「時は来た!ドラフト指名を待つ男たち」

宮台康平 みやだい・こうへい
湘南→東京大
投手・左投左打・178センチ83キロ・1995年7月1日生(22歳)

 

 東大のユニフォームを着て戦う最後の秋、ついに念願を叶えた。10月7日・8日の法政大戦で宮台は、2試合続けて歓喜の瞬間をマウンドで迎えた。

 1回戦は先発し8安打2失点、2回戦は5点リードの6回から登板し9安打4失点の内容ながら、なんとかリードを守りきり連勝。東大に15年ぶりの勝ち点をもたらし、法大を連勝で破るのは実に89年ぶりという偉業を成し遂げた。この連勝には2戦17得点の東大打線も大きな要因ではあるが、宮台の存在が東大に「勝ち点獲得」の現実味を近づけて功績は計り知れない。

 1年秋に神宮デビューすると、その後は体重が約10キロ増えると球威も増していった。2年秋からは先発を任され、法政大戦で初勝利を挙げた。ただ、この頃はまだプロ野球選手という選択肢を尋ねる質問にも「全然現実的なビジョンではないです。ただ目の前の打者、試合に負けたくない。それだけです」と話していた。

 さらに風向きが変わってきたのは3年春だ。開幕戦で早大を相手に敗れるも、13奪三振を記録し、70年ぶりとなる東大記録を更新。立大戦では初完封、法大戦では完投勝利を挙げて2勝、防御率2・05の成績を残して、侍ジャパン大学代表入りも果たした。
 MLB予備軍と戦う日米大学野球では第3戦に先発し、2回3分の3を投げ1失点で敗戦投手となるも、自己最速となる150km/hをマークした。こうして宮台の存在は「東大」という枕詞が無くても、文句なしのドラフト候補になった。

 3年秋は左肩の炎症に悩まされ、その後左肩に負担の少ないフォームに改造するも奮わずに苦しいシーズンが2季続いたが、それでも宮台の心が折れることはなかった。
 最後の秋を前に進路を「プロ一本」に固めた。将来の夢を官僚などにも置いていたが、覚悟を持ち最後の秋に臨んだ。すると、9月16日の慶大戦では8安打2失点の内容で完投し3季ぶりの勝利を挙げた。そして法大戦に連勝すると、「東大に受かった時も嬉しかったが、それと同じくらい嬉しい。本当に達成感があります」と喜んだ。

 自らの腕で自身と東大に数々の功績を残してきた宮台。10月26日のドラフト会議でどんな評価が下されるのか。その先には、さらなる栄光を築く挑戦が待っている。

文・写真=高木遊