5対0――。 この試合を見た者であれば、この勝敗が決して番狂わせなどではなく、がっぷり四つに組んだ末の結果であることは十分に感じられたはずだ。強打の日大三打線を8回無失点に抑えた東海大菅生の松本健吾 今夏の西東京大会、早稲田実業と並ん…

 5対0――。

 この試合を見た者であれば、この勝敗が決して番狂わせなどではなく、がっぷり四つに組んだ末の結果であることは十分に感じられたはずだ。



強打の日大三打線を8回無失点に抑えた東海大菅生の松本健吾

 今夏の西東京大会、早稲田実業と並んで優勝候補の筆頭格に挙げられていたのは、早実の後塵を拝してきた日大三だった。投打に超高校級の素材であるエース左腕・櫻井周斗に、爆発的な飛距離を誇るスラッガー・金成麗斗(かなり・れお)、強肩強打のリードオフマン・井上大成、高校トップクラスの強肩捕手・津原瑠斗(つはら・りゅうと)らを擁し、戦力的には早実をしのぐと見られていた。そんなチームが西東京大会準々決勝で、東海大菅生に完敗を喫したのだ。

 両校は春の東京大会4回戦でも対戦しており、その際は日大三が4対3で勝利を収めている。しかし、敗れた東海大菅生もまた、衝撃を与えていた。この試合で東海大菅生は5人もの投手を次から次へと投入し、その全投手が高い能力を発揮したからだ。

 チームを指揮する若林弘泰監督は試合後、こう語っていた。

「負けましたけど、収穫はありました。どのピッチャーがどういう感じで投げられるか、その線引きができたかな。5人全員がいいので、誰がエースなのかわからないくらい。それが逆に弱みになっているのかもしれませんが」

 先発した将来性の高い左腕・中尾剛(2年)は1回1/3を投げて4失点と力を発揮できなかったものの、以降の4投手は日大三の強打線を無失点に封じた。そして4番手で登板し、2イニングを無失点で抑えたのが3年生右腕の松本健吾だった。

 松本は当時の対戦をこう振り返る。

「櫻井にいきなりツーベースを打たれましたが、それ以外は抑えられたので自信になりました。強気でいけば、いくら強打の三高でも抑えられるなと」

 6月17日に夏の西東京大会の抽選会が開かれ、お互い順当に勝ち上がれば東海大菅生は準々決勝で日大三と再びあいまみえることが濃厚になった。その時点で、若林監督は「三高戦は松本でいこう」と決めていたという。

「練習試合をするなかで松本が一番安定していたので、最初のヤマは松本でいこうと思っていました。準々決勝からさかのぼって、先発の順番を決めていきました」

 そして松本は、若林監督の期待以上の投球を披露する。時には140キロを超えるストレートに、空振りを奪えるスライダー、フォークを交えて、初回から三振の山を築いた。日大三の津原は、松本の投球を「春の印象よりもずっと良かった」と口にする。

「(高めに)浮く球がほとんどなくて、低めを意識させられました。キャッチャーも徹底的に低めを要求していて、ウチの打線はワンバウンドの変化球を振らされることが多くなってしまいました」

 日大三は春のセンバツ初戦で履正社に敗れた経験から、低めの変化球の見極めをテーマに取り組んでいた。それでも、松本の鋭いスライダー、フォークに対してバットが止まらなかった。

 その背景には、東海大菅生の正捕手・鹿倉凛多朗(しかくら・りんたろう)の計略もあった。

 鹿倉は春の前哨戦を経験して、「三高相手でも力を出し切れば、全員通用する」という手応えを得ていたという。日大三打線は1番の井上から3番の櫻井、4番の金成と左の強打者が揃っているが、左打者対策も万全だった。鹿倉は配球の意図を明かす。

「どんなバッターが相手でも逃げるのは良くない。インコースをしっかり使って、いい感じに抑えることができたと思います」

 そのインコースの使い方も打者によって変えた。スラッガーの金成に対してはストレートで押し、テクニックのある井上は膝元のスライダーを使った。この日、松本は井上から3三振を奪っている。気がつけば、日大三のスコアボードには「0」が並んでいた。

 一方、東海大菅生は打線も効果的に得点を奪っていた。1回表に櫻井の立ち上がりを攻めて、5番・奥村治が2点タイムリー二塁打を放つと、5回表には3番・佐藤弘教がタイムリー内野安打。終盤にも着々と加点していった。この日の櫻井は、女房役の津原が「調子は良かった」と評したように、決して悪い状態ではなかった。津原は「菅生打線は『徹底力』がすごかったです」と振り返る。

 とくに目についたのは、櫻井のスライダー対策だ。櫻井といえば、昨秋には清宮幸太郎から5打席連続三振を奪い、今春は安田尚憲(履正社)から3打席連続三振を奪ったスライダーが代名詞になっている。多くの打者が「手元で消える」と証言する魔球だが、その反面、ワンバウンドになりやすいという弱点もある。

 4回表には一塁走者の牛山千尋が、櫻井のスライダーがワンバウンドした瞬間にスタートし、二塁セーフになるシーンがあった。これは練習試合からチームとして徹底していたプレーだという。若林監督も「スライダーはワンバウンドになってキャッチャーが弾くことが多いので、『とにかく狙え』と言っていました」と証言する。

 5回表には俊足の田中幹也(2年)がスライダーの投球時に盗塁を成功させた。サインは「ランエンドヒット」で、もしストレートであれば打者の松井惇はヒッティングする予定だったという。この進塁は、直接追加点につながっている。

 こうして序盤から攻守に日大三を圧倒しつつも、若林監督は継投のタイミングをうかがっていた。

「松本には『とにかく5回もってくれ』と送り出しました。5回を抑えて、次に7回を抑えて、キャッチャーの鹿倉と話したら『もう1回はいけます』と言うので8回までいかせました。自分の感覚からすると、8回までいけるなら9回もいって完封する……と思うところなんですが、まあ2年前に決勝で5対0から負けたこともあるので石橋を叩きました。9回の1イニングなら、(2番手の)戸田(懐生/2年)がどんなに悪くても4点以内には抑えてくれるだろうと」

 松本は8回を投げ、球数は116。被安打3、奪三振10、与四球1、失点0という文句のつけようのない投球でマウンドを降りた。9回裏に2番手の戸田がマウンドに上がった際、スタンドではどよめきが起きた。試合の流れを変えかねない、思い切った投手交代だった。

 捕手の鹿倉はなぜ、松本について「8回まで」と進言したのだろうか。本人に聞くと、その意図を明かしてくれた。

「松本の決め球であるフォークが浮いてきて、そろそろ限界だと思いました。でも8回は下位打線からだったので、ここまでなら松本で大丈夫だろうと。中軸と対戦する9回から戸田につないだほうがいいと思いました」

 松本と交代した2年生の戸田は、身長171センチ、体重62キロという小柄な体型ながら、最速140キロを超える速球派右腕である。今夏は東海大菅生のエースナンバーを背負い、ここまで西東京大会でチーム最多の9イニングを投げており、リリーフとしての登板経験もあった。結果的に鹿倉の判断は吉と出て、戸田は手強い3番・櫻井から始まる9回を三者凡退で片付けた。

「戸田を8回から出してボールを見せてしまうより、9回からいきなり出したほうが相手は戸惑うと思ったので。会心の試合ができました」

 東海大菅生にとっては、配球面も継投面もほぼパーフェクトと言える内容で強敵・日大三を退けた。しかも、投手陣は前述したように「5人全員がエース格」という層の厚さを誇っている。この日登板した松本、戸田以外にも、ゲームメーク能力の高い右腕・山内大輔、普段は二塁手として出場するポテンシャルの高い右腕・小玉佳吾、角度のある球筋を武器にする左腕・中尾が控えている。鹿倉は「全員いいピッチャーなので、誰が先発しても初回から飛ばせます」と自信を深めている。

 過去、3年連続して西東京大会準優勝というシルバーコレクターに甘んじている東海大菅生。若林監督が「2年前に決勝で5対0から負けた」と語ったように、早稲田実に悔しい大逆転負けも経験している。しかし、今夏は5人の好投手を揃えて、17年ぶりの夏の甲子園を視界にとらえた。そして、鹿倉は強い思いをにじませてこう語る。

「冬を越えてから、三高と早実の2チームを意識してずっと練習してきました。春からは練習試合でも負けなくなってきたので、夏は絶対に勝ってやる。絶対にリベンジしてやる……と思っていました」

 西東京は早実、日大三だけじゃない――。その凄味のある戦いぶりに、東海大菅生の魂の叫びを聞いたような気がした。