公立高校の出場数が今大会は過去最少(8校)となった。公立校の中でも伝統を誇るのが、いわゆる”ナンバースクール”だろう。今大会でいえば、この2校がそれに該当する。

 1798年に藩校として始まって、1899年の中学校令によって滋賀県第一中学校となったのが今の彦根東。1898年に開校、福岡県で第一号の県立中学となったのが今の東筑だ。

 初日に登場したこの両校は、各界に多くの人材を輩出してきた進学校でもある。こういう公立の進学校が野球で甲子園に出場するのは、極めて難しい時代であることは説明不要だろう。



開幕戦でサヨナラ勝ちし、誇らしげに校歌を歌う彦根東の選手たち

 強豪私学のような専用グラウンドなんて、ある方が珍しい。勉学重視で練習時間は少ない。それでも野球はやりたい。その両方をきわめるために、どうやって日々取り組んできたのか。

 勝敗の結果から言うと、彦根東は開幕戦を9回逆転サヨナラで勝ち、東筑は3ランと2ランの2本のホームランを浴びて力負け。明暗が分かれた。

 開会式直後の第1試合、彦根東は2年生エースの増居翔太が粘りの投球で完投したのが大きな勝因だ。「気持ちのこもったいいピッチングだった」と村中隆之監督は絶賛した。その陰の立役者がキャッチャーの條野正宗だった。

「うちはキャッチャーの子が賢いんでしょう。2年の増居をよくリードしました。打者をはぐらかしてピッチングを組み立てることができる。観察力が鋭くて説明することもできる。こういうことをやったらどうなるのかと、試行錯誤もします。増居はサインに首を振らない。理解力がお互いに高い。普段からそういう野球なんです」とは松林基之部長の評だ。

 クレバーなプレーもあった。相手のセンター前ヒットで、打者が一塁をオーバーランしたところで、ファーストが前に出て一塁が空いていると見せかけて、キャッチャーがカバーをするトリックプレー。対戦相手の波佐見(長崎)は引っかからなかったが、観衆をうならせるシーンだった。

 彦根東は国宝である彦根城の堀の中に敷地があり、グラウンドは広くない。週に2回ほど、バッティング練習は近隣の室内練習場を借りる。

 練習でのキーワードは集中力。そこに判断力が加わる。それがすべての行動につながっていく。村中監督は言う。

「野球に限ったことではなく、普段の生活の当たり前のことを当たり前にやる。文武両道と言われますけど、自主的にやらなければいけないことを把握して行動する。打てたか、投げられたかは目的ではなく、集中することが練習の目的。そうやって日々の生活をさせている。それは判断の練習です。判断は野球のなかだけではない。日常生活で正しい判断ができるかです」

 こうして人間形成がされていく。

 滋賀県有数の進学校。学校の定期試験が年に5回。実力テスト、校外模試、休み明けテストなどもある。

 赤点だったら、土日など1日練習の日も午前中は勉強をさせる。部で教室を確保するのだという。

 ちなみに、学校全体で昨年度の進学実績は東大1人、京大8人、阪大11人など国公立大に154人の合格者を出した。

 チームのなかで優秀なのはセンターの太田剛志、レフトで3番を打つ高村真湖人。2年生では増居。「始業時間の1時間前に来て勉強をします。その時間は集中してやれる」と高村。ファーストの吉本孝祐は大会期間中、「宿題はないから課題を見つけてやっています」と言う。

「僕が高校生の頃より勉強の意識は高い。昔は朝練があったけど、朝勉強はなかった。今は、勉強は勉強、野球は野球と集中してやる」と松井部長。それは学校の方針でもある。

「ブレークスルー」──監督が夢のなかで誰かと会話した言葉だそうだ。壁を突き破る。「歴史的な1勝になりました」と村中監督も歓喜した。夢が正夢になった。2回戦で青森山田に敗れはしたが、彦根東野球部の歴史は確かに甲子園に刻まれた。

「伝統校のプライドで言うなら、野球に関してはないので、築いていかないといけないなと思います」。松林部長はスタンド下のインタビュー控え室で嬉しそうに語った。

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 一方、10対4で済美に打力の差を見せつけられた東筑。今年は甲子園で勝つことはできなかったが、山本哲也部長は「福岡県の公立で夏の甲子園に出たのは、ここ30年でうちだけです」と胸を張る。1987年と1996年と今年の3回だ(東筑は通算では6回)。

 東筑は小倉高校と並ぶ北九州の雄といえる存在だ。ちなみに小倉は2度の全国優勝経験があるが、1956年以来、夏は出ていない。小倉とはライバル関係にあり、野球の定期戦もある。学校行事で、全校応援で臨むそうだ。

 東筑の進学実績は、去年、京大8人、阪大4人、北海道大4人、九州大59人など、国公立大209人の合格を誇る。

 ただ去年、東大合格者はゼロだった。他の大学も合格者が少なくて、例年よりかなり芳しくない実績だったそうだ。

 東筑の場合、夏休み中も7月いっぱいと8月16日から午前中に課外授業があるという。それは夏の県大会がある野球部も例外ではなく、6年前、県大会の決勝戦に進出した時は、午前中の課外授業を受けてから試合に臨んだそうだ。当時のピッチャーが普段通りのリズムで臨みたいと言ったというから、課外授業が当然のこととして染みついている。

 試験は定期考査が5回、課題考査が3回、校外模試が5回など。定期考査は進級に関わるので最重要となる。

 彦根東と違うのは、赤点をとってしまった場合だ。過去の監督はダッシュさせたり、草むしりさせたりもあったというが、青野浩彦監督は特にお咎めなし。

「『勉強しろよ』というのは学校が言うから。僕は野球をしっかり考えなさいと言います」と青野監督はさらりと流す。

 東筑には推薦入学もある。年によって異なるが、生徒会活動などあらゆる分野を含めて1学年320人の1割程度。強化指定のクラブがあるわけではないので、バレー、柔道、剣道、卓球などいろんな競技も含まれる。囲碁で入学した生徒もいて、先日、全国で4位になったそうだ。もちろん、一芸に加えて学業の成績は必須で、内申点と作文と面接で決まる。

 野球部の場合、勉強もできて、甲子園を目指したいという子が興味を持ってくれる。来年が120周年ということで、現在の2年と1年は多めに取ることができた。野球部には3学年で30人弱の推薦組がいる。

 ただし、推薦制度があるから勝てるのかというと、そんなことはない。1回戦の先発スタメンの中でキャッチャー、サード、ライトの3人が一般入学組だった。入ってしまえば、一般と推薦のクラス分けもなく、勉強の課題もまったく同じだ。

 甲子園で控えだった山本悠可は一般組。ゲーム後に「京大工学部を目指している」と宣言した。「勉強も野球も集中してやってこられた」と充実した日々を明かす。「山本が京大狙うって言ったんだってな」と青野監督もみんなの前で豪快に笑った。

「あいつは勉強もやれる東筑で野球がしたいと言って、校区じゃないところから通学している。キャッチャーの北村(謙介)もそうですよ」

 去年の野球部卒業生は、九州大、神戸大、北海道大など、多くの国公立大に進学した。

 専用グラウンドもなく、普段の練習はどうしているのか。

 平日午後の練習時間は6時限授業の日が4時半から、7時限授業では5時過ぎからで、8時には完全下校になる。グラウンドはラグビー部などと共有で、平日に全面を使えるのは月曜、金曜のみ。水曜は6時から、火曜と木曜は半面しか使えない。「照明がないので秋はすぐに暗くなる」と青野監督は苦笑いだ。使える面が狭い日のバッティング練習はバックネットに向かって打つ。広く使える日にはボールが見える限り、とことん打ち込む。そのメリハリがいいのだという。

 福岡県大会の決勝戦、「バッテリーの息が合ってきた。お前たちふたりで考えてピッチングを組み立てなさい」と青野監督は指示した。「僕がサインを出すと間違うから」と笑うが、選手がこれまで育(はぐく)んできた自主性に任せたのだ。「決勝戦は僕からのサインがなかった。いい配球をしていました」と喜ぶ。

 青野監督が続ける。

「僕は口うるさく言いません。勉強のことは学校が言ってくれますし、僕は野球を教えるだけ。野球でうまくなって根性とかが芽生えればいい。生活面で言うことはあるけど、野球も押しつけてないし、怒らないですね。野球が好きで野球小僧みたいになれよと。野球は楽しまないとだめ。苦しんでやるもんじゃない。それが原点です。負けて悔しいから努力する。勝つためにさせられるのは違うだろ、って思ってやっている」

 任された子どもたちの独立心はすでに育っている。青野監督は言う。

「口うるさく言わないのは、みんな相応に動きますから。自由なところは自由でいい。時間が限られているのに闇雲にやってもうまくならないから」

 だが、甲子園で勝つことはできなかった。青野監督は、豪快な打力のチームに思いを馳せる。

「済美みたいにホームランをガツンと打てる。すごいなぁ、こんな選手が育たないかな、こんなチームにできないかなと(笑)。時間がないのに細かいサインプレーに時間を割くくらいなら、シンプルに打つことと守ることに集中する。強いチームはシンプルですよ。日本のプロ野球も、中心選手は外国人が多い。あれが日本人にならないと、日本は強くならない」

 最後に伝統校で野球をやれる幸せについて、山本部長に聞いてみた。

「将来も見据えて東筑に入ってきた子は、『よかったな』と思っていると信じています」

 東筑で野球をやれるプライドもあるはずだ。伝統校というブランドは、全国から選手を集める強豪私学とは違う強みでもある。「そのプライドを手放してしまうわけにはいかない」と、山本部長の語気が強くなった。

 済美戦、東筑の5番・盛田秀がホームランを打った。青野監督は「アルプススタンドが盛り上がった時、鳥肌がたった」という。その感動が将来の生徒につながっていく。