サッカーから、最も醜いシーンが排除されることになるかもしれない。審判への執拗な抗議を抑制するルールが、欧州選手権でテストされたのだ。このルールとサッカーの展望を、サッカージャーナリスト大住良之が考察する。 ■キャプテンの「アームバンド着用…

 サッカーから、最も醜いシーンが排除されることになるかもしれない。審判への執拗な抗議を抑制するルールが、欧州選手権でテストされたのだ。このルールとサッカーの展望を、サッカージャーナリスト大住良之が考察する。

■キャプテンの「アームバンド着用」はマスト

 EUROでは、厳密な形ではないが、この方法が取られている。大会前に出場チームに通知し、キャプテンのみがレフェリーに質問など話ができること、キャプテン以外の選手が近づいたときには罰せられることを伝えた。

 しかし、これはあくまで「試行」してもいいということで、ルールが改正されたわけではない。ルールの試行というのは、それをやってみようという競技会(リーグや大会)が、各国協会を通じて参加をIFABに申請し、IFABの許可を得なければならない。したがって、そういう手続きを踏んでいない試合で、キャプテンだからといってレフェリーに質問をする権利を主張するのは見当違いだ。

 実は、その前段階として、2024/25のルールでは、非常に些細と思われる改正が行われている。その改正は、第3条(競技者)と第4条(競技者の用具)にまたがっている。チームには、アームバンドをしたキャプテンを置かなければならず(第3条)、またキャプテンはそれを示すアームバンドを着用しなければならないというものである。なお、2024/25ルールの公式な日本語訳はまだ発表されていない。英語版は、IFABの公式サイト(https://www.theifab.com)からダウンロードできる。

■国際Aマッチでも国内上位2リーグでも…

 2023/24までのルールには、「キャプテン」についての言及はあるものの、その内容は実にあいまい模糊としたものだった。

「チームキャプテン:チームのキャプテンは、なんら特別な地位や特権を与えられているものではないが、そのチームの行動についてある程度の責任を有している」(第3条第10項)

 今年初めて認められた「キャプテンオンリー」の試行が好結果を生むなら、来年のルール改正で採用される可能性は大きいのではないかと、私は考えている。EUROでの「試行」が、大きな後押しになるのではないだろうか。

 ところが、ひとつ問題がある。

 3月22日の「回状」には、「この試行は、国内上位2つのリーグ、または各国の『A』代表のチームが関わらない競技会でのみ実施できる」と書かれている。JFAによるこの部分の日本語訳は直したほうがいい。このままだと「国内上位2つのリーグ」は実施できると読めてしまうからだ。英語の原文を読むと、国際Aマッチでも、国内上位2リーグでも実施できないと、明確に書かれている。いずれにしろ、このままなら、当然、各国代表チームが出場するEUROでは実施できないはずなのだ。

 しかし、欧州サッカー連盟(UEFA)は、5月にこの方式をEURO2024ドイツ大会で使用することを決めて発表、ごらんのとおり、堂々と使ってしまったのである。それだけでなく、好感触を得たことで、7月5日には、これから始まる新シーズンのUEFA主催の全大会で使用することを発表した。

■行かない、取り囲まない=「非常に良い」

「新しいアプローチ実施の結果は、良好と言える。レフェリーはキャプテンに必要な情報を与え、キャプテンは非常にポジティブな態度でそれに応えている」

 UEFAの審判部長であるロベルト・ロゼッティ(イタリア)は、7月5日に行われた記者会見でそう話した。

「他の選手のやるべきことは簡単だ。レフェリーのところに行かない、取り囲まない。だから、これはサッカーにとって非常に良い方法なのだ」

「今大会では、このルールを守らなかった選手に対して罰則を下したこともあった。今は新方式に移り変わる時期だが、われわれのもとには、いくつもの加盟協会からこの試行に加わりたいという要望が寄せられている」

 UEFAのことだから、IFABの通達を無視したということではなく、なんらかの了解を得ての今大会での実施だったに違いない。ただ、それに対してIFABからのアナウンスは何もない。

 UEFAが先走ってサッカーのルールを変えてしまった(それができるのはIFABだけのはずだが…)「キャプテンオンリー」。しかし、現在の世界のサッカーの「パワーバランス」を考えれば、来年のIFAB年次総会で正式に「ルール改正」として認められる可能性が高いと思われる。

 Jリーグでも、近年、PK、得点、退場など重大な判定で、理解しにくいと思われるときには、レフェリーが選手に説明するシーンが見られるようになった。それは、ルールがどうなっているかに関係なく、人間と人間として、あってしかるべき行為でないかと思う。

 レフェリーがキャプテンというチーム内で認められた存在と話し、そのキャプテンがレフェリーの最終決定を尊重してチームメートに伝えることで、「サッカーで最も醜いもののひとつ」を撲滅できるなら、このルール改正を否定する理由はない。

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