寝ても疲れが取れない、夜中に何度も目が覚める、眠りが浅い……そんな睡眠の悩み、抱えていませんか? 猛暑で寝苦しいことも重…

寝ても疲れが取れない、夜中に何度も目が覚める、眠りが浅い……そんな睡眠の悩み、抱えていませんか? 猛暑で寝苦しいことも重なり、慢性的な疲労や、日中のパフォーマンスの低下に悩んでいる人も少なくないかもしれません。

厚生労働省「国民健康・栄養調査(令和4年)」によると、睡眠で休養が十分に取れていないと感じる人は20%を超え、この割合は増加傾向にあります。その原因には、生活習慣、ホルモンバランスの乱れなどさまざまな原因があると言われていますが、実は不眠に悩む現代人の大きな要因は、ストレスによる“脳の疲れ”だそう。

例えば、「文字を読んでも頭に入ってこない」「食事を美味しいと感じない」「ぼんやりすることが多い」などの違和感を感じているようであれば、それらは脳が疲れているサイン。不眠の大きな原因になっている可能性があります。

脳の疲れとはどんな状態なのか、どう睡眠と関わっているのか、脳をどう休ませたらいいのか、日本初の「健康外来」を創設し、脳疲労専門外来の先駆者でもある横倉クリニック院長横倉恒雄先生に伺いました。実際にクリニックで使われている脳疲労度テストも併せてご紹介します。

現代人の脳は常にオーバーワーク

近年、不眠に悩んでいる方は増えているのでしょうか?

「よく眠れない、疲れが取れないといった悩みを抱えている患者さんが年々増加しているように感じています。全国健康保険協会(富山支部 令和6年9月)による調査では、アテネ不眠尺度※で不眠の疑いがありと判定された人が51.9%、さらに不眠傾向ありも合わせると約70%に達するという報告もあります」
※不眠症の重症度を評価するための世界共通の尺度。

なぜ、眠れない人が増えているのでしょうか?

「不眠の大きな原因となっているのが、実は“脳の疲労”です。スマホの普及やSNSなどへの依存、リモートワークの普及によるオンとオフの切り替えの難しさ、AIや検索エンジンによる情報供給の加速などにより、常に膨大な量の情報に囲まれ、脳が休まらず、多くの人がオーバーワークの状態になっています。さらに責任世代は、仕事や人間関係、介護、育児、経済的負担によるプレッシャーなどが重なり、慢性的に強いストレスにさらされている人も多いのではないでしょうか。こういったことが、現代人の脳をどんどん疲弊させ、不眠を引き起こしていると考えられます」

疲れが取れないのは「脳疲労」が原因かも。専門家に聞いた、脳の疲れを回復させる方法

不眠・だるい・やる気が出ないは脳が疲れているサイン

脳が疲れていると、どのようなサインが現れるのでしょうか?

「脳が疲れていると、体がだるい、やる気が出ない、すぐイライラする、ぐっすり眠れないなどのサインが現れます。まずは、クリニックでも使用している下記の『脳疲弊度テスト』を行って、ご自身の脳の疲弊度をチェックしてみてください」

「21〜30点の人は重度・疲弊、11〜20点の人は中等度・疲弊、0〜10点の人は軽度・疲弊の可能性があります。とくに中等度疲弊以上の人は、不眠などの影響が出ている可能性が高く、注意が必要です」

脳を疲労させる原因は過剰なストレス

実際、“脳の疲労”とはどのような状態なのでしょうか。

「脳の疲労のいちばんの原因はストレスです。過剰なストレスがかかると、理性をつかさどる大脳皮質がオーバーヒートし、脳に大きなダメージを与えます。すると、ストレスを必要以上に大きく不快なものと感じるようになり、自律神経を緊張させ、脳の疲労を深刻化(疲弊脳)させます(下記イラスト・右)。

一方、大脳皮質に余裕があれば、ストレスをキャッチしても、ストレスを小さく軽いものと感じるため、自律神経に影響を及ぼすことはなく、“健幸脳”を維持できます(下記イラスト・左)。

特に脳の疲労と密接に関わっているのが、体の動きを24時間自動で調整している自律神経です。

自律神経には交感神経と副交感神経があり、緊張やストレスを感じた時には交換神経(活動モード)が優位になり、リラックス時や睡眠時には副交感神経(休息モード)が優位になります。この2つがバランスよく切り替わることで、心も体も健康を保つことができます。 

ストレスを感じると、交感神経が優位になり血圧の上昇や呼吸が速くなるといった体の変化がおこります。脳が正常に働いていれば、次に防衛反応が働き、副交感神経が作動して、交感神経の緊張が弱まり休息モードに切り替わります。

しかし、過剰なストレスがかかり続けて脳が疲れていると、副交感神経が作動しても交感神経がうまくオフにならず、交感神経と副交感神経が同時に働き続け、緊張状態がエスカレート。さらに脳が疲弊するという悪循環に陥ってしまうんです。つまり、脳も体も、活動モードから抜け出せなくなるということです。

ぐっすり眠るためには、副交感神経を優位にする=休息モードに切り替える必要があります。これを正常に作動させるためには、日常生活の中で、活動モード(交感神経)と休息モード(副交感神経)のスイッチを、意識的に切り替える習慣をつけることが大切です」

最近よく聞く「自律神経」とは?自律神経が乱れる原因と整える方法[医師監修]

脳を休ませるカギは五感にあり

とはいえ、ストレスをなくすのはなかなか難しいものです。そんな中でも、どのようなことを意識すれば、脳のスイッチを切り替えつつ、脳を休ませることができるのでしょうか?

「毎日の生活の中で、五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)を意識的に刺激するように心がけてみてください。五感の感覚器はすべて脳に直結していて、眠りの質を左右する根本は、五感の働きにあるのです。 五感を通して脳で『快』を感じられれば、ストレスも自然と小さく感じられようになっていきます。

最近は、睡眠アプリやAI搭載スマート寝具、リカバリーウエアなど、テクノロジーを活用した高機能な不眠対策グッズが登場しています。こうした便利なツールに加えて、脳が感じる“五感”から眠りの質を整えることも意識してみてください」

毎日のルーティンにしたい五感療法

不眠解消に大切なのは、五感を心地よく刺激し、自律神経を整え、交感神経と副交感神経の切り替えをスムーズに行える脳を取り戻すこと。では具体的にはどのように五感を刺激するのがいいのでしょうか?

「大切なのは、脳が疲弊する前に、生活の中でこまめに五感を刺激しスイッチを切り替える習慣をつけて、脳に心地よさを与えること。

ガマンは極力せずに、小さなことでいいので、自分が好きだと思える、心地よいと感じることを、少しずつルーティンにして取り入れていきましょう。

例えば、忙しい時こそ、ちょっとした合間に部屋の窓から景色や空を見てみたり、仕事からの帰り道には直帰せず本屋やカフェに寄り道したりするなど、短時間でいいので、ふっとリラックスできる自分だけの時間をつくってみましょう。

こまめに五感を刺激して脳にご褒美をあげると、脳疲労の回復が促され、元気な脳をキープできるようになっていきます。その積み重ねが快眠につながっていくのです。

ここからは、脳に心地よさを与え五感を刺激する実践例をご紹介します。自分が心地よい、やってみようと思うものを見つけて、ぜひ取り入れてみることをおすすめします」

1.視覚

部屋の窓や電車の窓から見える景色や空、道端に咲いている花など、自然を見て感じる時間を、意識的につくリましょう。

横断歩道で信号待ちをしている時間だけでもいいんです。自分が好きな風景や動物の写真などを身近に置いて、数分眺めてみるのもいいでしょう。脳が疲弊していると、そういったことにも気付きにくくなってしまいます。

2.聴覚

風の音や鳥の鳴き声などに耳をすましてみましょう。休憩時間、移動時間などに、好きな音楽を聴くことに集中する時間をつくるのもいいですね。

3.触覚

タオルなど肌に直接触れるものは、実際に触って心地よいと感じるものを選び、積極的に取り入れてみましょう。脳が「気持ちいい!」と感じることが大切。人の肌に触れたり、動物をなでたりするのも◎。

ご存じの方も多いと思いますが、スキンシップは“オキシトシン”という幸せホルモンの分泌につながり、心を癒してくれます。

愛情ホルモン「オキシトシン」を増やすには?専門家が教える簡単な方法

4.味覚

現代人は、ついつい時間に追われ急いで食べたり、健康という観点で食べるものを選んだりしがちです。

1日1回でいいので、時間やカロリー、栄養バランスを気にしすぎずに、自分が本当に食べたいと思うものをじっくり味わって食べる時間をつくリましょう。食べることは、五感をフルに使う絶好の機会でもあります。

スマホやテレビを見ながら何となく食べずに、色や形、温度や食感なども感じながら美味しく食べることで、脳が満足して余裕が生まれ、“疲弊脳”が“健幸脳”に戻っていきます。

5.嗅覚

“自分がいい香りと感じる”洗顔料やボディソープ、入浴剤などを使いましょう。

眠りにはこの香り、人気があるのはこれ、といった情報で選びがちですが、自分の脳が本能的に心地よいと感じる香りを選ぶことが大切なんです。

自分の好きな香りのルームミストを用意して、仕事中の気分転換をするのもいいでしょう。

「仕事、人間関係、介護、育児、家事、経済的不安など、ストレスフルな世の中だからこそ、忙しい毎日の中でほんの数分でも構いません。五感を使って自分に優しく、脳が喜ぶことを取り入れる習慣を身につけて。だんだんと健康脳になり、ぐっすり眠れるようになるでしょう。

また、専門医に相談してみるのもひとつの手。ただし、薬はあくまで、よく眠れるようになるまでの杖のような役割であり、根本的な改善にはつながりません。自分にしっかり寄り添って、根本的な改善策を一緒に探ってくれる専門医を見つけましょう」

まとめ

現代人は、常に多くの情報に囲まれ、多くのストレスを感じ、脳が休まらず、知らず知らずのうちに疲れてしまっています。そのうえ、眠るために「〇〇しなければいけない」「〇〇してはいけない」というプレッシャーは、さらに脳にストレスを与えてしまうため逆効果です。

眠ることを考えすぎず、日常の中で五感を心地よく刺激して、隙間時間にほんの小さなことでいいので好きなことを取り入れる。そんな風に脳のスイッチを切り替えながら生活をする習慣こそが、自然な眠りへの近道だと横倉医師は話します。

自分に合った五感療法を取り入れつつ、脳に心地よさを与えて、ぐっすり眠れる脳にしていきましょう。

プロフィール

横倉恒雄先生

横倉クリニック(東京.田町)院長。心療内科・内科・婦人科医。慶應義塾大学医学部産婦人科入局。東京都済生会中央病院産婦人科に勤務、同病院にて日本初の「健康外来」を創設。病名がない不調を抱える患者さんにも常に寄り添った診察を心がけている。クリニックで行っている講座も好評。著書に『脳疲労に克つ』『今朝の院長の独り言』他。クリニックで行っている講座も好評。 https://yokokura-clinic.com/

<取材・文/ 入江 由記>