スーパーボウル優勝5回。そのうちMVP獲得回数は4回――。その5度目のタイトルは今年2月、最大25点差からの逆転による劇的な形でもたらされた。

 NFLの頂点に君臨するスーパースターQB、トム・ブレイディが契約するアンダーアーマー社のアスリートリカバリースリープウェア「UA TB12」のプロモーション活動によるアジアツアーで来日を果たした。



NFL界のスターQBトム・ブレイディが27年ぶりの来日を果たした

 ブレイディにとって日本は2度目。1度目の来日は27年前、地元カリフォリニア州サンマテオの野球代表チームの一員として、大阪府豊中市の代表チームとの交流試合で訪れた。今回はわずか2日間という短い滞在時間ながら、日本の高校生や大学生フットボール選手にクリニックを開いて指導を行なったり、大相撲・境川(さかいがわ)部屋に出向いて力士と肌を合わせるなど交流を楽しんだ。

 9月のシーズンインまで日があるからか、来日したブレイディの表情は終始柔和だった。そんな雰囲気のなか、彼の競技にかける思いや、トップ選手であり続けるためのストイックな体調管理の話は、非常に興味深かった。

 NFLの世界でほとんどのことを成し遂げてしまったブレイディ。彼がいまだにモチベーションを高く保つことができているのが、実に不思議だ。

 ファンの間では有名な話だが、ブレイディはいわゆるエリート街道を歩んできた選手ではない。大学は名門ミシガン大に進みつつも、先発として出場する機会は4年間で20試合。今の成功ぶりからすると、意外なほど少なかった。

 1999年のNFLドラフトでは、6巡目・全体199位という下位指名でニューイングランド・ペイトリオッツに入団。しかし、当初は「走れない」「やせっぽち」と酷評され、プロでの成功を多くは期待されていなかった(ちなみに6人のQBがブレイディより上位で指名されたが、ほとんどプロでプレーできていない)。

 それが17年間のプロ生活で、通算パス獲得距離数は歴代4位の6万1582ヤード。パスタッチダウンも同4位の456本。そして、冒頭で触れたタイトルの数々――。選手が投票して決めるNFL専門局の「2017年のトップ100ランキング」では、2011年以来2度目の1位に選ばれた。今年8月で40歳を迎えるブレイディは、いまや完全に「勝者」としてのイメージしかない。だが、本人のなかにはいつまでも「自分はアンダードッグだ」という思いが強く残っているという。

 アンダードッグは「誰も期待していない者」とでも訳すべきだろうか。たしかにプロ入り当初のブレイディは、そういう選手の扱いを受けてきた。そんな過去があるからこそ、40歳を手前にした今でもよりよい選手となるべく、自らを厳しく律しているのではないだろうか。

「僕はどうすればハイレベルでプレーできるのか、あらゆる観点から考えている。それはフィールド上だけではなくて、普段の生活面においてもそうだ」

 来日中に行なった筆者とのインタビューで、ブレイディはそう話した。

 ブレイティのストイックさは、本人が声高らかに喧伝しているわけではないため、知る人ぞ知る――というレベルでしか伝わってこない。だが、その徹底ぶりを知れば、舌を巻かざるを得ない。

 たとえば、彼の食生活。

 まずは、アレン・キャンベルというパーソナルシェフを雇い、徹底的に食事を管理している。口にする物の約8割は野菜で、それも土から採れるものに限っている。穀類は雑穀、魚は養殖ではない鮭が中心で、それ以外も厳選する。さらに、小麦粉などに含まれるタンパク質の一種でパンなどに使われるグルテンも完全にシャットアウトしているという(ただし、アメリカの学者のなかにはブレイディの食生活の効果に懐疑的な意見もある)。

 また、ブレイディは睡眠にもこだわる。前述のプロモーションというのも、アスリートの疲労をリカバリーする「スリープウェア」に関するものだった。このウェアにはリカバリーを促進する特殊なバイオセラミック粒子が使われているが、「この技術を日常の生活でも使えないものか」と思い、ブレイディのほうからアンダーアーマー社に話を持ちかけたのだという。

 さらに就寝する時間も、午後9時と早い。起床は朝5時半ごろ。そして室温設定は20.5度。規則正しくこれらを守るようにしているというのだ。

 近年、アスリートの睡眠とパフォーマンスの関連性に関しての研究が進んでおり、NBAのレブロン・ジェームズやテニスのロジャー・フェデラーなどスーパースターたちは10時間ほど睡眠をとるというレポートなども報じられ、その効能に関心が集まっている。ブレイディも睡眠時間や質にこだわることで「身体から疲労が抜ける」と、そのパフォーマンスを強調する。

 選手が監修した製品をスポーツメーカーが売り出すことは少なくないが、実際には彼らの知名度を利用している場合が多い。しかし、今回のスリープウェアについては「かなり細かい段階にまで踏み込んで開発に携わった」とブレイディは言う。

「高校から大学、そしてプロと、自分のフットボール人生を振り返ってみて、なぜ選手が故障してから初めて措置を施すのか。そうではなくて、もっと長期的な視点で故障させないようにすべきではないのか――」

 4年前に友人たちと立ち上げたパフォーマンス向上・研究のための会社『TB12』のウェブサイトで、ブレイディはこのような言葉を記している。食事や睡眠についてのこだわりも、こういった考えが根底にあるからこそだ。

「自分が27歳のときは、今ほど自分がよりよい選手になるための努力を払ってはいなかった」

 ブレイディは昔の自分をこう振り返っている。

 競技によって差はあるだろうが、アスリートにとって肉体の絶頂期は、年齢の若いころにやってくる。絶頂期を過ぎてからは、それまでに培った経験など、頭脳や精神力の部分で勝負しなくてはならない。一般的にはそう思われているだろう。

 しかしブレイディは、この概念を変えることに挑戦している。

「誰しも肉体的なピークがあって、それは若いときにくるものだ。でも、精神的なピークというものもあって、年齢を重ねればそのぶん経験を積むことになるから、それはもっと遅くにやってくる」

 ブレイディの言葉に力が入る。

「だけど僕は、肉体的なピークを遅らせて、精神的なピークと重ね合わせることができると信じている。それを成し遂げるためには、自分が何をすべきかを理解していなければならない。だからこそ僕は、どんな栄養を採るべきか、どんな飲み物を口に入れるべきか、どんなワークアウトをすべきかといった具合に、あらゆる角度からのアプローチに取り組んでいる」

 ブレイディがいまだに自らを厳しくプッシュする理由が見えてきた。「40歳台半ばまではプレーしたい」と彼は言う。肉体的、精神的、そして頭脳的ピークを合致させ、年を取ってもトップでいられることを証明することが、今のブレイディの原動力なのだ。

 日本でのクリニックでは、ブレイディ自らがお手本を示すパスを予想以上に多く投げた。そして、成功を収めるために何をすべきかを熱を込めて語った。今回の来日がブレイディの「顔見世イベント」だけにとどまらなかったことは、クリニック等に参加した日本の選手やファンにとって有益だった。

 トム・ブレイディが史上最高の選手のひとりであり、将来の殿堂入りが確実であることはいわずもがなだが、今回の来日で今後の彼のプレーぶりに対する見方が少し変わった。