ともに出産を経験した馬淵優佳さんと伊藤華英さん伊藤華英の For Your Smile ~ 女性アスリートの未来のために vol.6 特別対談 馬淵優佳×伊藤華英 後編 出産を経て現役に復帰した飛び込みの馬淵優佳選手と、元競泳選手の伊藤華英…



ともに出産を経験した馬淵優佳さんと伊藤華英さん

伊藤華英の For Your Smile ~ 女性アスリートの未来のために vol.6 
特別対談 馬淵優佳×伊藤華英 後編

 出産を経て現役に復帰した飛び込みの馬淵優佳選手と、元競泳選手の伊藤華英さんの特別対談の後編では、出産後の女性の体の変化と競技における生理の課題について話を伺った。

対談の前編はこちらから>>

――伊藤さんは27歳で現役を引退し、馬淵さんは今27歳で現役として活動しています。伊藤さんは当時、体のコンディションはどうだったのでしょうか。

伊藤 27歳という年齢は、女性の体としてはもちろん元気な時ですが、競技者としては、きついところがいっぱいあります。私は27歳で引退しましたが、結構気持ちの面でも限界を感じていました。

 優佳さんは、一回引退されて、また復活していますけど、日本ではそういう方はまだ少ないので、とても貴重な存在ですよね。復帰後の体のつらさとか、これからもっとそういうところも発信してもらいたいなと思います。

馬淵 体のつらさはありますね。疲労の抜け方が昔と違うなと感じています。昔は寝れば元気になると思っていたんですけど、今は1日無理をすると、3日ぐらい引きずっちゃうんですよ。だから、いかに均等に継続的に練習をこなすかが、すごく大事だなと思っています。練習時間も、昔は1日に6~8時間もやっていたんですけど、今は体がもたないので、短い時間のなかで密度の濃い練習をしています。

 確かに若い頃に比べたら、大変なことはいっぱいあるんですけど、今のほうが気持ちが成熟しているので、余裕をもって競技に向き合えていて、メンタル的にはいいですね。

伊藤 長時間練習が続くと、体のコンディションを整えるのがすごく大変になりますから、気持ちの成熟でそこをカバーできていると、すごくいいですよね。一度目の現役引退後から復帰まではトレーニングなどはしていましたか。

馬淵 本当に何もしていなかったです。産後のケアも全くしていなくて、正直今でも尿漏れがあるんですよ。骨盤底筋群(※)が緩くて、長い時間ジャンプをしていると、体のコアの部分に力が入らないんです。それが今でも悩みで、どうしようかなと思っています。コツコツとトレーニングしているんですけど、なかなか前みたいな締まりには戻らないです。
※子宮や膀胱、直腸などの臓器を正しい位置に保ち、尿道や肛門を締めて排泄をコントロールするなど、重要な役割を担っている筋肉

伊藤 飛び込み選手は腹筋などが締まっているほうがいいんですよね。

馬淵 そうですね。足を上げて回転するので、お腹周りの体のコアの部分が締まっていないと、足を上げるにもスピードが出ないので、まずはそこを締めることを意識してトレーニングしていました。出産をしてより体幹の感覚も鈍くなっていました。

伊藤 お二人出産されていますしね。骨盤底筋群は、出産すると緩みますよね。そこを締めることによって、内転筋や腹横筋、腹直筋とかが締まるんですけど、インナーマッスルだからトレーニングをしても、すぐに元に戻すのは大変ですよね。

馬淵 急には強くならないですね。ウエートトレーニングで、ある一定の重さまでいくと、骨盤がきしむというか、今までに感じたことのない痛みがあるんです。最初の頃は、おもりを重くして強くしたいのに、骨盤が耐えられないから、もうダメかなと思いました。でも産後にご活躍されている方は、結構それを感じることが多いと知って、それで腑に落ちました。

伊藤 私が現役を引退する頃は、結婚=引退という風潮がありましたが、今では現役復帰に向けたサポート事業もあるんですよね。国立スポーツ科学センターがスポーツ庁から委託された事業のなかに、妊娠・出産を経て競技復帰を目指すアスリートなど、さまざまな女性アスリートのための「女性アスリート支援プログラム」もあります。海外の選手を見ると、出産後に復帰していらっしゃる方がたくさんいますから、日本でもそれが選択肢のひとつになってほしいですね。

――伊藤さんは女性アスリートの生理の課題について、この連載でもさまざまな発信をしてきましたが、馬淵さん自身は生理で悩むことはありましたか。

馬淵 生理の悩みはすごくありました。一度目の現役の時から体がすごくだるくて、パフォーマンスがよくないんですよ。生理前が一番ひどくて、スピードが出ないんですね。体の切れも悪くて......。今でもそれはあって、なくなればいいなと思っています。

伊藤 私は今ミレーナ(※1)を使用していますよ。
※1 月経困難症や過多月経の治療薬。高い避妊効果がある

馬淵 私もそうなんですけど、生理前のイライラはありませんか。

伊藤 排卵はありますので、ミレーナでもイライラはなくならないですが、私の場合はそれがとても減りました。ミレーナは怒りっぽくなったり、お腹が痛いとかの、PMS(月経前症候群 ※2)はどうしても出るんですよ。
※2 月経の約1週間前から現れ、月経が始まると軽くなったり、消失したりする精神・身体的症状のこと

馬淵 生理前の体調不良や、動きの悪さが解決されると思っていたんですが、完全になくなることはありませんでした。

伊藤 そうですよね。ミレーナはPMSが軽減されて、ピルはPMSが出ないんです。ピルは体にあわなかったんですか。

馬淵 ピルは副反応がきつくて、吐き気や腹痛がありました。ミレーナにした今でも結構つらいんですけど、結局受け入れてやるしかないのかなと思っています。

伊藤 PMSの時には、運動療法やカウンセリングを入れたり、アロマなどでケアしていく方法もあります。またメンターの方をつけて話をするとか、トレーナーさんと話をして練習内容を変えていったりするのもいいかもしれません。話を聞いてくれて、気持ちに寄り添ってもらえる人がいることも大事ですね。婦人科のかかりつけ医を持ち、こまめに相談することも大切です。



馬淵優佳さんの悩みに答える伊藤華英さん

馬淵 そうですね。一緒に練習をしている女子選手と「きついね」とか、「しょうがないよね」と話しながらやっています。そうやって気持ちを伝えることで、みんな一緒なんだな、自分ひとりだけじゃないんだなと思うようになりました。それは結構助かっています。でも出産して、その症状が強くなった気がするんですよ。

伊藤 それはあるかもしれませんね。妊娠・出産をすると、症状などが変わったりしますから。私もすべての種類を試したわけではないですが、ピルは合わなくて、ミレーナを使用しました。それで本当に楽になりました。PMSも10分の1くらいに軽減されて、すごく変わったんですよね。女性の健康についての知識が、もっと多くの人に広まってほしいなと思いますね。

――馬淵さんの今後の目標と、主体的に競技に取り組む今だからこそ感じる想いがあれば教えてください。

馬淵 目標はやっぱりパリオリンピックです。1回目の競技生活の時は終わりが見えないなかでやっていましたが、今回は現役復帰した時から引退は近いところに見えていますし、つねに終わりを意識しています。だから以前よりも、1日1日を大切にしていますし、1日の過ごし方についての意識が全然違います。やっぱり自分で決めたことなので、どんな結果であっても、終わる時にはやりきったと思いたいですよね。

伊藤 自分の気持ちに気づいて再スタートを切るのは、本当に素晴らしいですし、人生の見方が変わると思いますね。私は27歳で引退した時に、スポーツに対して違う視点で関わりたいという思いがありました。引退後すぐにピラティスの資格をとって、翌年から大学院で4年間、スポーツ心理学の勉強をしました。

 そんななかでもいろんな人がサポートしてくれました。現役時代の先輩方や大学の先生などからさまざまなアドバイスをいただき、引退後の人生も、競技の時からのつながりがずっと続いているんだなと思いました。そういう方々の言葉は大事にしてきましたね。

馬淵 私も今、いろんな人のサポートがあって競技ができていると、すごく実感しています。引退する時にはやりきったという開放感を持って笑顔で迎えたいですし、最後はサポートしてくれた方々に感謝の気持ちを伝えたいですね。

馬淵優佳(まぶち・ゆか)
1995年2月5日生まれ、兵庫県出身。3歳から競技を始め、2009年に東アジア大会3メートル飛板飛込みで銅メダルを獲得。2011年に世界選手権代表選考会の3メートル飛板飛込みで優勝をし、世界選手権に初出場。22歳の2017年5月に競泳日本代表の瀬戸大也と結婚し7月に引退。2018年に第1子、2020年に第2子を出産する。2021年9月、26歳にして5年ぶりの競技復帰を決断。2022年8月、日本選手権の女子1メートル飛板飛込で優勝、女子3メートル飛板飛込で4位、女子3メートルシンクロ飛板飛込で2位となる。

伊藤華英(いとう・はなえ)
1985年1月18日生まれ、埼玉県出身。元競泳選手。2000年、15歳で日本選手権に出場。2006年に200m背泳ぎで日本新、2008年に100m背泳ぎでも日本新を樹立した。同年の北京五輪に出場し、100m背泳ぎで8位入賞。続くロンドン五輪では自由形の選手として出場し、400mと800mのリレーでともに入賞した。2012年10月に現役を引退。その後、早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科に通い、順天堂大学大学院スポーツ健康科学部博士号を取得した。現、全日本柔道連盟ブランディング戦略推進特別委員会副委員長、日本卓球協会理事。