畏敬の念を込めて吉田孝行監督を「タカさん」と呼ぶFW大迫勇也は、悲願のJ1リーグ優勝を決めた直後にこんな言葉を残してい…
畏敬の念を込めて吉田孝行監督を「タカさん」と呼ぶFW大迫勇也は、悲願のJ1リーグ優勝を決めた直後にこんな言葉を残している。
「タカさん自身、難しい決断というものがたくさんあったと思う。それでも先頭に立って『これだ』と示し続けてくれた。本当に説得力があった」
難しい決断の最たるものが司令塔アンドレス・イニエスタの起用法だった。今シーズンのイニエスタはコンディション不良で出遅れ、さらに夫人の第5子出産に立ち会うために開幕直後にスペインへ一時帰国。再来日したのは3月中旬だった。
その間にヴィッセル神戸は開幕ダッシュに成功。磨きをかけたハイプレスで相手の攻撃を封じ、大迫を中心にゴールを奪って逃げ切る勝ちパターンで、吉田監督は最後まで走れて、球際の攻防に強くて、がむしゃらに頑張れる選手を重用した。
必然的にイニエスタの出場機会は、ゴールがほしい展開に限定される。しかし、劣勢に立たされる試合がほとんど訪れない。すべて途中出場で3試合、38分間のプレーにとどまっていたイニエスタは、契約を半年残しての退団を決意する。
「アンドレスに限らず、試合出場を望んで新しい場所を求める選手はいる。そのなかでお互いにプロとして、自分は試合に勝つための決断を下しました」
7月1日の北海道コンサドーレ札幌戦が最後のプレーになったイニエスタを、吉田監督はこう語るにとどめている。大迫が言及した「難しい決断」の背景に、イニエスタの起用を巡る周囲からのさまざまな声があったと容易に推察できる。
■「スタイルとは所属する選手で変わってくるもの」
実際に2018年夏のイニエスタ加入に奔走し、先頭に立って神戸の「バルサ化」を公言してきた楽天グループの創業者、三木谷浩史会長はどう思っていたのか。
祝勝会が開催された神戸市内のホテルで行われた優勝会見。三木谷会長は吉田監督と大迫ら選手たちがコミュニケーションを密にした軌跡をまず称えた。
「今シーズンのチームはかなりオープンに意見を言い合える、風通しのいい環境にあったと思っています。そのなかで監督と選手との間で、どのようなサッカーをやれば勝てるのか、という議論がかなり出されたとも聞きました」
同会長はその上で「バルサ化」と対極に位置する戦い方を素直に認めている。
「スタイルとは所属する選手で変わってくるものだと思っている。なので、いろいろな意見をぶつけ合ったなかで生まれたスタイル、ということでいいですよね」
同意を求められ、隣で静かにうなずいた吉田監督は、9月に加入した35歳の元スペイン代表MFフアン・マタもわずか1試合、10分間しか起用していない。走れない選手は使わない。信念を貫いた末に手繰り寄せたJ1リーグ初優勝だった。
(取材・文/藤江直人)