女子ワールドカップではベスト8で敗れたものの日本代表の快進撃が話題となる一方、見逃せない大きなトピックがあった。これま…
女子ワールドカップではベスト8で敗れたものの日本代表の快進撃が話題となる一方、見逃せない大きなトピックがあった。これまでの「絶対女王」アメリカ代表がラウンド16で敗れたのだ。女子サッカーをけん引してきた強国の早期敗退は何を意味するのか。サッカージャーナリスト・大住良之が世界の潮流を探る。
■アメリカのパフォーマンスは…
今大会の4試合、アメリカのパフォーマンスが悪かったわけではない。結果としては「1勝3分け、得点4、失点1」という不本意な数字だったものの、どの試合も圧倒的優勢に立ち、相手ゴールにシュートの雨を降らせた。総シュート数は79。総被シュート数は16。うち枠内シュートは27-2。各試合の内訳を見ると、ベトナム戦では28(枠内8)-0、オランダ戦では17(3)-4(1)、ポルトガル戦では13(5)-5(0)、そしてスウェーデン戦の120分間では21(11)-7(1)だった。
すなわち、アメリカのゴールの枠内に飛んだシュートは、オランダの1失点を除くと、スウェーデン戦の後半40分、3分前に交代ではいったばかりのスウェーデンFWソフィア・ヤコブソンが右からペナルティーエリアにはいって左足で放った1本だけだったことになる。このシュートは強烈だったもののアメリカGKアリサ・ネアの正面に飛び、ネアははじいたが、味方DFの体に当たったところを難なくさばいた。ちなみに、ヤコブソンはスウェーデンの今大会メンバー中で唯一欧州外のクラブでプレーしている選手で、所属クラブはアメリカのサンディエゴ・ウェーブである。
■突出した競技人口
このように、試合の形勢としてはアメリカは全4試合で主導権を握っただけでなく相手ゴールを襲い続けた。しかし総得点4、ベトナム戦を除けばわずか1点で、最後の2試合、210分間は得点なく終わった。「決定力の欠如」は明白だった。過去の8大会中4大会で優勝を飾ってきたアメリカは、その間に50試合を戦い、40勝6分け4敗という圧倒的な成績を残してきた。総得点は138(失点38)。1試合平均2.76という高い得点力がアメリカの強さの根源だった。今大会ではそれが失われていたのは間違いない。
過去30年間、アメリカが世界の「女王」であった最大の要因は、圧倒的な競技人口の多さだった。2007年に国際サッカー連盟(FIFA)が発表したデータがある(「BIG COUNT 2006」)。国別のサッカー競技人口の調査だが、それによれば、アメリカは総人口2億9844万4215人で、総競技人口は2447万2778人、そのうち女子はなんと705万5919人であるという。
この数字は選手登録の数字ではなく、不定期にボールをける人も含まれているが、それにしても驚異的な数字と言える。ちなみに、同調査においてアメリカ以外で女性の競技人口が100万人を超えているのはブラジル、中国、ドイツ、インド、メキシコの5か国に過ぎず、いずれも200万人には達していない。この数字だけで、アメリカの女性の間でのサッカー人気がわかるだろう。
■後押しした「男女平等」
アメリカでは、1970年代に北米サッカーリーグがペレ(ブラジル)など世界的なスターが集まって人気を博し、全米でサッカーブームが起きた。それは短期間では男子アメリカ代表の強化には結びつかなかったが、少年少女の間で「安全なスポーツ」として爆発的人気になったことに大きな意味があった。とくに、この国で最も人気のあるアメリカン・フットボールをすることができなかった女の子たちの心をつかんだことが、後の「女王」を生んだ。
少女たちの間でのサッカー人気を競技人口の多さに変えたのが、公的教育機関での性差別を禁じた1972年制定の法律だった。端的に言えば、男子のアメリカン・フットボール部に年間10万ドルをつぎ込んでいる大学があれば、女子のスポーツにも同額を支出しなければならなくなったのである。ハイスクールで女子に最も人気があるスポーツはサッカーであり、大学でも女子学生たちの要望で各大学に女子サッカー部がつくられ、専門の指導者がつき、独自のグラウンドをもって活動するようになった。レベルは急速に上がった。
■2度失敗したプロリーグ
そして1991年の第1回女子ワールドカップで優勝を飾るまでになるのだが、当時はひとつの大きな問題があった。大学生まではプレー環境が整っていたのだが、代表選手でも大学を卒業するとプレーする環境は劣悪なものとなっていたのだ。代表選手の多くは、母校にコーチとして残り、大学生たちと練習しながら代表活動に備えていた。こうした状況を改善しようと、2001年、2009年とプロリーグ設立の挑戦がなされたが、いずれも数年で破綻し、ようやく2013年に始まった「ナショナル・ウィメンズ・サッカー・リーグ(NWSL)」が軌道に乗って、現在の代表選手の大半がプレーする場となっている。
このリーグは、アメリカ型のプロスポーツリーグ、すなわち有力メディアからの放映権料を中心に運営するのではなく、アメリカ、カナダ、そしてメキシコのサッカー協会が出資し、代表選手の報酬はそれぞれの協会が負担して選手をクラブに配分するという方法をとったことに、それまでにないユニークさがあった。現在では各クラブが経営力を強め、リーグも有力なメディアとの契約にこぎつけたことで、こうした特殊な形を脱却している。