早大に活気を与える走りを見せる伊福(左)と工藤 photo by Wada Satoshi 早稲田大が春先から、いや新チームとなった直後から調子がいい。他の学生駅伝強豪校に比べて少人数集団ではあるが、個々がトラック、ロードと結果を残し、スク…


早大に活気を与える走りを見せる伊福(左)と工藤

 photo by Wada Satoshi

 早稲田大が春先から、いや新チームとなった直後から調子がいい。他の学生駅伝強豪校に比べて少人数集団ではあるが、個々がトラック、ロードと結果を残し、スクールカラーの臙脂(えんじ)の存在感を発揮している。

 その象徴的な存在が伊福陽太(4年)と工藤慎作(2年)だ。彼らの活躍がチームに活気を与え、エース級のみならず、力のあるルーキーたちにも好影響を与えている。

 今年の早稲田大学は、要注目だ。

【エースとしての地位を築いた山口】

 名門再建を託された花田勝彦駅伝監督が就任し、早稲田大学は3年目のシーズンを迎える。

「チーム全体の流れとして悪くはない」

 新年度を迎える直前に今季の駅伝主将を務める伊藤大志(4年)がこう話していたように、今年の箱根駅伝後は早稲田の選手たちの活躍が目立った。

 その筆頭は大エースに変貌を遂げようとしている山口智規(3年)だ。昨年度は三大学生駅伝ですべて2区を走り、出雲駅伝が区間3位、全日本大学駅伝と箱根駅伝が区間4位と、他校のエース格と渡り合った。特に箱根では8人抜きの快走で、渡辺康幸(現・住友電工陸上競技部監督)が持っていた2区の早大記録を29年ぶりに塗り替えた。

 そして、2月の日本選手権クロスカントリー(クロカン)を制すと、3月の世界クロカンで臙脂(えんじ)のエースはついに世界の舞台に立った。

「2025年の東京世界選手権を目指す」

 かつてはどこか夢物語としてそんな言葉を口にしていたが、今では現実味を伴う。

 駅伝でももちろんチーム目標を成し遂げるために、自分の役割を果たすつもりだ。

「上級生が結果を残せているのと、1年生にも面白い存在が多いので、早稲田の課題である層の薄さが改善できれば、駅伝シーズンも楽しみなチームなんじゃないかと思っています」

 山口が現況をこう説明するように、この冬から春にかけて活躍が目立ったのは山口だけではなかった。

【最年少"サブ10"を成し遂げた伊福】



初マラソンで早大記録を更新した伊福陽太

 早大が駅伝で結果を残すときには、指定校推薦や一般入試を経て入部した"一般組"の存在が欠かせない。その一般組からは伊福陽太(4年)が特筆すべき活躍を見せた。

「もともと長い距離が得意。大学生のうちにマラソンを走ってみようという話を花田さんからされていました。自分でも、トラックの5000mや1万mよりも向いていると思っていたので、やってみたいと思っていました」

 こう話す伊福は、2月11日に開催された延岡西日本マラソンで初マラソンに挑むと、東洋大のエース・梅崎蓮や実業団勢を破って、学生歴代6位(当時)となる2時間09分26秒の好記録で優勝を飾った。前年は先輩の佐藤航希(現・旭化成)が制しており、早大勢として連覇になった。また、21歳1カ月でのサブ10(2時間10分切り)は日本人史上最年少という快挙だった。

「30km以降もしっかり先頭集団で上位争いができる大会だと思ったので、出場しました」と言うように、記録よりも勝負に重点を置いていた。その言葉どおり、先頭集団でレースを進めていた伊福は、25kmでペースメーカーが外れると、思いきり勝負を仕掛けた。そして、そのまま逃げきって優勝を果たした。タイムはその副産物。伊福にとっても想定以上だった。

 ちなみに、このマラソンの記録は早大記録となる。

「いずれ更新されると思いますが、早稲田の歴史に自分の名前を残すことができてうれしいです」

 瀬古利彦、渡辺康幸、佐藤敦之らが在学中にマラソンに挑み、その後、オリンピアンとなったが、伊福はレジェンドたちの記録を一気に飛び越えたというわけだ。

 伊福は陸上競技の名門、京都の洛南高校出身。1学年上には東京五輪3000m障害7位の三浦龍司(SUBARU)、1学年後輩には現在の学生長距離界を代表する佐藤圭汰(駒澤大3年)がいる。「そういった強い選手との差は毎日意識させられた」と言い、結局高校3年間は駅伝のメンバーに選ばれることはなかったが、「いつかは彼らと同じ土俵で勝負したい」という思いを持ち続け、指定校推薦で早大に入学した。

 大学に入ると走る距離が伸び、タフさが持ち味の伊福は次第に頭角を現す。そして、2年目で箱根駅伝のメンバーをつかみとり、8区を走った(区間10位)。

 だが、3年目のシーズンは思わぬ辛酸をなめた。アンカーを任された昨年11月の全日本大学駅伝で脱水症状に陥るアクシデントに見舞われる。チームはシード権争いの真っ只中にあったが、結局10位に終わりシード権を逃した。

 そこから再起し、今年の箱根駅伝では8区5位と好走してチームのシード権獲得に貢献。そして、延岡でも快走を見せた。

 それでも、伊福の胸の内にある靄(もや)が晴れたわけではない。

「今年は、全日本は予選(関東地区の選考会/6月開催予定)からですが、去年自分が取りこぼしたので、しっかり走らないといけない。箱根もありますが、一番は全日本のアンカーを走りたい。去年のリベンジに向けてやっていきたいです」

 チームは箱根駅伝総合3位という目標を立てている。その前に、伊福は昨年悔しさを味わった舞台で雪辱を期している。

 4月6日の六大学対校ではオープン参加で5000mを走り14分18秒25とまずまずの走りを見せた。

「マラソンの疲労はそんなに感じなかったんですけど、試合になるとそんなに動かないなと感じていました。でも、それなりにはまとめられました」

 新シーズンは上々の滑り出し。5月の関東インカレはハーフマラソンに出場し、7月には将来を見据えてゴールドコースト(オーストラリア)で再びマラソンを走る予定だという。

「一般も推薦も関係ない。駅伝シーズンは、全部の駅伝でチーム目標を達成できるように、区間賞争いができる選手になりたいです」

 ロードでさらにタフさに磨きをかけ、駅伝シーズンも活躍を誓っている。

 一般組では伊福のほかにも、2年連続で箱根のアンカーを務めた菅野雄太も計算が立つ。また、宮岡凜太、草野洸正、和田悠都といった選手も虎視眈々と駅伝メンバーの座を狙い、力をつけてきた。駅伝で戦うために、少数精鋭の早稲田では、一般組も欠かすことができないピースなのだ。

【Profile】伊福陽太(いふく・ようた)/2002年12月23日生まれ、京都府出身。洛南高(京都)―早稲田大4年。箱根駅伝には過去2年、8区で出場し、それぞれ区間10位、5位の走りを見せたが、個人としては昨季の全日本大学駅伝のアンカー(8区)として脱水症状となり、区間19位になった悔しさを晴らすことを目標にしている。自己ベストは5000m14分07秒53、10000m 28分55秒78、ハーフマラソン1時間2分50秒、マラソン2時間09分26秒。

【"山の名探偵"工藤は2年目も順調に成長】



成長曲線を描き続ける2年目の工藤慎作

 下級生では2年生の工藤慎作がひと皮剥けた成長を見せようとしている。

 今年の箱根駅伝では、早大の課題だった5区・山上りで区間6位と好走。花田監督が命名した"山の名探偵" (メガネをかけて走る風貌が漫画『名探偵コナン』を連想させたのが理由)のニックネームがX(旧Twitter)のトレンドに上がるほど話題にもなった。だが、この活躍は長いトンネルから抜け出した先にあった。

 工藤は早大に入学して早々に1万mで28分30秒台を連発し、関東インカレでは他校のエース格と渡り合って6位入賞を果たした。「"1年生にもかかわらず、こんな成績を残せた"と言われますが、それで満足していてはダメ。学年に関係なく、強い人たちにトライしていきたい」と頼もしいコメントも残している。

 夏合宿も順調にこなし、駅伝シーズンは即戦力として活躍が期待された。しかし、その期待の大きさに反して工藤は不調に陥ってしまう。出雲は4区9位、全日本は4区13位と振るわず、前半戦の勢いが萎んでしまった。工藤自身も自信を失い、箱根に向けては「今年は間に合わないかも」と弱気な発言を漏らしていた。

 しかしながら、箱根でも工藤に出番が回ってきた。箱根を前にエース格の石塚陽士(3年)の調子が上がらず、5区経験者の伊藤を平地の区間に起用したいというチーム事情があったからだ(結局、伊藤は直前のインフルエンザで欠場したが)。

 工藤は高校時代、全国高校駅伝では上り基調の3区で、2年時が区間6位、3年時が区間5位と2年連続で好走しており、上りには得意意識があった。急ピッチではあったが、山上りの準備を始めたことが工藤にとって再起のきっかけになった。

 工藤のポテンシャルはまだまだこんなものではないと思うが、秋の不調を思えば区間6位という結果は、上々の箱根デビューといえるだろう。

 そして、3月の日本学生ハーフマラソン選手権では平地でもその能力を示した。

「2週間前ぐらいに、だいぶ疲労が溜まっていて欠場も考えていました。1週間ぐらい全然練習ができず、復帰の途上でのレースだったのでノープラン。着順もタイムも目標は設けていなくて、今回は最後の5kmをビルドアップして上げていくことを意識していました」

 そんな言葉とは裏腹に、12km過ぎには自ら仕掛けて先頭に立つなど、積極的なレースを見せた。終盤は國學院大の青木瑠郁(2年)に独走を許したものの、工藤は1年生ながら3位に食い込む健闘を見せた。

「だいぶ自信になりました。箱根の山で注目してもらいましたが、山だけじゃない。こういうレースで力がちゃんとついているのを確認できました」

 工藤はレースを振り返った。

 自信を取り戻し、大学2年目のシーズンはいっそう高い目標に挑むのかと思いきや、工藤は意外な言葉を口にする。

「今年は、目標は立てずに気楽に行きたいです。目標を定めてしまうと、昨年の出雲や全日本みたいに空回りしてしまうこともあるので、その都度目標を選択していけたら。意外と考えないほうがうまくいくかもしれません」

 自分なりに結果を出す方法を会得しつつあるのかもしれない。ちなみに、出雲と全日本ではサングラスをかけていたが、「サングラスだと成績が悪かったので」と、箱根以降のレースは普通のメガネに戻してレースに臨んでいる。

 とはいえ、工藤は箱根の5区にはこだわりを持つ。

「(この1年は)上りに向けてやっていけたら」

 気は早いが、来年の箱根駅伝では"山の名探偵"は、さらなる難題を解決してくれそうだ。

 ルーキーでは、5000mで高校歴代5位(13分34秒59)を持つ山口竣平が、さっそく活躍を見せている。また、中距離を得意とする吉倉ナヤブ直希、立迫大徳は、東京六大学対校でそれぞれ1500m、800mを制した。ともに長距離ブロックに所属し箱根駅伝をも視野に入れている。

 各学年に軸となる選手がおり、少人数ながら戦力が充実しつつある。春先の勢いが続けば、早大は今季の駅伝シーズンをかき回す存在になるかもしれない。

【Profile】工藤慎作(くどう・しんさく)/2004年11月10日生まれ、千葉県出身。八千代松陰高(千葉)―早稲田大2年。大学1年目の昨季は三大駅伝すべてに出場し、箱根駅伝では5区区間6位と好走し、往路順位を一つ上げる5位に貢献した。自己ベストは5000m 13分56秒60、10000m28分31秒87、ハーフマラソン1時間02分29秒。