口説くのにあまりにも時間をかけすぎると、いい終わり方をしないのは恋愛でもサッカーでも同じだ。新しいクラブに近づいたと思…

 口説くのにあまりにも時間をかけすぎると、いい終わり方をしないのは恋愛でもサッカーでも同じだ。新しいクラブに近づいたと思われた選手が、別のクラブに移籍することもある。鎌田大地の場合もまさにそうだった。ただ、それが彼にとって「よかった」のか「悪かった」のかはまだわからない。

 同じイタリアでも、ミランとラツィオでは取り巻く環境は大きく異なる。ロッソネロ(赤と黒)のミラン、ビアンコチェレステ(白と水色)のラツィオ。経済の中心ミラノと政治の中心ローマ。しかし同じように刺激的なチームであることは確かだろう。どちらのクラブも新シーズンのチャンピオンズリーグに出場する。つまり鎌田はヨーロッパで最も権威のある大会でプレーすることができるのだ。



ラツィオの練習に参加した鎌田大地とマウリツィオ・サッリ監督 photo by Marco Rosi - SS Lazio/Getty Images

 それにしても、ほぼ移籍が決まったと思われていたミランとの間には、いったい何が起こったのか。ミランの補強を担当していたパオロ・マルディーニが、鎌田を気に入っていた(しかもかなり)のは確かだ。移籍金はかからないし、ステファノ・ピオリ監督の4-2-3-1ではいろいろなポジションもこなせる。リーグ終了直後には、メディカルチェックの日程調整まで話が進んでいた。

 だがその後、マルディーニとミランのオーナー会社レッドバードが決別。ミランは鎌田への興味を失ったわけではなかったが、鎌田は一種のスタンドバイ状態に置かれることになった。つまり、ミランの他の補強状況によって、彼をどうするかが決まるというわけだ。

 ミランがこの夏、何よりも必要としていた補強ポジションはふたつ。右のサイドアタッカーと、オリビエ・ジルーの脇を固めるもうひとりのCFだ。ただ、これらのポジションにミランが獲得に乗り出した2人の選手は、鎌田同様EU外の選手、ナイジェリア人のサムエル・チュクエゼとイラン人のメフディ・タレミ(現ポルト)だった。だが、ミランにEU圏外選手の枠はひとつしか残っていない。この時点で鎌田の獲得はミランにとって優先事項ではなくなり、そして実際にチームはチュクエゼを獲得した。

【躍進の原動力だったミリンコヴィッチ】

 鎌田はこうした一連のミランの動きを残念に思ったかもしれない。一時期、彼のミラン入りはほぼ決まったも同然だった。しかしその後、多くのチームが口説いてくるなか、最終的にラツィオに決めたのは、チームが彼を納得させるだけのプロジェクトを持っていたからだろう。鎌田はラツィオにとっては初の日本人選手となる。ラツィオは彼にとって新しい水平線を切り開いてくれるはずだ。

 ラツィオで鎌田は、何にでも役立つ「アーミーナイフ」のように使われるのではないかと思う。相手のDFを混乱させ、ゴールへの道をこじ開け、またカバーリングにも貢献する。彼はサウジアラビアのアル・ヒラルに行ってしまったセルゲイ・ミリンコヴィッチの後釜だ。だが「新ミリンコヴィッチ」と呼ぶには少しスタイルが違う。

 鎌田のプレーはミリンコヴィッチのそれよりもより整然としていて、クリーンで、リスクを冒さずとも同じような効果を発揮することができる。フィジカルもテクニックもあり、ミリンコヴィッチより多くのことをこなせる器用さもある。ただ、少なくとも「ここ15年で最高のMF」と言われていたミリンコヴィッチの後を継ぐのは簡単なことではないだろう。ミリンコヴィッチは2015年にラツィオに加入して以来、300試合以上に出場し69ゴールを決め、最近のラツィオ躍進の原動力のひとりだった。

 また、マウリツィオ・サッリは要求の多い細かい監督で、特に気心が知れないうちは選手にとっては難しい。現在のチームの中心であるルイス・アルベルトも、監督の意向を100%理解するまでの数カ月間、困難な時期を送っている。ただ、一度理解し合えたら、決してその手を離さない。鎌田はサッリにとっては理想的な選手だろう。

 昨シーズンの鎌田のヒートマップを見ると、彼はピッチのあらゆる場所に出没している。ラツィオでは重宝されるだろう。もうひとつ興味深いデータがある。ミリンコヴィッチは昨シーズン11ゴール、10アシストだったが、鎌田は16ゴール、7アシスト。数字上は遜色ない。

【右サイドでの活躍を期待】

 鎌田は、チームに必要不可欠なバランスとスピードを与えてくれるだろう。特に右サイドでの活躍が期待される。彼の前方でプレーするのはフェリペ・アンデルソン、もしくは新加入のデンマーク人グスタフ・イサクセン、もしくはすでにラツィオに2年在籍し、最近サッリの希望で契約更新をしたペドロ・ロドリゲスになる。

 一方、彼の後方に位置するのはアダム・マルシッチかマヌエル・ラッザーリ。試合の内容によって変わるだろうが、サッリがより気に入っているのは、バランスがとれていて、積極的に攻撃にも参加するマルシッチのほうだ。

 鎌田は彼らの中間に位置し、攻守をつなぐ重要な役割を果たす。だからこそサッリは、もうひとりのミリンコヴィッチの後継者候補だったディナモ・モスクワの20歳、アルセン・ザハリャンより鎌田を選んだのだ。

 チームの中心はルイス・アルベルトだ。契約問題でチームを騒がしたが、彼がラツィオのゲームを構築していくことは変わらないだろう。センターハーフもしくは左サイドハーフに位置し、前方のチロ・インモービレ、もしくはマッティア・ザッカーニ、フェリペ・アンデルソンにパスを出す。一方、鎌田は逆サイドに位置し、彼が得意とする攻撃をしながら、守備にも参加しなければならない。つまり中盤のオールマイティーとして、運動量豊富にピッチを走る、イングランドで言う「box to box」の役を担う。

 首都ローマに移った鎌田は、市の北に位置する住宅街オルジャータに居を構えた。ラツィオの練習場フォルメッロに近く、ラツィオの多くの選手もこの地区に住んでいる。渋滞と混乱の激しいローマの中心部に住む選手はほとんどおらず、ここ最近ではポルトガル人のルイス・ナニぐらいだろうか。ミリンコヴィッチもつい最近までオルジャータの200平米ある邸宅に住んでいて、練習場までキックボードで通っていた。鎌田も同じように練習場への通いやすさを選んだようだ。

 最後にひとつ気になることがある。鎌田はチームに長袖のユニホームでプレーしたいと申し入れたようだ。フランクフルトでも彼はつねに長袖でプレーしていた。験を担いでなのだろうか。確かに昨シーズンの彼の活躍を見ると「長袖」は彼のラッキーアイテムなのかもしれないが......ローマの暑さはバカにできない。