FIFAランキングトップ10内で、唯一カタールW杯に出場しなかった国、イタリア。大会前は、無理とわかっていても、もしか…

 FIFAランキングトップ10内で、唯一カタールW杯に出場しなかった国、イタリア。大会前は、無理とわかっていても、もしかしたら出場できるのではないかと、わずかな希望を持ちさえしたものだ。

 エクアドルの選手に国籍問題が起きて出場が危ぶまれたり、イランが人権問題やロシアへの武器援助からウクライナに出場停止を訴えられたり、チュニジアサッカー協会がゴタゴタを起こして出場を取りやめるのではないかと言われたりするたびに、代わりに出るのはイタリアだとまことしやかな噂が流れたのだ。もちろん、多くの者は「そんな出場の仕方をしても恥ずかしいだけだ」とこぼして、取り合わなかったが......。

 自他ともに認めるサッカー大国イタリアの人々は、いったいこのW杯の期間をどのように過ごしてきたのだろうか。

「『イタリアのいないW杯なんて面白いはずがない。W杯はないものだと思ってる』なんて強がっている人も開幕前はいたけれど、みんな、試合を見ていたよ。結局、イタリア人はサッカーが好きなんだ」

 ミランのオフィシャルカメラマンを長く務め、現在はモンツァのオフィシャルカメラマンであるマルコ・ブッツィ氏は言う。ちなみに決勝戦の平均視聴率は68.6%、PK戦の時間帯には74.3%にまで上がった。

「それにイタリア人は代表も大事だけど、それと同じくらい、もしかしたらそれ以上に自分のクラブチームが大事だ。だから自分のチームのスター選手がいる国を応援する。たとえば決勝戦だったら、インテリスタはラウタロ・マルティネスのいるアルゼンチンを応援しただろうし、ミラニスタならオリビエ・ジルーのいるフランスを応援したはずだ」(ブッツィ氏)



長友佑都がドイツ戦に先発したことが、イタリア人を驚かせた

「イタリアがいなかったおかげで、逆にサッカーというスポーツを純粋に楽しめたかもしれない」

 そう言うのはローマ在住のフリージャーナリスト、フランチェスコ・アルベルティ氏だ。

「イタリアがいるとどうしても頭に血が上ってしまう。内容はどうあれ、イタリアが勝つのがまず最重要で、いいプレーだとかいい試合だとかは二の次になってしまう。その点、この大会は終始リラックスして見れた。ゴールも多くて楽しい試合が多かったしね」

【人気上昇中の堂安】

 ドイツが早々にグループリーグで負けたことに、多少の慰めを得たイタリア人も多かった。SNS上では実質的にドイツを追い出した日本に感謝の言葉が並んだ。何より優勝回数におけるライバル関係がある。ドイツはイタリアと同じ4回で第2位、首位のブラジルは5回だ。

「ブラジルには優勝してイタリアを引き離してほしくないし、ドイツには優勝回数を抜かれたくなかった。本当を言うと、アルゼンチンとフランスにも近づいてほしくなかったから、できれば今まで一度も勝利したことのないチームに勝ってほしかったね」(アルベルティ氏)

 そんなこともあって、モロッコはもちろん、日本の活躍はイタリアでも注目されたようだ。ジャイアントキリングは、やられた側以外の第三者にとって最大の娯楽だ。ただひとつ、イタリア人が共通して胸に抱いていながらも、悔しくて口にできない言葉があると、アルベルティ氏は言う。

「ずば抜けて好調、最強という代表はいなかった。グループリーグで全勝するチームはなかったし、決勝トーナメントに入ったらPK戦も多かった。このW杯だったら、もしイタリアが出ていたら優勝できたんじゃないかってね」

 日本代表について、イタリア人はどのように見ていたのだろうか。

 まず、長友佑都がまだプレーしていることにはみんなが驚いた。ドイツ戦のスタメンが発表されると、イタリアでは「長友ってあの長友か?」「長友まだプレーしているんだ」「長友いったい今いくつだ? 2000歳?」といったツイートが数多く上がった。

 スカイスポーツで長く解説者を務めるマウリツィオ・コンパニョーニ氏は、日本をこう評価していた。

「日本はとてもいいチームだった。グループ首位で決勝トーナメントにコマを進めたのも決してサプライズなどではないと思う。ヨーロッパのクラブでプレーしている者も多く、なじみの名前も多かった。特に鎌田大地はヨーロッパリーグの優勝メンバーだし、チャンピオンズリーグの舞台でもゴールを決めている。私は個人的には堂安律が気に入ったね」

「ドアーン」という発音で知られている堂安はイタリア人の間でも人気で、自分の応援するクラブチームにほしいという声も数多く聞かれた。

【優勝気分で盛り上がるナポリ】

 コンパニョーニ氏は、日本の未来は明るいとも言う。

「久保建英や冨安健洋、堂安など、日本には若く優秀な選手がいる。彼らはまだ持てる力を100%出しきれてはいないように見える。彼らがもっとヨーロッパのトップリーグで経験を積めば、4年後の日本はどのチームにとっても脅威となるだろう」

 一方、元イタリア代表で、90年のイタリアW杯でプレーしたアルド・セレーナ氏が気になったのは南野拓実だという。

「彼のことは前から知っていたが、センスとスキルのある選手だと、今回、あらためて思った。それから久保、伊東純也、鎌田」

 だが、セレーナ氏がそれ以上に評価する人物がいる。

「森保一監督はこのW杯で新しいことをしてみせた。前半は強い選手を温存し、後半、敵が疲れてきた頃にフレッシュなエースを使う。今までにない斬新なアイデアだよ。日本のロッカールームのきれいさ以上に、今回驚いた出来事だよ。森保監督はサポーターへの丁寧なお辞儀とともに、日本にすばらしいスポーツ文化があることを世界中に知らせてくれた」

 さて、W杯はアルゼンチンの優勝で幕を閉じたが、イタリアで唯一優勝気分を味わっている町がある。それがナポリだ。ディエゴ・マラドーナが所属して以来、ナポリの人々にとって彼の故国であるアルゼンチンは常に特別な国だ。アルゼンチンが優勝した後、ナポリサポーターの聖地ともなっているスペイン地区のマラドーナの巨大壁画の前には何百人というナポリっ子が集まり、勝利を祝い、歌い、踊った。

「みんな天国のディエゴと一緒に喜びたかったんです」

『ナポリマガジン』のアントニオ・ペトラッツォーロ氏は言う。群衆のなかには、ナポリ女性とマラドーナとの間に生まれたディエゴ・マラドーナ・ジュニア氏もいたという。また、この勝利はナポリサポーターにある希望を与えたようだ。

「86年にアルゼンチンがW杯で優勝した直後のシーズン、ナポリは史上初めて優勝しています。現在ナポリはセリエAで2位以下を引き離して首位に立っている。ぜひ、その時の再現を、という気持ちも強いんです。ナポリの人はゲン担ぎが好きですから」(ペトラッツォーロ氏)

 ただし、ナポリのサポーターにはひとつだけ納得できないことがあるそうだ。

「今回の優勝で、リオネル・メッシがマラドーナを超えたなんていう声が聞かれますが、それだけは我々は譲れません。ナポリではいつまでもマラドーナが神なんです」(ペトラッツォーロ氏)

「W杯は楽しかったが、いつもどこかに一抹の寂しさは感じていた。だから終わった今、イタリアは少しほっとしている。やっとまた他の国と同じスタートラインに立てた気がする」と、前出のブッツィ氏は言う。

 来年3月からはユーロ(ヨーロッパ選手権)の予選も始まる。イタリアはこの大会で連覇を狙う。カルチョの国の名に懸けて、もうこれ以上の失敗は許されない。威信をかけた戦いが始まる。