サッカーの世界でも、テクノロジーの活用が広がっている。ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)も身近になってきたが、…
サッカーの世界でも、テクノロジーの活用が広がっている。ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)も身近になってきたが、まだ分かりにくい部分も多い。今回、サッカージャーナリスト後藤健生が、VARの裏側を取材した。
■難しいオフサイドの判定
作業に時間がかかるのが、オフサイドの判定だ。
昨シーズンから、Jリーグでもいわゆる「3Dライン」が導入された。サッカーでは守備側の後方から2人目の選手がオフサイド・ラインとなる。
アイスホッケーではオフサイド・ラインは氷に赤や青のラインで表示されており、ラインが動くことはない。また、ラグビーのオフサイド・ラインはボールの位置だから、サッカーよりも判断しやすい。
だが、サッカーでは最後尾のDF(通常、GKが最もゴールラインに近い位置にいるので)の体の最も後方(ゴールラインに近い)がオフサイド・ラインになる。DFが横に何人も並んでいる場合、まずどの選手が最もゴールラインに近い位置にいるかを判断しなければならないし、その選手の最も後方にあるのが足であれば簡単なのだが、腰だったり腕だったり、空中にある部位だと、そこから地面に垂直に下ろして、そこにラインを引く。
そして、攻撃側の選手の体の一部がそのラインを越えているかどうかを、別のラインを引いて決定するのだ。
この作業に時間がかかる。それが、VARに時間がかかり、アディショナルタイムが長時間化する最大の原因なのだ。
この難しい作業を行い、正確さとスピードを両立させるために、審判員はこの難しいトレーニングを続けているのだ。
■どこまで求めるべきなのか
今回の見学で、その様子を目の当たりにした後だから、ちょっと言いにくいのだが、このラインを引く煩雑な作業というのは、本当に必要なのだろうか? 僕はずっと疑問に思っている。
VARが正式に導入されたのは2018年。ロシア・ワールドカップのときだった。つまり、導入されてからわずか5年半しかたっていないのだ。
他のスポーツではずっと前からビデオ判定が行われていたが、FIFAなどサッカー界はずっとビデオ判定に対して頑ななまでに否定的だった。
当時は、オフサイド判定はアシスタント・レフェリー(副審、かつてのラインズマン=線審)の肉眼で行われていた(現在でもVARが導入されない、たとえばJ2リーグでは肉眼が頼りだ)。
前に向かって全速で走るFWとオフサイドの罠を懸けるために駆け引きするDFが交錯する一瞬。それも、攻撃側の選手がボールを蹴った瞬間を見極めながらジャッジするという不可能に近いことをアシスタント・レフェリーたちは行っていた(行っている)のだ。
■誤差を容認できないのか
当然、肉眼での判定には限度がある。そこで、「同一線上の場合はオンサイド」ということになっていた。
ミリ単位、ミクロン単位までチェックすれば、「厳密に同一線上」ということはあり得ない。だが、たとえば「1ミリ」は肉眼での判別の限度をはるかに超えているから、これは「同一線上」と見なしていいのだ。
物理実験であれ、およそすべての計測には誤差が生じる。また、惑星や衛星の軌道計算のときに、1ミリ、2ミリという差は無視していい。それが、有効数字という考え方だ。
そうだとすれば、職人技を身に着けたアシスタント・レフェリーでも判別できないようなミリ単位の違いは“誤差範囲”と見なすべきではないのか。
言い換えれば「3Dライン」を引かなくては判別できないオフサイドは、同一線上と見なしていいのではないだろうか。
シュートを打った瞬間に、ゴール前のオフサイドの位置に攻撃側の選手がいて、その選手が守備側のGKやDFに影響を与えていたら「インパクト」があったとしてオフサイドが適用され、シュートがゴールに入っても得点は認められない。
一方、たとえオフサイド・ポジションに味方がいても、GKやDFのプレーに影響を与えていないと判断されれば、得点は認められる。
同様に「3Dライン」を引いて、攻撃側の選手の腕が10センチ出ていたとしても、その事実によって攻撃側が実質的な利益を得ているとは思えない。それなら、それは誤差範囲と考えてオフサイド・ルールを適用しないでもいいのではないか?
■サッカーの価値向上のために
プレーが中断することが少ないことは、サッカーの魅力の一つである。また、試合が何時に終わるのかが分かることは、たとえば地上波放送にとっては非常に大きな利点だった。
野球の試合は何時までかかるか誰にも分らない。そこで、メジャーリーグ(MLB)では「ピッチクロック制」が導入され、試合時間の短縮を図っている。
昔のラグビーはプレーが途切れる時間が長くて興味が削がれることが多かったが、最近はルール改正や選手たちの技術の向上によってプレーが継続されることが多くなってきた。
それなのに、最近のサッカーは「プレーが中断しない」というメリットを捨ててしまい、アディショナルタイムが10分などという試合が珍しくなくなってしまった。
もちろん、正確性を優先しなければならない判定については時間をかけてでも真実を追求すべきかもしれない。だが、ほんの10センチのオフサイドを見つけるために血眼になって「3Dライン」を引く作業を行うことがサッカーの価値を向上させているとは思えない。
「アキュラシー・アンド・スピード」という相反する目標のために努力を積み重ねている審判員の皆さんには敬意を表したい。だが、サッカー・ルールの元締めである「国際サッカー評議会(IFAB)」には、袋小路に入りつつあるVARについて根本的な見直しをしてほしいものである。