣いていません」と答えた。

 ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)の名こそ出さなかったものの、村田はさらにこう続ける。

「4団体あり、僕より強いミドル級のチャンピオンがいることもみんな知っていると思います。そこを目指してがんばります」

 村田が獲得したのはWBAミドル級の「正規王座」。しかし、WBA同級の「スーパー王者」であり、WBC、IBFの統一王者ゴロフキンが君臨することを知らないボクシングファンはいない。現在、アメリカのボクシング専門誌『リング』とESPNが選出するPFP(パウンド・フォー・パウンド=全階級を通じての最強ランキング)の1位――現ボクシング界の頂点にいるのがゴロフキンだ。

 村田の発言に、喉(のど)に刺さった小骨が取れた思いがしたボクシングファンは多いはず。村田の目標は、ベルトを獲ることではない。「世界最強に挑むこと」と、本人が宣言したのだから。

 試合後の記者会見。詰めかけた報道陣の数に、改めてミドル級のベルトの重みを知る。さらに、過去の日本人選手の世界戦では見たこともないほどのボクシング関係者、広告代理店、テレビ関係者の数が、村田が背負ったものの大きさを物語る。

 試合後、会場のあちこちで、こんな会話が聞こえた。

「村田、いい男だ」

 勇気と覚悟、試合でのパフォーマンス、そして勝利者インタビュー。そのどれもが輝いていた。つまり、この夜の村田諒太は、いいボクサーである前に、とてつもなくいい男だった。

 もちろん、村田が目指す頂(いただき)までの道のりは長く険しい。もし対戦が叶ったとしても、本人が認めるように、ゴロフキンは村田よりも強い……現時点では。それを承知で、村田は頂を目指す。

 その道程を思えば、5月の不可解な判定は、村田に遠回りを強いることになったと思う者もいるだろう。だが、それは違う。モハメド・アリはこう言っている。

「リスクを取る勇気がなければ、何も達成することがない人生になる。あまりにも順調に勝ちすぎているボクサーは、実は弱い」

 言い換えるなら、敗北の味を知る今の村田諒太は強い。