「イランに勝ちたい。日本のバスケがレベルアップしたいなら、この試合は勝たないと」 今年8月に開催される『FIBAワールド…
「イランに勝ちたい。日本のバスケがレベルアップしたいなら、この試合は勝たないと」
今年8月に開催される『FIBAワールドカップ2023』アジア地区予選最終節(Window6)、ホームで強敵イランとの戦い(2月23日/高崎アリーナ)を控えた前日、トム・ホーバスヘッドコーチ(HC)は自身に言い聞かせるように、イラン戦での必勝を誓っていた。そして翌日、日本のファンの前で勝利してみせた。しかも、96-61の35点差という圧勝スコアで。

この2連戦でしっかりと結果を残したセンターの渡邉飛勇
勝因はWindow6から加わった新戦力たちがマッチして選手層に厚みを加え、経験値のあるイランを日本の成長が上回ったことにある。
イランはアジアを代表するベテランセンター、218cmのハメド・ハダディ(37歳)がアキレス腱の負傷で不在であることが響いた形だが、それ以前にも、世代交代がうまく進んでいなかったことで、以前から危惧されていた選手層の薄さを露呈していた。ハダディはその高さが注目されているが、アウトサイドシュートが抜群にうまく、周りを生かすパスも展開できる選手。ホーバスHCは「イランのバスケは頭がいい」と、ハダディが健在の場合はコンビネーションの良さを注意点にあげていたが、今回はどこからでも攻め込んだ日本が「イランと同じスタイルを展開した」と顔をほころばせていた。
その主役となったのが、帰化選手として加わった208cmのジョシュ・ホーキンソンだ。まだ若い27歳。内外角をこなし、パスもでき、走力もある万能型センターの加入により、日本はガードとインサイドに起点ができたことで、的を絞らせない攻撃で相手を翻弄したのだ。
加えて、ニューフェイスとなった196cmのシューター、東海大2年生の金近廉が3ポイント6本を含む20得点で鮮烈デビューを飾り、右ひじの故障で3度の手術から復帰したばかりのセンター、渡邉飛勇が207cmの高さと跳躍力を生かしてリバウンドでハッスルするなど、ホーバス体制で初招集された若き選手たちが躍動し、アリーナは沸き返った。
最終戦となった26日のバーレーン戦にも23点差で勝利した日本は、予選の終盤を5連勝で締め括り、グループの順位を3位へと引き上げた。これは、アジアに6枠ある出場国を自力でつかんだことを意味する。前回大会からワールドカップの出場枠が24から32に拡大したことで、自力出場はマストな目標ではあるが、新しいシステムを構築するなかで、21歳の河村勇輝に代表される若手が台頭し、連続出場を果たしたことに、確実なレベルアップが見えた。
【ホーバスHCのバスケが浸透】
思えば1年3カ月前――ホーバスジャパンの船出は不安なものだった。2021年の11月末、仙台で開催されたWindow1にて、中国との2連戦で完敗。このときは、個々が手探り状態だった。ホーバスHCは「15カ月前の中国戦、全然ダメだったね。あの頃だったらバーレーンにも負けていた」と振り返る。それがここまでステップアップできたのは、選手たちが口を揃えて言う「個々の役割を理解」したことにある。
「試合と合宿を重ねるごとにチームの共通認識が全員にできて、細かいタイミングやディティールの部分がよくなったことでイランに勝てたと思います。プレーをしていても、すごくやりがいを感じます」と、先発シューターの須田侑太郎が言えば、キャプテンの富樫勇樹は、「トムさんは選手選考が明確。プレーに特徴がある選手が呼ばれているから、選手たちもどの選手がどういう特徴を持っているかわかってきて、それぞれ役割を理解しています。だから思い切りがよくなって、迷いなくプレーできています」と成長の要因を挙げる。
とはいえ、自チームと役割が違う代表では迷いはつきものである。そんな迷える選手には「あなたはコレとコレが優れているから、自信を持ってやってほしい」とホーバスHCは明確な指示を出す。各自が得意なことを役割として任命しているので、たとえば、シューターとして打ち切ることを任されている須田のように、各自が「やりがい」を感じるのである。
こんな意見もある。新加入の渡邉は「トムさんのバスケは今までの代表よりフリー」だと言う。その理由は「東京オリンピック時の僕の仕事は、スクリーンをかけてダイブすることだけでしたが、今はまだ100%自信があるわけではないけれど、ルールのなかで走って跳んで、僕の得意なことができるのは楽しい」と笑顔を見せる。そうした各自の良さを、ホーバスHCはチーム原則のもとで引き出し、パズルのように組み合わせていくのだ。
ホーバスHCは、女子を指導していた2018年のワールドカップ頃から、現在の男子代表でも引き続き「アナリティック(分析)バスケットボール」を標榜してきた。
どういうスタイルかというと、得点効率が高い3ポイントと確率が高いゴール下やペイントアタックを重要視し、ミドルレンジやロングツー(3ポイント一歩手前の距離から打つシュート)の2点シュートはなるべく避けるなど、スタッツを分析して組み立てていくスタイルだ。サイズのない日本は、全員がアウトサイドから仕掛ける5アウトのスタイルで行なうが、そのために必要なことは、ポイントガードがボールをプッシュして速いペースを展開し、全員でパッシングとカッティングをしてスペースを作り、トランジションのなかで一番いい形のシュートを打つ。この部分が原則として存在する。
Window6では、これまで不足していた点を補った。ペースを速くするには攻撃回数を増やすことが必要。そのために、「オフェンスリバウンドとスティールがもっと欲しい」(ホーバスHC)という分析のもと、ホーキンソンと渡邉の加入がピタリとハマった。こうして足りない部分を埋めていく作業が「難しいけどパズルのようで楽しいチャレンジ」とホーバスHCは、Bリーグやディベロップメントキャンプで選手を見極めては、代表に招集して選手層を厚くしてきたのだ。
そして、いちばん重要な3ポイントについても光を見出していた。昨夏以降、須田侑太郎、井上宗一郎、富永啓生、金近廉らタイプの違うシューター陣が起用されては、タイミングを逃さずに打ち切るようになった。ポイントガードもセンターのホーキンソンもチャンスを逃さずに3ポイントを打つようになった今、ホーバスHCは自信を持って言う。
「Window6で変わった大きなことは3ポイントです。イラン戦は17本(17/37、45.9%)、バーレーン戦は16本(16/41、39%)も決めました。世界のチームから『日本はヤバイ。3ポイントが入る』と思われるイメージを作りたかった。女子のオリンピックでもそうでした。相手が『日本は3ポイントがある。怖い怖い......』とイメージを持ってくれたことで、そこから(3ポイントを警戒してきたことで)ペイントアタックが上手にできたじゃないですか。だから3ポイントのイメージを作ることは大きいし、イメージを作ったと思います」
【まだまだ競争を求めていく】
ホーバスHCは15カ月間にわたる予選を振り返り「ベース(土台)は作りました」と手応えを語った。
ただ、ここからの道もまた険しい。オリンピックで銀メダルを獲得した女子は、アジアカップで4連覇を達成して土台を作ったあと、オリンピック直前にケガ人が多発したにも関わらず、プレスディフェンスの強度を上げてチーム力を一回り高めた。司令塔の町田瑠唯は、「決められたルールをやり切る遂行力がついたのはもちろんですが、ディフェンスの対応を見て、各自の判断でフィニッシュできるまでやり込みました」とチームの練度を高めたことを上昇の要因にあげていた。
リーグ日程が過密な男子にはそこまでチームを作り込む時間がないばかりか、今後はアジア以上の強度を持つ国と対戦することになる。富樫もチームの成長は認めながらも「アジアと世界のレベルは違うので、ここで満足はしていません」と気持ちを引き締める。だからこそ、ホーバスHCは選手たちに宿題を与えている。
「自チームの練習とは別に、個人で代表の役割や自分に足りないことを練習してほしい。チームのベースができたので、ここから先は新たにメンバーが入るチャンスは少なくなることは確かです。でもまだメンバーは決まっていません。僕はいつでも選手の成長を見ています。まだまだ、Bリーグや合宿でコンペティション(競争)させたい」
ワールドカップまであと半年。最後まで最適なバズルを組み合わせるために、選手たちにレベルアップを求めていく。